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先輩と、後輩。
彼はいつだってその揺るぎない関係を保ち続けてくれた。慈雨先輩が好き、そう彼に告げられたのは三年前の丁度この頃だった。その日も同じくこんな風に、私は卒業証書と花束を両手に抱え、彼と二人で誰もいないテニスコート周辺を歩いていた。違っているのは彼の気持ちを知っている事と、私の髪の毛が腰まで伸びた事、スカートの丈が少しばかりか短くなった事、それと化粧が少々上達した事くらいだ。
「先輩、本当に関西の大学行っちゃうんスか?なんでそのまま立海大に進学しないんスか…?」
「その大学に気になってる教授がいるって、何度も言ったでしょ?」
「本当に寂しくなるっス…。俺も同じ大学…受験しても良いっスか…?」
中学でも高校でも大学でも立海テニス部でNO.1になり続けるんじゃなかったの?そう笑いかければ黙りこくってしまう辺り、私に言わせればまだまだ彼は子供なのだ。3年前、彼の気持ちを受け止める事が出来なかった理由は大きく2つあった。私が過去の惨めで悲しい恋愛のトラウマを引きずってきた事と、後輩である彼を恋愛対象として考えられなかった事。いつからか他人に引いてきたガチガチな防衛線を、理由を納得したのかあの日から彼が越えてくる事はなかった。彼からの好意も気遣いもいつだってひしひし、と痛いほどに伝わって来た。それでも彼はただの仲の良い先輩と後輩という一定の距離を、必死で保ち続けてくれていた。
赤也のおかげでもう過去の傷なんてとっくに癒えている筈なのに。彼の気持ちをこうやって弄んで、彼の貴重な青春の時間を浪費して無駄にして。私は他人が自分の領域に入ってこないように距離をとりながら、誰か1人にだけでいいから気にされていたい、愛されていたい、ただそう思って彼を利用してるだけなんじゃないのか。つくづく自分は最低な女だと思う。
「赤也、5年間ありがとね。」
もう立海にいたという痕跡すら全て消し去ってしまいたい。辛い過去の出来事がフラッシュバックして、胸に刺さっていた卒業生用のコサージュを彼に押し付けた。彼は暫く何も言わなかった。突然深紅のコサージュをくしゃくしゃに握り潰して、彼は破った。息の詰まる空気、その沈黙を。無惨な姿になった花弁が、ひらひらと力なく舞い落ちる。
「先輩が俺の前から消えてしまう、そんな証なんて俺はいらない………そろそろ先輩が欲しいっス。………慈雨先輩が、欲しい。」
その澄んだ瞳には私のたじろいだ顔が映っているのだろうか。あれから丸々三年間、彼がその話題に触れる事はついになかったし、私もそれだから考えないようにしてきた筈なのに。じりじり、じりじり、と、彼の瞳の灼熱にさらされ目をそらすことが出来ない。絞り出すかのような掠れた声、卒業なんてしないでください、そんな後輩の一言に、卒業を祝う証書と花束は一瞬で存在意義を失った。
「先輩、俺からは卒業、しないで…」
気付かないフリをしてきたのだ。変わったのは自分だけではないという事に。彼が私の身長を抜かしたのはいつの事だったか、肩幅がこんなにも広くなったのはいつからだったのか。ゴツゴツした手の感触や太さも硬さも増した腕や脚、無邪気だったあの頃の笑い方だって随分と変わっていた。いつの間にか大人びて来た彼の急激な変化に、ついて行くのがあまりにも困難になってしまったから、いつしか私は彼の成長を見守る事を諦めてしまったけれど。
「赤也が私の事を忘れないでくれたら、私は赤也の中にずっと居続けるよ。」
「はぐらかさないで下さい!俺だって馬鹿じゃない。もうとっくに気付いてるっス。慈雨先輩は俺のこと………!」
その先は言わないで。そう哀願するかのように彼の唇を自分の唇で覆った。重なり合った瞬間、涙が頬を伝うのが嫌でもわかってしまった。進学先でしたい事なんて別に何もなかったのに。ただ、ただ、自分の過去を一切知らない集団の中に紛れ込みたかった。5年間、ずっと彼に救われ続けてきたというのに、私は過去からも彼からも逃げる事を選んだのだ。その決意は揺るがない。そう思いこんでいた、それだけが誤算で。彼にだけはいつしかずっと心を開いていた。本当は彼との日常だけはずっと続いて欲しかった。彼にだけは私の過去を知っていて欲しかった。そんな幸せがくるのが怖すぎて、思わず逃げ出したくなってしまっただけだ。
「長い間待たせてごめん」と、彼が一線を越える事を許すどころか、私自ら越えてしまった。その責任がどれほど大きいか、ちゃんと理解しているつもりだ。こんなにも心揺さぶられる人に、きっと私はもうこの先二度と出会えないと思う。
「へへっ…俺、大学卒業したら、絶対絶対先輩を迎えに行きます!慈雨先輩がぜっっったい他の奴に靡かないような、超カッコイイ男になるんで!今度は先輩に待ってもらう番っスね!」
関西と神奈川なんて、新幹線を使えばすぐ会えるのに。連絡だってスマートフォンを使えばすぐに取れるのに。まるでこの先もう何年も会えないような言い方をする赤也に、高校2年生の狭い狭い世界で、今、目の前のことしか見ていない幼さを感じて、なんて愛しい人なんだろうと思った。
空白の期間、それはあと5年になるかそれ以上になるか分からないけれど。私は彼の事を美化し過ぎているかもしれない。だけれどそれ相応の変化を、彼は見せてくれるような気がするのだ。立海大テニス部でもNo.1を達成し、次に桜が咲き乱れる頃、きっと彼は真新しいスーツを身に着け私の元へと現れる事だろう。気まぐれでもしかしたらもっともっと、早く会えるかもしれないね。私を一方的に抱き締める彼の温もりを忘れないように、私も彼をぎゅっとぎゅっと強く抱きしめた。
じゃあその時まで、またね
*****
First Draft: 20090313
Second Draft: 20200316
彼はいつだってその揺るぎない関係を保ち続けてくれた。慈雨先輩が好き、そう彼に告げられたのは三年前の丁度この頃だった。その日も同じくこんな風に、私は卒業証書と花束を両手に抱え、彼と二人で誰もいないテニスコート周辺を歩いていた。違っているのは彼の気持ちを知っている事と、私の髪の毛が腰まで伸びた事、スカートの丈が少しばかりか短くなった事、それと化粧が少々上達した事くらいだ。
「先輩、本当に関西の大学行っちゃうんスか?なんでそのまま立海大に進学しないんスか…?」
「その大学に気になってる教授がいるって、何度も言ったでしょ?」
「本当に寂しくなるっス…。俺も同じ大学…受験しても良いっスか…?」
中学でも高校でも大学でも立海テニス部でNO.1になり続けるんじゃなかったの?そう笑いかければ黙りこくってしまう辺り、私に言わせればまだまだ彼は子供なのだ。3年前、彼の気持ちを受け止める事が出来なかった理由は大きく2つあった。私が過去の惨めで悲しい恋愛のトラウマを引きずってきた事と、後輩である彼を恋愛対象として考えられなかった事。いつからか他人に引いてきたガチガチな防衛線を、理由を納得したのかあの日から彼が越えてくる事はなかった。彼からの好意も気遣いもいつだってひしひし、と痛いほどに伝わって来た。それでも彼はただの仲の良い先輩と後輩という一定の距離を、必死で保ち続けてくれていた。
赤也のおかげでもう過去の傷なんてとっくに癒えている筈なのに。彼の気持ちをこうやって弄んで、彼の貴重な青春の時間を浪費して無駄にして。私は他人が自分の領域に入ってこないように距離をとりながら、誰か1人にだけでいいから気にされていたい、愛されていたい、ただそう思って彼を利用してるだけなんじゃないのか。つくづく自分は最低な女だと思う。
「赤也、5年間ありがとね。」
もう立海にいたという痕跡すら全て消し去ってしまいたい。辛い過去の出来事がフラッシュバックして、胸に刺さっていた卒業生用のコサージュを彼に押し付けた。彼は暫く何も言わなかった。突然深紅のコサージュをくしゃくしゃに握り潰して、彼は破った。息の詰まる空気、その沈黙を。無惨な姿になった花弁が、ひらひらと力なく舞い落ちる。
「先輩が俺の前から消えてしまう、そんな証なんて俺はいらない………そろそろ先輩が欲しいっス。………慈雨先輩が、欲しい。」
その澄んだ瞳には私のたじろいだ顔が映っているのだろうか。あれから丸々三年間、彼がその話題に触れる事はついになかったし、私もそれだから考えないようにしてきた筈なのに。じりじり、じりじり、と、彼の瞳の灼熱にさらされ目をそらすことが出来ない。絞り出すかのような掠れた声、卒業なんてしないでください、そんな後輩の一言に、卒業を祝う証書と花束は一瞬で存在意義を失った。
「先輩、俺からは卒業、しないで…」
気付かないフリをしてきたのだ。変わったのは自分だけではないという事に。彼が私の身長を抜かしたのはいつの事だったか、肩幅がこんなにも広くなったのはいつからだったのか。ゴツゴツした手の感触や太さも硬さも増した腕や脚、無邪気だったあの頃の笑い方だって随分と変わっていた。いつの間にか大人びて来た彼の急激な変化に、ついて行くのがあまりにも困難になってしまったから、いつしか私は彼の成長を見守る事を諦めてしまったけれど。
「赤也が私の事を忘れないでくれたら、私は赤也の中にずっと居続けるよ。」
「はぐらかさないで下さい!俺だって馬鹿じゃない。もうとっくに気付いてるっス。慈雨先輩は俺のこと………!」
その先は言わないで。そう哀願するかのように彼の唇を自分の唇で覆った。重なり合った瞬間、涙が頬を伝うのが嫌でもわかってしまった。進学先でしたい事なんて別に何もなかったのに。ただ、ただ、自分の過去を一切知らない集団の中に紛れ込みたかった。5年間、ずっと彼に救われ続けてきたというのに、私は過去からも彼からも逃げる事を選んだのだ。その決意は揺るがない。そう思いこんでいた、それだけが誤算で。彼にだけはいつしかずっと心を開いていた。本当は彼との日常だけはずっと続いて欲しかった。彼にだけは私の過去を知っていて欲しかった。そんな幸せがくるのが怖すぎて、思わず逃げ出したくなってしまっただけだ。
「長い間待たせてごめん」と、彼が一線を越える事を許すどころか、私自ら越えてしまった。その責任がどれほど大きいか、ちゃんと理解しているつもりだ。こんなにも心揺さぶられる人に、きっと私はもうこの先二度と出会えないと思う。
「へへっ…俺、大学卒業したら、絶対絶対先輩を迎えに行きます!慈雨先輩がぜっっったい他の奴に靡かないような、超カッコイイ男になるんで!今度は先輩に待ってもらう番っスね!」
関西と神奈川なんて、新幹線を使えばすぐ会えるのに。連絡だってスマートフォンを使えばすぐに取れるのに。まるでこの先もう何年も会えないような言い方をする赤也に、高校2年生の狭い狭い世界で、今、目の前のことしか見ていない幼さを感じて、なんて愛しい人なんだろうと思った。
空白の期間、それはあと5年になるかそれ以上になるか分からないけれど。私は彼の事を美化し過ぎているかもしれない。だけれどそれ相応の変化を、彼は見せてくれるような気がするのだ。立海大テニス部でもNo.1を達成し、次に桜が咲き乱れる頃、きっと彼は真新しいスーツを身に着け私の元へと現れる事だろう。気まぐれでもしかしたらもっともっと、早く会えるかもしれないね。私を一方的に抱き締める彼の温もりを忘れないように、私も彼をぎゅっとぎゅっと強く抱きしめた。
じゃあその時まで、またね
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First Draft: 20090313
Second Draft: 20200316
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