短編なのだ

『前を向け』
「嫌なのだ」
『立ち上がれ』
「無理なのだ」
『それならお前は可哀想な存在だ』
「友達はそんなこと言わないのだ!」
『友達? 私がお前の友達だといつ言った? お前なぞには付き合いきれない、一人で勝手に朽ち果てろ』
「やめるのだ……」
『存在価値のないクズ』
「やめるのだ、」
『救う価値すらないゴミ』
「やめろと言ってるのだ!」
 アライさんは巣の壁に頭をがつんとぶつけました。視界がぐらぐらと揺れます。
『——、――…―……』
 聞こえていた声がノイズまみれになり、遠く消えていきます。
「……」
 アライさんは虚ろな目で宙を見つめました。
「……どっか行ったのだ」
 ため息。
「もう二度と来ないで欲しいのだ。フェネック、鍵を閉めてほしいのだ」
 返事はありません。
 巣の中にはアライさん一匹きり。
「ああ、」
 アライさんは大切なことをすぐ忘れてしまうフレンズ。どうやらまた忘れてしまっていたようで、目を伏せて震える息を吐きました。
「最初からいなかったのだ……誰も。誰も」
 巣には叩きつけるような雨の音が響いていました。
69/76ページ
    拍手なのだ