ルシサン短編まとめ

 今日は大人も子供も、男も女も、人間も化物も、皆入り混じり楽しむ日。薄暗がりですれ違っても、生者か死者かさえわからない。まさに私達にお誂え向きだと思わない?
 衣装を見繕いながら、薔薇の星晶獣はそう言った。
 癖毛にピンで留められた赤い角と、背に負わされた蝙蝠の羽、手にはランタンとバケツを持たされ、祭に賑わう村の側近くへと放り出される。
「天司に悪魔の格好をさせるなど、実にナンセンスだな」
 適当に見て回ったあとすぐに帰ってしまうのも良かったが、普段は日没を迎えれば静まり返ってしまう景色が幻想的な光にそこかしこを浮かび上がらせているのがあまりに美しく、サンダルフォンは思わず吸い寄せられるように祭の広場へと入って行った。
 思い思いの衣装に身を包み、人々は化物になりきり道を練り歩く。まさかこの中に災厄を引き起こした天司が紛れているなど、幸せそうに笑う彼らは知らないだろう。
 本来は「迷子のジャック」を慰める為の祭であると噂に聞いた。今日この日はあの世への扉が開き、死者の魂が迷い出るのだと言う。
 あの世というものが存在すると言うならば、自分たち星晶獣という造られた存在の魂にも行く場所や帰る場所はあるのだろうか。そんなことを考えながら歩いていると、人で犇めく広場の中央に立つ影に気がついた。
 頭をすっぽりとカボチャで覆い、黒い帽子に黒い服、そして赤いボロボロの布を肩に纏っている。「迷子のジャック」の衣装を着た長身の男だ。カボチャは分厚い物をくり抜いてあるようで、中の顔は薄暗くよく見えない。
 人でごった返しているはずの広場で、何故か彼へ続く道を作るかのように人波が別れていく。
 ――おいで
 そう言っているかのように片手が差し伸べられ、サンダルフォンはその手を取った。
 並んで歩きながら、隣の男を盗み見る。握る手の大きさ、見上げた顔の高さ、それにはとても馴染みがあった。
 ――お菓子を貰いに行こうか
 彼の指差す先にはカボチャの灯る家々がある。それを軒先に飾るということは、訪問者に菓子を配るという目印ともなっていた。黙って頷き、今はただ彼とこの行事を楽しむことにする。
 訪れるどの家も二人を快く迎え入れ、サンダルフォンが恥じらいながらも小さく呟くお決まりの文句にも笑顔で様々な菓子を差し出した。隣の彼は一言も話さないが、ついでとばかりに菓子を詰め込まれていく。やがて小さなバケツは菓子で溢れ、ひとまずここまでと村の中心地を離れた。
 遠く騒ぐ声が聞こえる辺りまで歩き、大きな岩の陰に二人で腰を下ろす。男は楽しげに集めた菓子の入った袋を振ると、中から蜘蛛の巣を模した菓子を摘み上げサンダルフォンの口元へと運んだ。
 ――さぁ、召し上がれ
 カボチャの向こう側で男が微笑んだ気がした。素直に口を開くと、唇へと優しくそれが運ばれる。この指先には覚えがあった。形が良く、爪と指との大きさの比率がとても美しいとよく見惚れていたのを思い出す。
 舌の上で溶けた甘味が広がる。
 ――おかわりはいかがかな
 次にその指先が拾い上げたのはメレンゲで模られた白い骨だ。口元に寄せられたそれを前歯で砕くと、小さな欠片が唇の端へとくっついてしまった。舐め取ろうとするより早く、彼の人差し指が拭い、そのまま口の中へと潜り込ませる。驚きながらも反射的に舐め取ってしまい、唾液に濡れた指先が抜け出て行くのをただ見ていた。
 彼が笑ったような気がする。
 お返しとばかりに猫の型抜きクッキーを取り、カボチャの口の穴の中へと持って行く。
 確かにそれは彼の口へと入ったはずだった。
 首の隙間からカツンと音を立て、それが下へと落ちる。上手く食べられなかったのかともう一つ入れてみる。しかしやはりそれは何も遮るものがないかのように地に落ち砕けた。
 そこには何もないのかも知れない。そう思い至り、サンダルフォンは瞼をぐっと閉ざす。
 つい浮かれてしまっていた。この祭の本来の意味を、すっかり忘れてしまいそうになっていた。
 思わずその胸に縋ると、背に腕が回される。感触はある、それに安堵しながらぐりぐりと頭を押し付ける。嗚咽が漏れてしまっていたかも知れなかった。
「いつまでこうしていられますか」
 胸に頭を預けたまま訊ねると、彼は空を見上げ指差した。きっと明け方までだろうと、そんなことを考えながら心音のない体を抱き締めた。


おわり
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