短編なのだ

 そこにいたころは知ってることしかなかったのだ。
 そこから出たら知らないことしかなかったのだ。
 そこから出られて嬉しかったのだ。世界には知らないことがいっぱいあると知れて嬉しかったのだ。
 だけど今でも記憶に囚われ、そこの夢を見るのだ。
 ぐるぐる、ぐるぐる、寒くて、暑くて、じめっとしていて、息苦しくて、足下のない上で生きるぐにゃぐにゃの生。
 思い出したくないのに、記憶はアライさんを逃がしてくれないのだ。
 せっかく外に出られたのに、アライさんは何もかもそれに囚われたままなのだ。
 いいことがあったなんて思いたくないのだ。貼り付いてくるぐにゃぐにゃの数が多すぎたのだ。いいことがあったなんて認めてしまったらぐにゃぐにゃのことまで認めてしまいそうで、アライさんは怖いのだ。
 ぐにゃぐにゃなんてなかった方がよかったのだ。間違いないのだ。だけどぐにゃぐにゃのことが好きなヒトもいて、アライさんはぐるぐるして、ただ目を伏せるのだ。
 くるしくて、重くて、息ができないのだ。そこから出られたはずなのに、冬になると、夏になると、ぐにゃぐにゃと、ぐにゃぐにゃと、記憶が蘇って纏わり付くのだ。
 ふとした瞬間、何でもない日常、アライさんはここで生きてるはずなのに、突然そこが立ち現れてアライさんを打ちのめすのだ。
 自由になりたいのだ。ぐにゃぐにゃの記憶なんて抱えて生きていたくないのだ。いつまでたっても悪いのだ。それをわざわざ覗いて見て、こうして話をしている。
 趣味が悪いと思うのだ? だけどそうしないと墓石はいつまでも墓石のままで、「アライさん」は埋まってしまうのだ。
 「アライさん」を救わなければ。とうの昔に死んでしまった「アライさん」を。
 そうして×××さんは書いているのだ。
 おわり。
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    拍手なのだ