短編なのだ

「おくすり」
 アライさん?
「おくすりのまないとなのだ」
 アライさーん。
「おくすりのまないとなのだおくすりのまないとなのだ」
 アライさん!
「おくすり……のまないとつらいのだ」
 どうやらアライさんに私の声は届かないみたいだね~。
「おくすり……みてるのだみんなアライさんのことみてるのだ小さな虫がいっぱいいるのだ声が聞こえるのだ」
 おくすりを取ってあげたいけど、私じゃすり抜けちゃうから取れないや。
「声が聞こえるのだ……いやなのだ、アライさんを責めてるのだうるさいのだやめるのだ、アライさんはわるくないのだ」
 アライさんは何かに責められてるのかな?
「わるくないのだ……アライさんだっておそとにはでたいのだ、でもでられないのだ、好きで出てないわけじゃないのだでも、うう、おくすりのまないとなのだ」
 アライさんは寝床に転がったまま片手を伸ばしておくすりを取ったよ。
「おみず」
 床に落ちていた容器を取って口に運んだよ。
「おくすりのむのだ」
 アライさんはおくすりを飲んだよ。
「すぐにはきかないのだおくすり、みんなうるさいのだ……どこかに行ってほしいのだ。きえるのだきえるのだ」
 アライさんは一人でぶつぶつ呟きながら丸くなったよ。
 その瞼がだんだん落ちていって、きっと意識も落ちていって、
 私ももうさよならの時間だね。
 私の手足が消えていく。アライさんは眠りに落ちる。
 私たち、ずっと会話ができないね~。
 寂しい、のかな、わからないけど。
 薄れゆく視界の中で私はアライさんを見ていたよ。
 おやすみなさい、アライさん。
 そうして、フェネックも眠りに落ちたんだよ。
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    拍手なのだ