短編なのだ

 身の内の大きな虚ろを観測することはできるのだ?
 その大きさに怯えてしまって正常な観測は望むべくもないのだ。
 そんなことをつらつらと回していたって何もならないとわかっているのにあまりの虚ろの大きさに感情が思考が侵食されて、くるくると外縁を周るしかできなくなるのだ。
 ヒトはああなのにアライさんはこう。
 ヒトはこうなのにアライさんはああ。
 いくら努力したって頑張ったって自分を変えたって何にもなりはしなかったのだ。
 けれど努力も頑張りも何もせずそのままのヒトが適応しているのだ。
 この差はいったい何なのだ?
 見下すななのだ、見下すななのだ、見下すななのだ、
 けれども本当は見下されるのに最も相応しい身分であるとアライさんが一番わかっていて、
 腹が立つのだ。
 腹が立って仕方がないのだ。
 どうしてなのだ? どうして? どうしてヒトはああなのだ?
 無神経なヒトと話すたび、自分の欠けがわかるのだ。欠けがたくさんありすぎて自分でもいやになって、欠けがあるから嫌われて避けられて、無神経なヒトのくせにアライさんを見下して避けるなんていいご身分なのだ。
 けれどいくら憎悪を回しても何にもなりはしないのだ。
 そうして空いた大きな虚ろを観測してはため息ついて、
 あいつに人気が出ませんように、と願うのだ。
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