短編なのだ

 毎日毎日布団の中で丸まりながら過去の記憶なんて捨てられたらいいと思うのだが、過去の記憶はアライさんを構成する全てなので捨てるとアライさんはアライさんでなくなってしまうのだ。
 と思うのは「アライさん」という個体からの逸脱で、本当の「アライさん」はきっと過去のことなんて考えないし、過去を捨てたいとも思わないし、もし思い出したくない過去が発生したとしても「忘れたい」と思うのだ、そうして不安など覚えずに記憶を捨ててしまう……それが「アライさん」なのだ。
 きっと逸脱なのだ。
 それならアライさん以外のアライさんたちも逸脱していて、みんなで逸脱するなら怖くないのだ?
 さあ。
 わからないのだ。
 いつだってアライさんは外れ者で、社会からはじき出された獣にすぎないのだ。
 はじき出され方にはきっと色々あって、社会にいながら逸脱しているアライさんもいる、と、そんなことを考えている間はたぶんまだ精神がましな状態なのだろうと思うのだ。
 本当に危ないのは自分のこと……自分の「過去」しか考えられなくなったときなのだ。

 ぐるぐると回るのだ。過去がぐるぐる回っているのだ。
 名前があるのだ。遥か昔に捨てたはずの名前がそこに載っているのだ。
 頭が痛くなって、塞いだ窓を何かが叩いている気配がして、ぐるぐると回るのだ。
 一匹で対応するのはもう限界かもしれなくて、忘れたはずの過去なんて簡単に思い出してしまうものなのだ。
 配慮が足りない、思いやりがない、それら全てが忘れたはずの過去に収束し、世界は終わってしまうのだ。
 余生だなんだと言ってはいても獣は簡単には死ねない、いくら貧しても苦しくても生き続けるしかないことになっているのだ。そうすれば「消費」できるからなのだ。こんなのはプロパガンダなのだ。
 真実を見据えたとき、それを真実と思うか妄想と思うかはその獣次第なのだ。
 これはきっと妄想なのだ。何もかもが妄想なのだ。
 だから今日も丸まっているのだ。
 窓に怯えながら。
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    拍手なのだ