短編なのだ

「いない……いない、フレンズいないのだ」
 アライさんがそれを忘れたのはずいぶん昔のことだった。
「いないのだ……どこにいったのだ?」
 アライさんにはフレンズがいない。
「フェネックもいないのだ……」
 アライさんにはフェネックもいない。
「みんなどこにいったのだ……どうしてアライさんは一人なのだ?」
 眉をへの字形に下げ、ゆっくりと辺りを見回すアライさん。
「みんな……」
 本当はわかっている。
「みんな、」
 アライさんは最初から一人であること。アライさんは「アライさん」のコピーでしかないこと。「アライさん」にはフレンズもフェネックもいたがコピーであるアライさんには何もないこと。
「みんなは」
 アライさんは一人だ。
「わかってるのだ……そんなことは……」
 助けを呼ぼうと叫んだことがあった。昔かばんに教わった火でのろしを上げてみたこともあった。けれど、
「誰も、いないのだ……わかってるのだ、」
 アライさんは一人。
「アライさんは……」
 一人のアライグマは一人のまま、何もない荒野でうずくまって朝を待つ。
「……」
 偽りの記憶をもう一度忘れようとアライさんは目をぎゅうと瞑った。
 こおろぎが鳴いていた。
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    拍手なのだ