短編なのだ

「セルリアンばかりなのだ」
 アライさんの巣にセルリアンが入り込んでいます。
「出て行って欲しいのだが……言葉が通じないのだ」
 セルリアンたちはゲル状の身体を震わせながらアライさんの巣の大部分を占拠しています。
「アライさんの存在すら認めてくれないのに、どうしてアライさんの邪魔をするのだ?」
 普通に暮らしたいだけなのだ、とアライさん。
「出て行ってくれなのだ……」
 拳を固めかけて、だけどそれを途中でやめて、握った手を開きます。
「殴ったって何も変わりはしないのだ。それに殴ってやり返されたらどうするのだ? アライさんには殴れないのだ」
 そして開いた両手をじっと見ます。
「フェネックはどこなのだ?」
 指をぴんと張り詰めさせるアライさん。
「どこにもいないのだ?」
 張り詰めすぎたアライさんの指はだんだん白くなっていきます。
「どうしていないのだ? どうして? どこに行ったのだ?」
 張り詰めて、張り詰めて、
「  、」
 不意に力が抜け、アライさんは両手をぱたりと下げました。
「どうせ誰もいやしないのだ。ここにはアライさんと、不気味なセルリアンしかいないのだ。どうせ一人なのだ。どうせ何をしたって、」
 何も変わりはしないのだ。
 そう呟いて、静かに目を伏せました。
 月の大きな夜でした。
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