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BL

「月光さんはいつも通り水でええですか?」
「ああ、すまない毛利」


付き合い初めてから、月光さんの家に遊びに来るのはこれでもう3回目になる。隠れ場所のない殺風景すぎる部屋もあいまって初めはどえらい緊張し、部屋のすみっこで固まっていることしか出来なかった俺も、2回目には私物をいくつか持ち込むようになり、3回目にはもうここが自分の部屋であるかのように振る舞っている。2人で一緒に選んだ色違いのグラス、月光さんの方にはミネラルウォーターを、俺の方には氷とスポーツドリンクを注ぎ、愛する人が待つテーブルへと運んでいく。開け放した窓から差し込むオレンジ色がグラスを通り、白い壁にやわこい光の影を作っていく。

コト…、と音を立ててグラスをテーブルに置き、大好きな月光さんの隣、ソファにゆっくりと腰掛ける。春のほかほか陽気の中、買い物にでかけてカラッカラになっていた全身の細胞が、水分を摂った途端にみるみるうちに生き返っていくのを感じる。それは月光さんも同じだったようで、常温の水が勢いよく流し込まれていく最中、喉元がゴクゴクと動くのを、俺は焦がれるように見つめていた。

付き合ってから日は浅いものの、もう家に数回遊びに来ているというのに、月光さんとはまだ、何も、ない。勿論手を繋いだりはしているものの、その先はまだお預けを食らっている。好きな人の隣にいられるだけで幸せ、最初はそう思っていたはずなのに、恐ろしくも身体はどんどんと欲望を覚えていく。俺、そんな魅力ないんやろか、なんて思いつつ、全て月光さん任せで自分から行動に移せていないのもまた事実であった。


「もっと月光さんにくっついてもええです?」
「…構わない」


どうにかドキドキさせたくて、俺はソファに深々と座る月光さんの、大きく広げられた脚の間に挟まるようにして腰掛けた。背後から月光さんのため息が聞こえるような気がする。大男が2人、ソファで何をやってるんだと。行動マズったやろか…と若干の冷や汗をかきはじめたところで、月光さんの左腕が俺の胸元までやってきて、俺の身体をぐいっと引き寄せる。反射で俺はその「月光さん安全バー」の下から腕を絡める体勢をとってしまった。


「はは…密着度、高いですわあ…」


アカン、アカン、俺の背中がぴったりと月光さんの胸部から腹部に張り付いて、全身の血液が背中に集中していくのを感じる。体温が上がっていくのを月光さんに悟られはしないだろうかという気恥ずかしさが、かえって更に熱の上昇を加速させた。月光さんの息が耳元にかかり、月光さんとの距離の近さを意識せざるを得ない。大好きな人に密着しているというだけでも身体が疼いてアカンのに、月光さんの右手が俺の赤茶色のくせ毛を弄び始めた。


「月光さん…何してるんです?」
「毛利の頭を撫でている、嫌だったか?」
「いえ…嫌じゃ……」
「よく聞こえないが」
「嫌じゃ…ない…です…」
「そうか」


寧ろ好きですありがとうございます、なんて恥ずかしすぎて言えるはずもなく。月光さんをドキドキさせようと行動したのに相手は全く動じる様子もなく、逆に自分がドキドキさせられてしまっている。アカン、アカン、月光さんはこの状況平気なん?大好きな人にふわふわと身体の一部を触られるってことが、どういうことかわかってるん?規則正しい手の動きが心地良く、近くで香る月光さんの匂いに頭がとろけてしまいそう。必死に理性を保ち続けていたところで、今日の買い物で月光さんが選んだ猫の置物と目が合った。嫌な考えがポンと頭に浮かぶ。


「月光さん、もしかして俺のこと…猫かなんかやと思ってます?」
「…どちらかというと犬だと思っているが」
「月光さん、犬苦手やなかったでしたっけ」
「…そうだな」


ガーン!まるで漫画みたいに脳内に擬音語が降ってきた。俺もしかして、月光さんに好かれてないんとちゃう?そうじゃないとしても、恋人として意識されてないんとちゃう?月光さんは俺に優しいから、俺の告白を断れなくてここまで流されてるだけなんとちゃう?嫌な考えが脳内をぐるぐると駆け巡り、思考回路がパニックになっていると、髪を撫でていた右手の動きがとまり、右腕がもう片方に重ねられた。つまり、後ろからガッチリと抱きしめられているというわけである。月光さんの顎が、俺の右肩に、重なる。


「でも毛利、お前は俺から逃げないだろう?」


月光さん…!俺は月光さんから逃げへんよ!俺、月光さんのこと、めっちゃ好きです!さっきの落ち込みはどこへいったやら、耳もとで囁かれた言葉に胸が高まってどうしようもない。俺には月光さんが全てで、月光さんの言動だけが俺を一喜一憂させる。たまらず首だけで振り返ると、すぐ側に月光さんの唇がみえた。ゴクリ、と唾を飲み込み、苦渋の思いで月光さんの鼻筋に口付けた。


「月光さん…今からちょっぴりだけ、いちゃいちゃせーへん?」


僅かに残った理性を絞り出すように、情けなくか細い声で要求する。恥ずかしさで死にそうやけど、もう、我慢できへん。眉間を寄せ、一切の余裕を無くした俺の身体は、月光さんの腕の中でガクガクになっていた。またため息をついた月光さんは、両腕を解いて俺の身体を自分の方に向き直させた。密着が解かれ、熱が離れていくのがどこか寂しい。ああ、でも、愛しい人の愛しい顔がよくよく見える。


「…悪いが毛利、そう煽られると『ちょっぴりだけ』では終われそうにない」
「えっ…!?」


まるで何も言わせないというように。月光さんの薄い上唇と分厚い下唇が、俺のそれにゆっくりと重なった。長い長いキスに息が出来なくなる。冷たい手のひらとは裏腹に、そこに全ての血液が集まっているかのような、熱い熱い唇。やっと、やっと、重なった。俺は月光さんの唇を熱烈に求めていた。


「月光さん、ホンマに好きです」
「…俺もだ」
「俺も『何』ですか?」
「今のキスで伝えたはずだが」
「ちゃんと言葉にしてくれなきゃわからへんです」


ドキドキさせられっぱなしの俺の、精一杯の意地悪。月光さんの顔が揺れ、焦がれるような瞳が露わになる。甘い甘い、視線が絡み合う。顔に添えられた左手の親指が頬を優しく撫で、右手がふわりと髪の毛を撫でる。勿論、伝わる、伝わっている。この行動で月光さんの気持ちは。でもちゃんと言葉で聞きたい。月光さんも俺と同じ気持ちだってことを。


「俺は…毛利が、好きだ」
「はい、俺も好きです」


確実に気持ちが通じ合っているということが、こんなにも嬉しいなんて。俺は月光さんから絶対に逃げへんよ。絶対に逃げへん自信はあるけど、何度だって抱きしめて、キスをして、俺の心を永遠に掴まえていて、月光さん。

いつかに入れた氷が融け、カラカラと音を鳴らす。月光さんに押し倒されるがままにソファに身体をあずけ、俺は静かに瞼を閉じた。
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