短編なのだ

「今日はばれんたいんなのだ!」
 アライさんは一人、巣の中で、チョコレートを前にして張り切っています。
「フェネックにチョコを作るのだ!」
 ボウルを出して、チョコを中に入れて、そこまではできたのですが、アライさんはチョコレートの作り方を知りません。
「とりあえず砕くのだ!」
 チョコを砕こうとしたアライさんでしたが、今は冬。冷えたチョコレートは固すぎて、アライさんの手には負えません。
「おかしいのだ……」
 アライさんは口をへの字にしてチョコを見ました。
「これじゃフェネックにあげられないのだ。困ったのだ……」
『お困りのようだね~アライさ~ん』
「フェネック!」
 アライさんは辺りを見回します。でも、相変わらずアライさんは一人。
「フェネック? どこにいるのだ? 隠れているのだ? フェネック?」
 アライさんは、家具の影を見たり、敷物をめくったりして探します。
『それじゃ見つからないよ~。だって私は』
『私は』
「フェネック、フェネ、」
 ぴたり、とアライさんの動きが止まります。緩慢にチョコレートを見て。
「忘れていたのだ?」
 のろのろと首を振るアライさん。
「フェネックなんて最初からいなかったって、どうして」
 平坦な声。
「誰も教えてくれなかったのだ、だって、」
 アライさんは一人。
 たった一人、部屋の中でチョコを見つめていました。
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