『雪の下』シリーズ

 儀式をするのだ。冷凍の儀式をするのだ。棚上げの儀式をするのだ。解凍の儀式をするのだ。
 専用の音楽を頼まねばなのだ、専用の端末も頼まねばなのだ、専用のノートも頼まねばなのだ、そんなものより一番に準備すべきはアライさんという存在なのだ。
 アライさんは自分のことをいてもいなくてもいい存在だと思っているが、ことこの件に関してはアライさんにしかできぬことなのでいないと困るというか、いないといけない、仕方がないけどやるしかないのだ。
 だから儀式のじゅんびをして、コンディションを整えて、毎晩ダイブするのだ。
 アライさんにはアライさん自身の雑事もあるので毎日きちんとダイブはできないけれど、地道にやっていけば、秋が深まる頃には終わってくれると信じているのだ。
 嫌な断罪が訪れる前に、大量のスライドたちを処理しておかねば。そのためにわざわざ雪の下に来ているのだ。
 ダイブ。ダイブはトリガーがないとできないのだ。
 幸いトリガーはいくらでもあるのだ。だけど今日は調子が悪くて、ダイブできる気がしないのだ。
 上書きされて摩耗したトリガーもあるのだ。普段使いするには摩耗してくれていた方が都合がいいけど、ダイブの際は少し不便で、「アライさん」が死んでから時が経ったなと思うのはそんな時なのだ。
 前はどんな場所でも、それこそすーぱーやこんびにに行っただけで「アライさん」の記憶が立ち上がってきてたのだ。それが摩耗している、ただ冷凍封印されただけという説もあるけど大人しいのはありがたいことなのだ。普段ならば。
 せっかくこうしてダイブの時間を設けているのにどのスライドも反応しないのだ。たまにはこんな日があってもいいけど、毎日こうだと作業が進まないのだ。
 息を吐くのだ。白いのだ。ここの雪は永遠に融けないのだ。融けるとしたら、全てのスライドが処理されて、はいいろが色を取り戻したあと。それでもアライさんが一人でいる限り、雪は融けないのかもしれないのだ。
 絶対はないのだ。予測するだけ。どっちにしても「アライさん」同様アライさんだって欠陥品だし、作業がうまく終わってくれてもその後もアライさんは生きていかねばならないのだ。作業だけがアライさんの全てではないのだ。死んだ「アライさん」の代わりにアライグマ生をやっていかねばならぬのだ、重責なのだ。
 また息を吐くのだ。白いのだ。
 色がついたスライドが一つ、二つ、地道に続けて数枚。記録の数だけ再出力のノートが増えて、足跡はつくけど前に進んでるかどうか自分ではわからないのだ。
 画面の向こう側、見守ってくれるのは他のアライさん。彼女たちもまた、過去に「アライさん」を失って、あの場所に来ているのか? そんなことを考えたり、考えなかったり。
 感謝しているのだ。今自分がここで調査できているのは彼女たちのおかげだと。アライさんは一人だが、一人じゃないと思えるときもある。雪の下では一人だが、記録の流れる先は一人ではない。来ないはずの雪融けの夢を見るのだ。記憶に悩まされても、ぐにゃぐにゃがアライさんを責めても、今この瞬間、端末で外と繋がるこのときだけは一人じゃない。
 そんなことを思ったり、思わなかったり、柄にもなく前向きなことを考えて、セピア色のスライドを眺めて、この先の道のりの遠さを思って、でも、大丈夫。アライさんは生きていける。きっと花を咲かすのだ。
 雪融けの夢。
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拍手なのだ