短編なのだ

 どうしても言えないことがあるのだ。どうしても言えないから言ってこなかったが、既に周囲には悟られているのかもしれないし、悟られていないのかもしれないのだ。
 わからないからこれまでずっと、凍結だったのだ。
 凍結。
 それは寒い国の雪の下、冷たく凍った土の中に隠してきたもので、中身はとっくに消えてなくなっているのに、外側だけがアライさんを責めるのだ。
 責めているのは己自身。頭じゃわかっているのだが、なかなか融けはしないもので。
 難解なパズルを解くかのようで、しかし真実は何のことはない、とても単純でお涙頂戴の物語なのだ。
 それが嫌で凍結してきたのかもしれないが、いずれにせよ世間的には「許されない」部類のことなのだ。
 責任はアライさんにもきっとあるので、というか、半分ぐらいはアライさんの責任だと思っているので、全てを環境のせいにすることはできず、それがかえって自分を責める要因の一つにもなっているのかもしれないのだ。
 そんなことわかりはしないし、他者にも言えないのだ。だから、今日も雪の中に埋まっているのだ。

 埋まらなくてもいいと言われた日があったのだ。けれどそれを信じきることはできなくて、半信半疑のまま、片足だけ雪から出してみて、居心地が悪くてまた戻るのだ。
 けれど戻った先の雪はぐずぐずと融けかけていて、身体を支えてはくれないのだ。
 そうしてやっぱり自分を許せなくなって、ぐるぐると回るのだ。
 おかしいのだ。いや、おかしくはないのだ。こうなるのは当然であり、こうなっても仕方ないくらいの出来事だった……それはわかるのだ。
 けれどアライさんはぐるぐるしているから、何もかも割り切れずに抱えたままぐるぐる回って……そうして、ここまで来たのだ。
 死んだ状態。
 ■■年抱え続けてきたものがこれしきで融けたらそれはそれで驚くべきことだが、融けるときは一瞬だということも知っているのだ。
 もしかすると、ここまで大事に抱えてきた恨みつらみを手放すのが嫌なのかもしれないのだ。
 嫌? こんなに苦しんでいる元凶を、手放すのが嫌なのだ?
 そういう■もあるのかもしれないのだ。
 真相はわからないのだ。いや、しかし案外明解なのかもしれないのだ。
 わからない、ということにして、目を逸らす……をずっと続けてきたので、そろそろ「わかる」ようにしてもいいのかもしれないのだ。己の中でくらいは。

 勇気と蛮勇は違うのだ。それをもって「明るみに出す」のを避けるのだ。
 財産の保持。それを見せずに隠すということは、たった一つ、何も取り柄のない自分が大切に持っていられる傷を宝箱にしまうことなのかもしれないのだ。
 傷はあまりに長く付き合いすぎると大切で手放しがたいものになるのかもしれないのだ。

 でもたぶん、手放さなくてもいいのだ。明かすことは……どこかで明かすことは必要ではあるのだ。これまでずっと、日の光を当てずに過ごしてきたものであるので……
 傷と一緒に生きられたらいいのだ。これまで生きられなかった分、生きられたらいいのだ。
 できたら余生じゃなくて、前向きな現世を。
 できるかどうかはわからないが、できたらいいのだ。
 無理に前を向くのは好きじゃないのだ。できないかもしれないし、不安だらけなのだ。けれども今くらいは希望を信じていたくなったのだ。希望などまやかしだとわかってはいるが、それでも……
 結局、けものは弱いのだ。絶望を謳っていたけものも、心の奥底では希望を信じたいのだ。弱くて愚かなのだ。
 しかし希望を信じることは間違いではないのだ。それもまた一つの選択なのだ。すぐに消えてしまう灯火であっても、今だけは灯したいと思ったのだ。

 今日はこの辺で。
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