主≠監。
ferocious moray J2
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柄にもなく咽び泣いている場合じゃない。
けれどどうすればいいかもわからなかった。
今はベッドから降りて、床に放り出された自らの私物に手を伸ばすことが、恐らくは名無しがしなければならないことである。
「………」
そういう気分になれないのは、身体の怠さと、心の痛みが激しい所為だろうか。
遠目に見える粉々になった薬が、まるで自分のように思えた。
まあ強ち間違ってもいないのは、その薬も名無しも、同じフロイドの手によって壊されていたからだ。
「、……ジェイド…――」
その瞬間、名無しが目の前の現実から逃避するように囁いた名は、またしてもフロイドのそれではなかった。
今度ばかりは確かに意識しながら……。
ベッドで寝がえりを打ち、枕に滲むほんの少しの涙が、名無しの頬を濡らしている。
いい加減立ち上がって、服のひとつでも纏わなければばつも悪かろう。
が、頭では分かっていても、どうしても全身に力は入らなかった。
『名無し……――』
「!……ッ…」
そのとき、名無しはジェイドの名を呼びながら目を閉じていた。
けれどその脳裏に現れたのは、皮肉なことに彼ではなかった。
居なくなってもなお、まるで名無しの口にした言葉を律するかの如く、フロイドが彼女を追いつめる。
そこでぐるぐると再生された数分前の会話に翻弄されれば、自ずと起き上がる気力も勇気も奪われた。
だから今の名無しが何も出来ずにいたのは、決しておかしな話でもないということだ。
『ジェイドが来るまでさ、それでしてなよ』
「ッ……」
同じベッドの上、それが背中にあたっている感触があるのは分かっていた。
それでも手に取るわけにはいかなかった。
頭のなかでどんなに色を匂わされ、フロイドに束縛されても、彼が言い残していったその言葉を現実のものにしてしまえば終わりだ。
ローターに手を伸ばせば更に、今より脅しに拍車はかかるだろうし、また弱い立場に落とされてしまう……。
それが明らかに目に見えていれば、名無しは耐えるしかなかった。
「っ……、…」
何もせず、ジェイドを待っていることがきっと正解だ。
此処で真面目に……そして来てくれたその頃には、きっと冷たい眼差しでいつものように見下ろされる。
それでよかった。
どうせジェイドは、フロイドから事情と今の状況を訊かされているに違いない……。
薬の件は残念でしたね、くらいの気休めの言葉でも浴びせられれば上々だろう。
シャワーを浴びて、着替えて、さっさとこの部屋と寮から出て、家に帰りたい。
自分の部屋に置いていた予備のピルを早く飲んで、何も考えずにただ眠りたい――。
「……ッ…、ふ……ぅ…」
そうして描いた自らの未来にすら、名無しは耐えられずに唇を噛み締めた。
ぼろぼろのメンタルで二人に嫌われること、棄てられることを願えば願うほど、自然と胸が苦しくなる。
「………」
自覚の域を超え、思い知らされる。
依存しているのは、どちらかということを―――。
「こんばんは、名無しさん……。お待たせして申しわけありません、……?」
「……!…」
十数分後。
待っていたその時間を無限に感じ始め、窮屈な胸元に手を宛がっていたそのときだった。
ジェイドの部屋の扉が、本人の手によって開けられる。
名無しはようやく彼と対面していた。
「……ッ…」
フロイドでも、妄想でもなんでもない、今度こそ本当にジェイドがそこに居る……。
今日は会えないと言い聞かされていた分、名無しにこみ上げるのは嬉しさ以外のなんでもなかった。
こんな、なんて現金な……。
酷いことをされていても、名無しは自分を敷地の外へ送り出す役目を放棄したフロイドに、ほんの少しだけ謝意を抱いた。
「ッ……ジェ、イ…」
「!――……おやおや…服も着ないで。風邪を引いてしまいますよ?」
「、……」
ジェイドのベッドに寝そべっていた名無しは、ジェイドから見れば、いかにも事後を思わせる風貌でしかなかった。
服はフロイドの指示によって床に放り出されていたままだったし、視界に入るひ弱な姿にも、気だるげな雰囲気が否めない。
汗の滲んだ身体は、ところどころ、フロイドが少し前に付けたらしい赤い痕跡がちらほら。
鮮血に似た暗い色は、行為の生々しさを物語っていた。
「ッ……、やさしくしないで…」
「……?」
「、……大丈夫、です…。でも……あなたが居ないと、その…部屋の外には出……ン、……ッ」
ジェイドが部屋に戻ったとき、服の他に見えてしまったのは勿論、名無しのポーチとその中身だ。
粉々にされた、元は薬だったそれはもはや粉末のような……錠剤であるはずのものがそこまで砕かれていれば、流石のジェイドも苦笑いを零すほかなかった。
これは相当、フロイドは切れたのだろう、と……。
そして自分を見るなり、喜びに満ちていた筈の名無しの表情が曇れば、彼女が今の状況を現実的に見直していることもよくわかった。
ベッドに近付き、肩に触れたときに聞こえた、か細い囁きがいい証拠だろう。
ジェイドは怯える名無しを前に柔和な表情を改め、真剣な眼差しを拵えた。
「待っていてくれたんですね?僕を」
「っ……そんな…、けど……。だって…待つことしか…!!ん……ッ」
「ふふふ……訊いていますよ。……フロイドを怒らせてしまったんでしょう?」
「!」
フロイドと共に愛玩し、手の内で泳がせている事実は変わらないし、これからもそうだ。
けれどジェイドはこのとき、フロイドの行いには流石に内心ため息をついていた。
大切な片割れを裏切ることはまずありえない……にしても、度を超えた言動には、名無しに同情のひとつでもしたくなったのだ。
あまりに報われない彼女がかわいそうで……。
もっとも、こんな同情も名無しにとっては不要なのかもしれないけれど――。
「……、………めちゃくちゃ…怒って……!写真、とか……もしも、もうばら撒かれてたら…」
名無しは未だに、自分たち双子からの解放を望んでいるだろう。
けれど縛られてもいたいという、認めがたい本音も抱えている。
どうしたってフロイドは名無しを凌辱することでしか彼女と交われなかったが、ジェイドはそうではなかった。
身体が繋がっている時くらいは現実逃避のひとつやふたつ、甘い言葉を息をするように並べて、多幸感を味わわせたいと純粋に思っている。
自分たちに囚われている今、彼女の幸せは、そういう夢を見ることくらいなのだから……。
「!ああ……ふふ、フロイドのことならそんなに気にしなくていいですよ……きっと一晩経てば忘れているでしょうし…。そんなことより僕……今とても嬉しいんです」
「え、……っ!…、ジェイ…ド……」
フロイドの逆鱗に触れた報いを、あとになって受けることになるかもしれない。
そう考えるのは、どれだけ怖かっただろう。
彼のスマホの中、自分の写真が入ったフォルダが人質として保存されていれば、名無しの顔が晴れないのは当然だ。
仮にもまだフロイドを想っていることには変わらなかったし、精神状態にムラができるのも、おおよそ自然な話である。
「貴方は…本気で間違えたんですよね……?僕とフロイドを。それだけ彼に抱かれながら僕を想ってくれていた……そういう解釈で間違いないですよね?」
「ッ……それは…フロイドが…」
ジェイドは、そんな名無しに救いの手を差し伸べることで、また一歩彼女の懐へ忍び込んでゆくのだ。
強かな視線を浴びせ、フロイドと自分は違うということを確かに見せつける。
今まで肌を重ねてきた数の分だけ、逃れられなくとも信頼だけは得ているのだから。
こつこつ、またこつこつと丁寧に……。
我ながらどんな狡猾な手段だと微笑するのは、勿論腹の内側で―――。
「――!ジェイド……もう時間…、起き……ちゃんと着替えるから……わたし、帰……ッ!んん……」
「ちゅ……。――……名無し」
「ッ……、あ…」
「いいですね、想われるって……ふふ。こんな関係でも、とても幸せな気持ちになれます」
「何を…言……っ」
「名無し。……抱いても?」
「…ッ……」
優しく包み込めば、名無しは一瞬で落ちる。
そういう身体にしてきたのは、他ならぬジェイドだ。
こういうときのための仕込みと喩えれば都合は良いけれど、あながち間違いでもないだろう。
「……ッ…」
名無しはフロイドが好きだ。
けれど同時に、ジェイドのことだって諦められなかった。
「僕、自覚あるんです……フロイドの真似はからっきしです。だから心配しなくても、演技なんてしませんよ」
「っ……今だって演技のくせに…」
「?」
「――……ッ、身体…も、……!いやです、汚れて……汗だって、いっぱい…!!あ……」
「汚れていようが汗を掻いていようが……抱きたいんですよ。――大丈夫……フロイドより気持ち好くして差し上げますよ…、名無し――」
「ッ………」
ジェイドが名無しを弄ぶのは、彼女のこういうところに魅力を感じていたからだろう。
溺れてしまっていても決して馬鹿じゃない。
同じことを繰り返して快楽に逆らえなくても、そんなものは、享楽を感じる中枢を持つ生きものならば当然の摂理である。
誰しも、気持ち好いことは大好きなのだから……。
ところどころジェイドの思惑を見抜く節があるのも、割り切れる能力もを自身ちゃんと持っているということ。
それでも足を開いて猫のような嬌声をあげるのだ……可愛いに決まっている。
「名無し……」
「や…、ッ……」
言葉巧みに耳元で囁いて、自分に会いたがっていたことを反芻させ、飽き足りていた筈の性欲を再び呼び覚ませる。
フロイドに無残に汚されたその身体さえ愛せるのは、ジェイドもまた歪みに歪んでいるゆえだ。
頭を撫で、キスをして、フロイドとは違う自らの匂いを思い出させ、自ら求めるよう唆す。
そうして刷り込ませた脳裏で今再生されている彼女の記憶は、恐らくは快楽以外はなにもない、自分との数々のセックスだろう。
「ふふ……力が弱くなりましたね…。貴方の揺らぎが目に見えます……いま僕が口にした言葉の所為で」
「あ……ジェイド…、んぁッ……あ…」
「待ち焦がれていたのでは……?フロイドは貴方を犯すばかりでしょうし……僕に色々して欲しいこともあるでしょう?ご安心を……全部して差し上げますよ」
「!っ……、ぃや……だって、もう……!あ……」
「そう、全部……。勿論、おねだりなんてさせるまでもありません。だって僕には、貴方が望むすべてのことが分かりますから……――」
まっすぐ拒んだつもりでも、ただのつもりでいつも終わってしまう。
会いたいと願っていた人に会え、帰ると決めていた筈の意思が、ことごとく砕かれる。
ベッドの本来の主であるジェイドに組み敷かれた名無しは、自分の髪に優しく口付ける彼の仕草に高揚を隠せなかった。
もう高まりたくなどないというのに……。
重なる視線には痺れを覚え、鼻を掠める彼の甘い匂いには、果てなく慕情を掻き立てられる。
揺れた片方の耳飾りがしゃららと鳴るその響きにさえ、沸き上がる想いが名無しにはあった。
誘惑に目を背けられない……どころか、閉ざした筈のその扉を自ら開けてしまいそうになる衝動が、どっと押し寄せる――。
「―――……ッ…ジェイドは、……どうしてそんな…」
「?………ふふふ。……貴方を、もっともっと可愛がって……フロイドから奪いたいんですよ……此処も、…此処も。何もかもすべて――」
「ッ……」
―――嘘をつくことには慣れている。
咎められることのない、愛のある必要悪のようなそれだ。
名無しの顔を見れば、彼女がジェイドに溺れたいと痛感していたその気持ちは一目瞭然だったし、その瞬間まではあまりにも早かった。
ジェイドは名無しの唇を食み、耳を撫で、舌を絡ませながらひとり物思う。
フロイドの言葉を借りるなら、ただの一言で形容できるそれを――。
「は、ぁ……ッ…ジェイド……」
「ええ……。いまから貴方を抱くのは、僕ですよ……フロイドではありません」
「…っ……」
「名無し?……抱いても?」
「――……ッ…ん……」
「……―――」
――――。
『?!置いてきた……?またあなたは……』
『だってめっちゃイラッてしたし……すっげえいいトコでさ~、あんなマジな顔してジェイド……ッ!だよ?ひどくね?しょうがなくね??オレフロイドなんですけどッ』
『~……あなたが余程のことをしたからでは……?どれだけ僕の真似をしたんですか…はぁ……まったく。……ふふ』
『だってついさ~……なんか上手いのも罪なんだねー……、あ~学んだわーとか言って』
『ふふふ……わかりました…。ではこの配膳が終われば僕の身体も空きますから、今夜は僕が彼女を送りますよ』
『うん、ヨロシク~!オレはまかないでも食べよっと……きのこ使ってないやつぅ!――あー、……でも送るだけじゃ多分無理だと思うよー?』
『?』
『むかついたからついメンタルぶっ壊して来たけどさァ……?あれはどう考えても、それでもジェイドが恋しいです!!抱いて!!って面してたよ?だから行ったらチョー喜ぶと思うね』
『、……~、はぁ……あなたは本当にもう……。まあ…』
『そういうわけで改めてヨロシク~!――………今日はそんな予定じゃなかったんだし、ジェイドだってホントは嬉しいくせに』
『――……』
シックな雰囲気に馴染むジャズは、大半の者には心地が好い。
が、フロイドには少しばかり窮屈な空間にも感じられた。
「あいつさ、ジェイドにマジなんだって……だからジェイドがちょーっと転がしたら一発だよ、どうせ……オレのことも好きなくせに」
活気付くラウンジ。
厨房の連中の腰をおるわけではなかったけれど、空腹には簡単に勝てるわけもなく、フロイドは赴くままにそこで夜食を作っていた。
皿にパスタを盛り、仕上げたそれをカウンターで口にしながら腹を満たしてゆく。
パスタソースのついた唇をぺろりと舐めながら水を飲んで、満たされる感覚に抱く既視感は、数十分ほど前の出来事とほぼ同じだ。
「……フゥ~…」
名無しを抱いたまではよかった。
終盤のアレさえなければ……。
もっとも、根に持ち過ぎてネチネチするのも性に合わなかったし、彼はジェイドが名無しに説いたように、一晩経てばご機嫌に戻るだろう。
むしろ満腹感も手伝って、既に機嫌は上々のうちだ。
漏らす独り言が、その証拠でもあった。
「人間の女ってさ~、ピルがないと大変なんだねー……あは…」
ラウンジ内の従業員でもある同寮の後輩に「何か仰いましたか?」と訊かれても、当然返事はしない。
様子を窺っていたカウンターで食器を磨いていた別の後輩も、それ以上はフロイドに絡むことはなかった。
「………あははっ…!」
皿の上にフォークを置き、改めて水を喉の奥へと流し込みながら彼が脳裏に浮かべるのは、同じオンタイム……ジェイドの部屋のことだ。
ここで給仕についていたジェイドと入れ替わったフロイドは、彼との少しばかりの会話を思い出しながら、今はどのように名無しが声を出しているか想像した。
そして奇しくも、ジェイドがベッドのなかで名無しを組み伏せながら胸中孕んでいた思いを、フロイドは彼なりの言葉で口にしていた―――。
「………ほんと、…ちょろいオンナ―――」
ferocious moray J2
20200516UP.
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