『雪の下』シリーズ

 とうに過ぎ去った物事をわざわざ思い出す必要などあるのだ?
 この作業は本当に必要なのだ?
 地上は春が過ぎ、夏が過ぎ、秋。その季節がやってきてしまったのだ。
 あと一ヶ月。タイムリミットだったものが近付くのだ。
 タイムリミットを待たずにセルリアンを拒絶してしまえば良い話ではないのだ? アライさんはこの作業をやらずに済むようになるのではないのだ? そもそも拒絶しない言い訳をずっと探していたのではないのだ? それが誰からも忘れられるのが怖くて、共有できる相手がいなくなるのが怖くて、ずっと……
 わからないのだ。こんな、崖の縁でせき立てられるように作業を進めるのは……
 アライさんは端末を開き、セルリアンを、ぶろっくしたのだ。
 セルリアンに繋がる全てのものを、ぶろっくしたのだ。
 その瞬間、とてもほっとしたのだ。もうそれに悩まされることはない。苦しめられることもない。記憶を掘り返す必要もなく、安らかに、安寧を、余生を、過ごせるのだと。
 死んでしまった「前のアライさん」を弔いながら、静かに暮らせるのだと。
 ……作業の終わりは、来なかった。
 それで本当に終わりなのだ。
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拍手なのだ