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「おっはよ~!ねえ跡部~!今日が何の日か知ってる~!?」
ジリジリと太陽が照りつける8月14日の昼。すっかり暑さにやられぐったりしている部員たちを他所に、ジローは昼練前の部室に勢い良く現れた。その顔はまるでおいしい水を貰ったばかりの向日葵のようだった。
「アーン?ハッピーサマーバレンタインデー、そうだろ?」
はっぴーさまーばれんたいんでー???初めて聞く単語に思わずあんぐりと口が開く。横で固まっている岳人を見ればどうやら俺と同じ想いだったらしい、頭には大きなはてなマークが浮かんでいた。
跡部が解説するに、どうやら今日は男子も女子も、好きな人に「大好き」を言える日、そしてそれが「成就」する日、ということらしい。えらいロマンチックな記念日やんなあ、と言わんばかりに忍足が眼鏡の蝶番を指で押し上げる。ああ、確かにコイツが一番に食いつきそうな話題だ。
「大好き」という気持ちを言うのは確かに自由だ。そしてその想いを告げようとする背中を押してくれる、だなんて、普段勇気が出ない奴にはいい記念日なんだろうと思う。だがしかし、成就までは流石に迷信だろうという冷静な声が湧き上がる感情を押し殺した。
「なんでそんな記念日知ってんだ?オマエ好きな奴でも出来たのかよ?」
「好きな人?んー…丸井くん!」
「はあ?ふざけんな!」
「別に大好きって感情は異性愛とは限らないですよ。今日は大好きな人に感謝を伝える日ですから。ちなみに俺は」
「……ったく、相変わらず暑苦しい人達ですね。」
若が怪訝な顔で部室にやってきた。その腕にはいかにも女子が好きそうな包装のプレゼントを溢れんばかりに抱えている。
「モテモテやんなあ、日吉。」
「別にクラスの女子に待ち伏せされて押し付けられただけですよ」
「クソクソ!後輩のくせに生意気だぜ!1個くらいわけろよな!」
「はあ?死んでも嫌です」
満更でもなさそうな若と大人気ない岳人に呆れていると、その先にいた長太郎と目が合った。
「俺達の学年は夏休み前からこの話題で持ち切りでしたよ。バレンタインとホワイトデーと違って、当日は夏休み真っ盛りじゃないですか。どうやって自然に好きな人を呼び出すかとか、皆さんそわそわしていて。先輩たちの学年は広まらなかったんですかね?新しく出来た記念日ですし、知らない人の方が多いかもしれませんね。」
まるで他に言いたいことがあるかのようにここまでを一気に言い終えた長太郎は、苦しい顔をしてペットボトルの水を喉に流し込んだ。
「折角の記念日だから、マジマジ俺なんかやりたいC~!」
「何かやりたい言うても、つまり誰かに好きやて伝えるっちゅーことやんなあ?」
「いえ、記念日をただお祝いするだけでも良いみたいですよ。要は、記念日ということを口実に大好きな人と一緒にいられればいいんです。」
長太郎はハッピーサマーバレンタインデーの回し者なのだろうか、と思った。別にそんな記念日は存在していなくて、跡部とジローが口裏合わせてるだけなんじゃないのか、とすら思った。忍足と岳人が別に好きでもない女子の名前や人気のアイドルの名前をひたすらに挙げていく。ついには言葉に詰まった方がジュースを奢るというゲームにまで発展した。
「宍戸さんには、今日一緒に過ごしたいと思う、大好きな人が、いますか?」
言葉を失った。ここまで回答に詰まった質問は初めてだった。俺は忍足と岳人にジュースを奢ってやらないといけないのかもしれない。大好きな人。感謝の気持ちを伝えたい人。この片想いを成就させたいと強く想う人……
「テニス」
唇が自然と言葉を紡いだ。それ人じゃねーじゃん、と岳人が唇を尖らせる。
我ながらテニス馬鹿だとは思う。でもこの夏、俺が、そして俺達が立ち向かうものはテニスただそれだけなのだ。大好きなもの、愛しているもの、掴んだと思えば手から零れ落ちそうになるもの、どれだけ自信があっても自分の力だけじゃどこか不安で、何かに縋ってでも手に入れたいと思うなんて、勝利の女神くらいなのだ。この俺にこう言わしめるほどの屈辱をあの時味わったと、そう、思っている。
今年までなのだ。こいつらと同じチームでテニスができるのは。今年どころか明日突然終わりが訪れるかもしれない。テニスは時に俺達を容赦なく引き裂いてくるのだから。だって関東初戦のあの日が、まさしくそうだったじゃねえか。
「大好きなテニスに、大好きって伝える、ってことかよ…?」
「それ、俺たちにマジマジピッタリだC~!」
「んー…何だ?テニスコートのメンテナンスでもするってことか?なあ跡部ー」
「アーン?いつも以上に全力でテニスに向き合う、そういうことだろーが。」
なんて綺麗な発言だろうか、と思った。テニスに全身全霊で向き合うこと、それがテニスへの感謝を伝えることだなんて、なんて綺麗な発言だろうかと思う。この男以外に、こんな発言ができる奴がいるだろうか。氷帝の太陽は、勝気な態度でそのまま続けた。
「俺様が必ずお前らを全国優勝に導いてみせる。だから全力でついてこい。さあ時間だ。暑さなんかに負けていられねえだろ。始めるぞ。」
勝利の女神がいるのなら。醜い顔で縋ってでも俺達に微笑んで欲しいと強く思う。一秒でも長くこいつらとテニスをしていたい。テニスがくれたこの想いを、こいつらとの絆を、ずっとずっと大切にしたいから。テニスだけを追い続けてきたこの3年間を、後悔なんてしたくねえから。
「ハハ、俺達にまだ恋愛ははえーよな。」
ハッピーサマーバレンタインデー。その大切な日に思い浮かべるには、テニスが一番しっくりくる。今ならどんな願いでも叶うような気がしていた。氷の太陽が俺達の張り詰めた想いを溶かしはじめた。テニスを通じて結ばれたこいつらと共に、俺は今日も歩いていくのだ。
2018.08.15
ジリジリと太陽が照りつける8月14日の昼。すっかり暑さにやられぐったりしている部員たちを他所に、ジローは昼練前の部室に勢い良く現れた。その顔はまるでおいしい水を貰ったばかりの向日葵のようだった。
「アーン?ハッピーサマーバレンタインデー、そうだろ?」
はっぴーさまーばれんたいんでー???初めて聞く単語に思わずあんぐりと口が開く。横で固まっている岳人を見ればどうやら俺と同じ想いだったらしい、頭には大きなはてなマークが浮かんでいた。
跡部が解説するに、どうやら今日は男子も女子も、好きな人に「大好き」を言える日、そしてそれが「成就」する日、ということらしい。えらいロマンチックな記念日やんなあ、と言わんばかりに忍足が眼鏡の蝶番を指で押し上げる。ああ、確かにコイツが一番に食いつきそうな話題だ。
「大好き」という気持ちを言うのは確かに自由だ。そしてその想いを告げようとする背中を押してくれる、だなんて、普段勇気が出ない奴にはいい記念日なんだろうと思う。だがしかし、成就までは流石に迷信だろうという冷静な声が湧き上がる感情を押し殺した。
「なんでそんな記念日知ってんだ?オマエ好きな奴でも出来たのかよ?」
「好きな人?んー…丸井くん!」
「はあ?ふざけんな!」
「別に大好きって感情は異性愛とは限らないですよ。今日は大好きな人に感謝を伝える日ですから。ちなみに俺は」
「……ったく、相変わらず暑苦しい人達ですね。」
若が怪訝な顔で部室にやってきた。その腕にはいかにも女子が好きそうな包装のプレゼントを溢れんばかりに抱えている。
「モテモテやんなあ、日吉。」
「別にクラスの女子に待ち伏せされて押し付けられただけですよ」
「クソクソ!後輩のくせに生意気だぜ!1個くらいわけろよな!」
「はあ?死んでも嫌です」
満更でもなさそうな若と大人気ない岳人に呆れていると、その先にいた長太郎と目が合った。
「俺達の学年は夏休み前からこの話題で持ち切りでしたよ。バレンタインとホワイトデーと違って、当日は夏休み真っ盛りじゃないですか。どうやって自然に好きな人を呼び出すかとか、皆さんそわそわしていて。先輩たちの学年は広まらなかったんですかね?新しく出来た記念日ですし、知らない人の方が多いかもしれませんね。」
まるで他に言いたいことがあるかのようにここまでを一気に言い終えた長太郎は、苦しい顔をしてペットボトルの水を喉に流し込んだ。
「折角の記念日だから、マジマジ俺なんかやりたいC~!」
「何かやりたい言うても、つまり誰かに好きやて伝えるっちゅーことやんなあ?」
「いえ、記念日をただお祝いするだけでも良いみたいですよ。要は、記念日ということを口実に大好きな人と一緒にいられればいいんです。」
長太郎はハッピーサマーバレンタインデーの回し者なのだろうか、と思った。別にそんな記念日は存在していなくて、跡部とジローが口裏合わせてるだけなんじゃないのか、とすら思った。忍足と岳人が別に好きでもない女子の名前や人気のアイドルの名前をひたすらに挙げていく。ついには言葉に詰まった方がジュースを奢るというゲームにまで発展した。
「宍戸さんには、今日一緒に過ごしたいと思う、大好きな人が、いますか?」
言葉を失った。ここまで回答に詰まった質問は初めてだった。俺は忍足と岳人にジュースを奢ってやらないといけないのかもしれない。大好きな人。感謝の気持ちを伝えたい人。この片想いを成就させたいと強く想う人……
「テニス」
唇が自然と言葉を紡いだ。それ人じゃねーじゃん、と岳人が唇を尖らせる。
我ながらテニス馬鹿だとは思う。でもこの夏、俺が、そして俺達が立ち向かうものはテニスただそれだけなのだ。大好きなもの、愛しているもの、掴んだと思えば手から零れ落ちそうになるもの、どれだけ自信があっても自分の力だけじゃどこか不安で、何かに縋ってでも手に入れたいと思うなんて、勝利の女神くらいなのだ。この俺にこう言わしめるほどの屈辱をあの時味わったと、そう、思っている。
今年までなのだ。こいつらと同じチームでテニスができるのは。今年どころか明日突然終わりが訪れるかもしれない。テニスは時に俺達を容赦なく引き裂いてくるのだから。だって関東初戦のあの日が、まさしくそうだったじゃねえか。
「大好きなテニスに、大好きって伝える、ってことかよ…?」
「それ、俺たちにマジマジピッタリだC~!」
「んー…何だ?テニスコートのメンテナンスでもするってことか?なあ跡部ー」
「アーン?いつも以上に全力でテニスに向き合う、そういうことだろーが。」
なんて綺麗な発言だろうか、と思った。テニスに全身全霊で向き合うこと、それがテニスへの感謝を伝えることだなんて、なんて綺麗な発言だろうかと思う。この男以外に、こんな発言ができる奴がいるだろうか。氷帝の太陽は、勝気な態度でそのまま続けた。
「俺様が必ずお前らを全国優勝に導いてみせる。だから全力でついてこい。さあ時間だ。暑さなんかに負けていられねえだろ。始めるぞ。」
勝利の女神がいるのなら。醜い顔で縋ってでも俺達に微笑んで欲しいと強く思う。一秒でも長くこいつらとテニスをしていたい。テニスがくれたこの想いを、こいつらとの絆を、ずっとずっと大切にしたいから。テニスだけを追い続けてきたこの3年間を、後悔なんてしたくねえから。
「ハハ、俺達にまだ恋愛ははえーよな。」
ハッピーサマーバレンタインデー。その大切な日に思い浮かべるには、テニスが一番しっくりくる。今ならどんな願いでも叶うような気がしていた。氷の太陽が俺達の張り詰めた想いを溶かしはじめた。テニスを通じて結ばれたこいつらと共に、俺は今日も歩いていくのだ。
2018.08.15
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