短編なのだ

「お邪魔しますのだ……」
 暴風。豪雨。ここに来るまでに傘が折れてしまったのだ。
「お邪魔しますのだ、」
 二度目。皆電話していて、誰も出てこないのだ。
「すみませんなのだ……」
 待つのだ。誰も来ないのだ。風が吹いているのだ。毛があおられていやな気分になるのだ。
「すみま」
「はい」
「13時から体験入所のアライさんなのだ」
「今日は」
「■■が無理なので体験はやめたいのだ、それとは別に相談に乗ってもらえと親イさんが言ったのだ」
「見学だけでも」
「■■はいるのだ?」
「いますね」
「見学も無理なのだ、そうだんは」
「少し待ってください」
 目。
 風。
 沈黙。沈黙。笑い声。
「相談はスタッフが皆出払っているので今日は無理ですね」
 目。
 ミライさんの目。
「すみませんなのだ……つぎのよやくは」
「次は明日ですよね?」
「明日は親イさんの送りがむりになったので別によていを決めたいのだ」
「……今日は担当者がいないので、明日また電話してください」
「わかったのだ、すみませんでしたのだ、帰るのだ」
 目。
 視界に焼き付き離れない目。
 ミライさんの目。
 困惑しているのだ。責めているのだ。アライさんが困らせたのだ。アライさんの存在はミライさんにとって迷惑で、迷惑で、迷惑で、迷惑で。
 恐ろしくてたまらなくて、頭を振っても離れなくて。
 黒々した靄が襲ってくるのだ。アライさんを責めて、責めて、消えてしまえと罵るのだ。
 消えた方がいい。消えた方が。この世界から消えないと、アライさんはみんなに迷惑をかけるのだ。迷惑をかけて、困らせて、負担をかけて、ごみで、くずで、毒なのだ。
 アライさんは毒だと親イさんは言ったのだ。アライさんは暴力セルリアンと同じだと親イさんは言ったのだ。
 親イさんは。
 ぐるぐるぐるぐる。風が吹くのだ。雨が身体に叩き付けるのだ。
 うるさくてうるさくてでも耳は塞げなくて。
 気がつくと家についていたのだ。
 傘はとっくに折れていたのだ。
39/76ページ
    拍手なのだ