短編なのだ

 春は死の季節なのだ。
 膨らみ始めた蕾、地面から出た何かの芽、暖かい草の匂いの空気を嗅いで、絶望するのだ。
 春は始まり。けれど、アライさん一匹だけ何も始まらない。始まれないまま終わっている。周囲がいくら始まっても、アライさんは凍結したまま永遠に冬を過ごすのだ。
 それは寂しくて、冷たくて、忘却で、死なのだ。
 始まったヒトたちは終わったアライグマのことなんか見たくはない、視界に入れたくない、それは邪魔なごみで、忘却してしまうのだ。生きているヒトたちの視界から、世界から、忘れられ消えてしまった哀れなアライグマ。
 それがアライさんなのだ。
 世界の下で生きている。
 いつまで?
 永遠に、なのだ。
 過去と夢に挟まれ、苦しみ続けるのだ。そして過ごすのだ、終わらない冬を。
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