ルシサン短編まとめ

 騎空団へと身を寄せてから、ルシフェルは様々な人と人との関係を見た。空の進化を見守っていた頃も多様なあり方を見てきたが、ここでは顔を見知った者たちの継続的な関係を見ることが出来た。
 それは親子であったり、兄弟であったり、血の繋がりのない者達であったりしたが、彼らのやりとりからは学ぶことは多かった。主に、サンダルフォンとの一度破綻した関係について見直すにあたり、彼らを自分たちに置き換えてみることで何がいけなかったのか、どうすべきであったのかを多方面から分析することができた。
 そうして導き出したのは、自分がサンダルフォンに依存し過ぎていたということだ。過剰な干渉は彼の交友関係を狭め、成長を妨げてしまう。時に突き放すことも必要なのだと知っていながら、彼と共にありたい気持ちに蓋を出来ずにいた。
 それを思い知ったのはいつ頃だったか。
 食堂を切り盛りする者たちが、サンダルフォンに好物だからと大盛りにしてやっていたのを目撃したあの時だろうか。ルシフェルは珈琲とそれに合う茶菓子ぐらいしか彼の好物を把握していなかった。食堂の彼らの方が余程サンダルフォンの好き嫌いに関しては詳しいのだろう。
 依頼に選抜された際、彼と交代すると声を掛けた者がいたことだろうか。その地によく出没する魔物が苦手であることをよく知る仲間であるらしかった。ルシフェルは彼が頷き同調し、褒め称える顔しか知らずにいた気がした。彼にも得手不得手はあり、それを拒むこともあるのだ。そして彼がそれを口にする前に、肩代わりしてくれる仲間がいる。それはとても良い事だと思えた。
 彼らよりも長く共にいたはずの自分は、そんなことも知らなかった。そのことに愕然とした。そして少し寂しく思えた。
 ルシフェルはサンダルフォンと中庭での思い出しかなかった。ゆえに溝を埋めようと、出来る限り傍に在りたかった。
 だがそれは、彼が今まで他の仲間たちと築いた仲を遠ざけているとも言えた。彼を本当に大切に思うならば、彼の成長を促す選択をすべきなのだ。

 そうしてルシフェルは艇を降りることを決意した。団長には止められたが、事情を話せば複雑そうな顔をしながらも承諾してくれた。4大天司に迎えられ、再び空の世界を見守る日々に戻る、そのはずだった。

 目の前には鬼の形相で仁王立ちするサンダルフォンの姿がある。
「何故俺が怒っているか、わかってますよね?」
「君に黙って艇を降りたこと、だろうか」
「わかっているなら話は早い、ついてきて下さい」
 差し出された手に首を傾げると、急かすように上下に振られる。手を重ねると強く握られ、思わず頬が緩んだ。
「全く、貴方って人は」
 呆れたと言わんばかりの横顔は、共に艇に乗ってから幾度となく見るようになったそれであった。笑顔ばかりでなく、そんな顔をさせることもまた嬉しく思えるのだと知ったのも共にあの艇で暮らすようになってからだ。
 そのまま二人並んで空を飛行し、グランサイファーへと降り立った。靴音も高らかに甲板を抜け船室へと降り、二人がかつて共に過ごした部屋へと入る。
「少し、待っていて下さい」
 一人彼を待ちながら久し振りの部屋を見回すと、艇を降りたあの日から何も変わってはいなかった。窓の下、一番日当たりの良い場所に置かれた珈琲の木の大きな鉢植えは瑞々しい葉を広げているし、造り付けの棚も先程サンダルフォンが持ち出した揃いで色違いのカップ以外中身はそのままだ。
 やがて盆を手に戻って来たサンダルフォンが小さなテーブルにそれを置き、向かいへと腰掛ける。
「これはそこの鉢植え……貴方が最初に空の世界へと持ち込んだ珈琲の木から採れた豆を焙煎した珈琲だ。つまり、あの中庭で飲んでいたのと同じ豆を使っていることになる。違うのは淹れたこの俺の腕だけ。貴方に飲んで欲しくて、ずっと練習を重ねたこの技術だけが違う」
 飲んで欲しいと視線が訴える。カップを手に取り、そっと口をつけた。
 中庭で飲んだあの時も、心から美味しいと感じていた。それは彼が自分の為に淹れ、同じ時間を過ごしたからだと今でも思う。その思い出が多少美化されていたとしても、今舌に残る味わいは別格であった。雑味もなく、香り高く、後味も良い。
「うん、同じ豆とは思えないな。とても美味しいよ」
「あの中庭にいた頃からずっと、貴方の為にずっと練習して来た。貴方の最期の望みを聞いてからは、いつか来るこの時の事を夢見て俺は……!」
 ぽろりと彼の瞳から雫が零れ落ちるのを、初めて見た気がした。頭で考えるよりも先に体が動き、その涙に指先が触れる。
「貴方はいつも一人で何もかも抱え過ぎだ。俺に何も言わず出て行くなんて、俺は相談相手にもなれないと?」
「そうではないんだ。君を思うからこそ、君を自由にするべきだと」
「俺はもう貴方に庇護されているだけの存在じゃない! 俺は俺の意志で貴方と共に在ることを選んだ。貴方こそ人のことばかりでなく、もっと自分の事を考えるべきだ!」
 誰かが言っていた。自分が思っているよりも、子は勝手に成長しているものだと。
 次々に零れ落ちる涙は、強がっていただろうあの頃は見ることの叶わなかったものだ。これは彼が心を開いてくれている証とも言えるのではないか、そう思えば胸に抱かずにいられなかった。
「勝手に出て行ってすまなかった。これからのことを、君と話し合いたい」
 胸の中で鼻を啜る音と共に、頷く頭に唇を落とす。
「叶うならば、これからもこうして君と珈琲を飲む仲でありたい。勿論、君も望んでくれるならば」


おわり
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