ルシサン短編まとめ

 その白い子猫は生まれつき色素が薄く、それは生きる上で不都合が多かった。人里にあっても自然の中にあっても馴染むことのない色は、身を隠すには不向きであり、上空からも容易に狙われ生傷が絶えぬ日々であった。
 それが最も災いしたのは、ある雪の日のこと。
 いつもは悪目立ちばかりする毛色が、この時ばかりは白銀の中に彼を埋もれさせてしまった。どちらを向いても白い壁が立ちはだかるばかりで、掻き分け進む力も次第に失われていく。
 その時だった。凍えた小さな白い体を温かな何かが抱き上げ、雪の中から救い出したのである。

 次に意識が戻った時、彼は側にある温もりがあまりに心地よくて無意識に鼻先を擦り寄せていた。常に孤独の中にあったので、母の温もりの記憶さえ無きに等しい。ゆえに、今感じているこれは初めて感じる安寧と言えた。
 何とか目を開けると、彼を包むように丸くなっていたのは茶色い被毛の猫であった。
 ここらで見かけたことのない相手であるはずなのにどこか懐かしさを覚えて鳴けば、彼は何も応えず鼻先を合わせてくれた。冷え切っていた体はいつの間にかすっかり温かくなっていて、安心感に一つ欠伸をすると目の前のやわらかな体に顔を埋めた。

 その日から茶色の猫は白い猫の前に度々姿を現した。空腹に動けなくなれば獲物を、雨に震えれば体温を分け与えにやって来る。しかし側にいたいと近寄れば、何故かスッと離れてしまう。
 そんな不思議な距離を保ったままではあったが、白い猫は何とか成猫へと育つことが出来た。一方の茶色い猫は初めて見た時の姿のまま何も変わることはなかった。彼よりも大きくなった体でじゃれつけば、そっぽを向くも逃げて行くことはない。共に野を駆けようと誘えば、ためらいがちではあるがついて来る。
 白い猫は幸せだった。

 白い猫はすっかり痩せてしまった体を物陰に横たえていた。食べていないわけではないが、老いが体を蝕んでいるのだ。
 今日は茶色い猫を見ていない。ただ気がついていないだけかもしれなかった。それほどに、日中はただ眠るだけの日々を過ごしていた。
 その身を誰かが抱き上げた。それはあの雪の日感じた温もりに似ていた。
「俺が、俺が貴方に会いたいと願ってしまったから」
 そんな慟哭が遠くなりつつある耳に届く。
 違うよ、そんなことはない。私も君に会いたいと願ってしまった。この色もきっと、君に見つけて欲しかったからなんだ。そう伝えたくともこの口は、か細い声でにゃあと鳴くだけだった。


 ルシフェルはテーブルに突っ伏したまま微睡みから目覚めた。どうやら夢を見ていたらしい。またその続きを見られたらと、再びうとうとと目を閉じた。


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