『雪の下』シリーズ

「アライさん」が死んだのは■年前。
「■■って何?」
「■■も知らないのだ?」
 そう返されるのが傷つくと言われたこと。アライさんも悪かったと思うのだ。だけどそれを知らないということはアライさんにとってはとんでもない衝撃で、有名だし、がっこうでも習ったし、みんな当然知ってるものだと思っていたのだ。
 その考えが間違った選民思想のようなものに結びつくってこと、そのときは知らなかったのだ。
 だけどアライさんはあのときああ言ったのは間違いじゃなかったと思うのだ。我慢して親切に説明してたらどうなったか、考えたくないそれは、やっぱりしなくてよかったのだ。
 削れていったのだ。■に褒められるたび、ーーられるたび「アライさん」は削れ磨り減り死んでいったのだ。
 それが重なって、たくさん重なって、「アライさん」はついに死んでしまったのだ。それが■年前。
 死んでしまったものはしょうがない。遠く、モノクロになって雪の下。
 無責任に記憶だけ押しつけて再生させてくるその「アライさん」に、弔いくらいはしてやろうと思ってこうしてはるばるやってきたのだ。
 記憶の奥底、雪の下、誰もいないはいいろの場所。
 再び訪れたそこはやっぱり一面灰色で、誰もいなかったのだ。
 セピア色のスライドが並んでいて、手を触れるといきなり色がついて、アライさんはびっくりして手を離したのだ。
 色のついたスライドはアライさんの胸に直接入ってきて、色がついたままだから消化が悪くて、きもちがわるくなったのだ。
 準備もなしに触れていったら大変なことになると思ってアライさんは後ずさりし、ノートに記録をつけたのだ。
 そうすることでスライドを外に出したのだ。
 外に出して、眺めて、そうしてやっときもちわるさがましになるのだ。
 そんなことを繰り返して、繰り返して、もうすぐ15回。
 それでもまだ、終わる気配が見えないのだ。
 当たり前なのだ。「アライさん」が死んだのは■年前。それまで彼女が生きてた記憶がずっと、ここには降り積もっているのだ。
 雪の下、誰にも省みられず。
 そこでアライさんは「アライさん」のことが少しだけかわいそうになったけど、厄介な記憶だけ残して死んだ彼女のことをうらんでいる面もあって、彼女だけがわるいわけじゃないけど、ちょっとため息をついて、
 でも、仕方ないから、少しくらいはゆるしてやってもいいのだって思ったのだ。
 はいいろは変わらず。
 セピア色も変わらず。
 だけどそれでこの場所は、禁じられた場所、から封じられた場所、くらいの格下げが行われたような、発掘調査くらいはしてよくなったような、そんな気がしたのだ。
 白い息。
 依然、アライさんは一人。
 冬はまだ続くのだ。
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