短編なのだ

 空気が纏わり付くのだ。息を詰まらせてくるのだ。アライさんは苦しくなって、息を吐くけど吐けなくて、きもちがわるくて丸くなるのだ。
「やめるのだ」
 巣にはアライさん以外誰もいないのに、胸の中はぐるぐるぐるぐる灰色のもやが滞留していて苦しくて苦しくて、
「やめるのだ……やめるのだ!」
 ぐるぐるぐるぐる、アライさんの記憶もぐるぐる回って、遠いはずの記憶が近くに迫って迫って、皮膚を一枚隔てたそこにもう記憶があるのだ。
「う、」
 きもちがわるいのだ。離れてくれないのだ。窓を閉め切って澱んだ空気が下に下に、アライさんは苦しくて、目を閉じて、それでも記憶からは逃げられなくて、ぐるぐる、ぐるぐる、ここには誰もいないのだ。
「助けてなのだ……」
 誰も助けられないのだ。記憶からは逃げられないのだ。一人で解決するしかないのだ。わかってるのに苦しくて、怖くて、回り続けるもやが少しずつ息を詰めて、
「うう、」
 逃げられないのだ。逃げられないのだ。過ぎたはずの記憶が纏わり付いて離れないのだ。過ぎたはずの記憶なのに今そこにあるみたいでアライさんは苦しんで苦しんで苦しんで布団で丸くなって、そうして、仕方がないから、叱責で頭を埋めて、
 病めるときも一人。
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    拍手なのだ