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「流石にそろそろやめときんしゃい。」
華の金曜日。女1人。身も心も疲れ果ててフラフラと街にさ迷い出たある日の夜。へんてこりんな店の名前がどこか心地良い気がして。初めて訪れた店で、銀髪のバーテンダーに本気で引かれるくらいには数を飲んでいた。周りの雑音も、他の客のことも、何も気にならなかった。気がつけば飲みかけだった琥珀色のカクテルが取り上げられ、代わりに透明な水が置かれていた。
「…ったく、彼女をここまで飲ませたのは貴方ですからね。責任は取って貰いますよ。」
「プリッ」
ぼんやりと霞んだ視界が、眼鏡のバーテンダーが銀髪を制した様子を捕らえた。そう、何もかもこの銀髪のせいなのだ。その不思議な瞳に見つめられたが最期、今まで胸をつかえていた想いがするすると口から溢れ出していた。
大阪から上京して早数年、度重なる残業と今後のキャリアの迷走に疲れ果てていた頃。地元の閉鎖的な環境が嫌で仕方なくて、東京に飛び出してきた。数少ない友人は結婚して子供を産み、一緒に上京してきた友人もゆるゆるふわふわキラキラと楽しくやっている。
将来の夢、なんだったかなあ。よくわからない相槌で銀髪は応えてくれた。初めて会う人。よく知らない人。聞いてるのか聞いてないのかわからない態度。それが心地よくて気付いたらべらべらと身の上を吐露していた。
「おおーう、水、ちゃんと飲めたのう。いい子じゃ。」
もらった水を1杯飲み終えたところで、心臓が殴られたような強い衝撃が走った。しまった、と思った。最悪。逃げ出したい、消えてしまいたい、今すぐに死にたい、と強く思った。気がつくと見知った黒髪がこちらを眺めていた。
ブログに人のことをあれこれと書いてはアクセス数を稼いでいた男。こんなところでこんな姿で地元の男と再会したくなかった。デカい夢を掲げて地元を捨て、結局夢敗れた私のことを、嘲笑うに違いないと思った。
「別に、皆そんなもんなんとちゃう?」
俺やってそうやし。と財前光は続けた。耳にいくつもあけていたピアスは1つも無くなっていた。財前光のスーツ姿を、学生時代の私は1ミリも想像した事はなかった。てっきり鼻で笑われると思っていたのに、あっさり肯定されたような気がして、その落差に頭がこんがらがってくる。
「人間は見栄張りたくなる生き物やから。その友達やって案外裏では地味ーで鬱々とした生活してんのかもしれへん。」
財前光は気だるそうに一つおいて隣の席に腰を掛けた。こっちに来るなと思いつつ、この物理的距離感が酔った脳には心地よかった。
「そういう財前は夢叶えて音楽業界におるんやろ。別に慰めてくれなくてええし。こっちが惨めになんねん」
「音楽業界、ねえ」
そういう財前光の表情は苦笑いだった。
「音楽はもう、ただの趣味やで」
掴み所のない瞳の奥から、掴めなかった夢への諦念を感じ取った。華やかな業界の裏の裏、闇のような話を酔い覚ましのように聞きながら、学生時代クールに一際輝いていたコイツも、他の男たちと同じように「普通」の男になったのだと悟った。好きなことを趣味にするのか仕事にするのか、そのバランスをどうとっていくのか、大人になってこんなにも悩むことになるなんて思ってもみなかった。そしてそれは、「特別」にみえたコイツも同じだったんだ。
「久々にまともな人間と喋ったらなんか転職のモチベわいたわ」
「財前くんにはバーテンにならないかって何度も誘ってるんですけどねえ」
「流石に日勤がええですわ」
「私も転職活動、しよかあ」
「ええんとちゃう。情報交換しよか。」
酔いから出た言葉か本心か、わからないけれど。決まりきった疲れきった毎日を打破するにはその場のノリや勢いが全てだと思った。あの特別だった財前光に、「まともな人間」として認識されていたのが、少し嬉しかったのもある。なんだよ。コイツと喋るの、楽しいじゃん。誰だよ。最悪、って思ったやつ。地元の人には絶対に知られたくないと思ってた。だけど「特別な財前くん」と地元の言葉で対等に話せていることに、心が軽くなっている自分がいる。
「俺、ここに毎週飲みに来てんねん。アンタも気が向いたら来たらええんとちゃう。」
「彼の話し相手になれる人材はなかなかいませんからねえ。」
「そういうわけじゃき、また来んしゃい」
ぐちゃぐちゃだった心に、すうっと爽やかな風が吹いた。
2022.05.05
華の金曜日。女1人。身も心も疲れ果ててフラフラと街にさ迷い出たある日の夜。へんてこりんな店の名前がどこか心地良い気がして。初めて訪れた店で、銀髪のバーテンダーに本気で引かれるくらいには数を飲んでいた。周りの雑音も、他の客のことも、何も気にならなかった。気がつけば飲みかけだった琥珀色のカクテルが取り上げられ、代わりに透明な水が置かれていた。
「…ったく、彼女をここまで飲ませたのは貴方ですからね。責任は取って貰いますよ。」
「プリッ」
ぼんやりと霞んだ視界が、眼鏡のバーテンダーが銀髪を制した様子を捕らえた。そう、何もかもこの銀髪のせいなのだ。その不思議な瞳に見つめられたが最期、今まで胸をつかえていた想いがするすると口から溢れ出していた。
大阪から上京して早数年、度重なる残業と今後のキャリアの迷走に疲れ果てていた頃。地元の閉鎖的な環境が嫌で仕方なくて、東京に飛び出してきた。数少ない友人は結婚して子供を産み、一緒に上京してきた友人もゆるゆるふわふわキラキラと楽しくやっている。
将来の夢、なんだったかなあ。よくわからない相槌で銀髪は応えてくれた。初めて会う人。よく知らない人。聞いてるのか聞いてないのかわからない態度。それが心地よくて気付いたらべらべらと身の上を吐露していた。
「おおーう、水、ちゃんと飲めたのう。いい子じゃ。」
もらった水を1杯飲み終えたところで、心臓が殴られたような強い衝撃が走った。しまった、と思った。最悪。逃げ出したい、消えてしまいたい、今すぐに死にたい、と強く思った。気がつくと見知った黒髪がこちらを眺めていた。
ブログに人のことをあれこれと書いてはアクセス数を稼いでいた男。こんなところでこんな姿で地元の男と再会したくなかった。デカい夢を掲げて地元を捨て、結局夢敗れた私のことを、嘲笑うに違いないと思った。
「別に、皆そんなもんなんとちゃう?」
俺やってそうやし。と財前光は続けた。耳にいくつもあけていたピアスは1つも無くなっていた。財前光のスーツ姿を、学生時代の私は1ミリも想像した事はなかった。てっきり鼻で笑われると思っていたのに、あっさり肯定されたような気がして、その落差に頭がこんがらがってくる。
「人間は見栄張りたくなる生き物やから。その友達やって案外裏では地味ーで鬱々とした生活してんのかもしれへん。」
財前光は気だるそうに一つおいて隣の席に腰を掛けた。こっちに来るなと思いつつ、この物理的距離感が酔った脳には心地よかった。
「そういう財前は夢叶えて音楽業界におるんやろ。別に慰めてくれなくてええし。こっちが惨めになんねん」
「音楽業界、ねえ」
そういう財前光の表情は苦笑いだった。
「音楽はもう、ただの趣味やで」
掴み所のない瞳の奥から、掴めなかった夢への諦念を感じ取った。華やかな業界の裏の裏、闇のような話を酔い覚ましのように聞きながら、学生時代クールに一際輝いていたコイツも、他の男たちと同じように「普通」の男になったのだと悟った。好きなことを趣味にするのか仕事にするのか、そのバランスをどうとっていくのか、大人になってこんなにも悩むことになるなんて思ってもみなかった。そしてそれは、「特別」にみえたコイツも同じだったんだ。
「久々にまともな人間と喋ったらなんか転職のモチベわいたわ」
「財前くんにはバーテンにならないかって何度も誘ってるんですけどねえ」
「流石に日勤がええですわ」
「私も転職活動、しよかあ」
「ええんとちゃう。情報交換しよか。」
酔いから出た言葉か本心か、わからないけれど。決まりきった疲れきった毎日を打破するにはその場のノリや勢いが全てだと思った。あの特別だった財前光に、「まともな人間」として認識されていたのが、少し嬉しかったのもある。なんだよ。コイツと喋るの、楽しいじゃん。誰だよ。最悪、って思ったやつ。地元の人には絶対に知られたくないと思ってた。だけど「特別な財前くん」と地元の言葉で対等に話せていることに、心が軽くなっている自分がいる。
「俺、ここに毎週飲みに来てんねん。アンタも気が向いたら来たらええんとちゃう。」
「彼の話し相手になれる人材はなかなかいませんからねえ。」
「そういうわけじゃき、また来んしゃい」
ぐちゃぐちゃだった心に、すうっと爽やかな風が吹いた。
2022.05.05
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