ごちゃまぜ
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彼が県外の高校へ進学すると知ったのは寒い冬の日のことだった。
頭の中が真っ白になって離れ離れになるだとか、今までのように会えなくなるのだとかそんなことを考える余裕はなくて、ただ、バスケは出来るの、と聞いた。
うん、バスケをしに行くんだよ
そう言われたら安心したような、それでいて虚しさを感じずにはいられなかった。
恋よりもバスケを取るその理由は、もしかしたらあたしにバスケほどの魅力がなかったからなのだろうか。大切にしてくれていた。それなのにきっとあたしたちは終わるんだ。仙道君が終わらせるんだ。漠然とそう感じた。
中学生のあたし達には、手を繋いでキスをするのが精一杯の愛情表現だった頃。
あたしは黙って彼の大きな手を握った。仙道君が何を考えていても、やっぱりあたしは好きだから。
お互いの冷たい指先からやがて伝わる温もりがやけに生々しく現実的だったのを覚えている。
それからというもの、彼もあたしも進学についての話題には触れなくなった。
他愛もない話しに笑い合う。
いつものように手を繋いで帰る。
そんな日が続けばあの日の出来事が嘘だと思えるようになった。
まだ肌寒い春の日、見事にボタンのなくなってしまった制服を羽織った仙道君が、あたしを見つけてその集団から抜け出して来た。
「はい」
差し出された掌には校章の入ったボタンがひとつ。
聞かなくてもそれが第二ボタンだと分かった。
「ありがとう」
嬉しかった。
この春あたしから離れて行くあなたは、それでもこの3年間で一番の思い出をあたしにくれた。
掬い取るようにあたしの手を取った仙道君は「少し寄り道しよう」と、いつもと違う帰り道を選ぶ。
小中学校が隣接する場所からほど近いところにあるその公園は少し高台にあって海がよく見えた。
公園のベンチに座って海を眺めれていると、まだ冷たい海風が髪を掠う。
「きちんと話をしとこうと思って。」
「うん」
彼があたしをここに連れて来た理由は分かっていた。話が終った時には、あたし達の関係が終わっているという事も。
仙道君はあたしの隣に座って、上半身を乗り出すようにして膝の上に肘を乗せる。
「俺、春から神奈川じゃん。」
「うん」
淡々と話す仙道くんに、あたしはただ頷くだけだった。
彼の話を聞いているつもりなのにどこか上の空で、頭の中には彼から告げられる決定的な言葉をただ恐れていた。
会えなくなるから、しばらくはバスケに専念したいから、これから出会う沢山の可能性や出会いの中で、三年間あたしだけを想い続ける自信はないから、それなのにあたしを待たせるわけにはいかないから。
仙道君は一旦言葉を区切り、そしてあたしの名前を呼んだ。あたしと正面から向き合って、あたしの目を見て「ごめん」と。
うん、と答えたあたしの声は震えていて、それに気付いたら抑えていたものが込み上げてきた。
ポロポロ、ポロポロと零れ出したそれを止める手段などなくて、熱い喉の奥から堪え切れない鳴咽が漏れる。
ああこんなにも、あたしは仙道くんが好きなんだ。好きで、好きで堪らない。
だからと言って駄々をこねたいわけじゃない。
それがどれだけ無意味な事かを知りながら、最後の最後に困らせるつもりなんてない。けれど。
子供過ぎるあたし達には、東京と神奈川、たったそれだけの距離が海を越えるかのように遠くて、そして乗り越えるだけの力もなくて。
けれど好きという気持ちは本物で、離れたくない気持ちは変えられなくて。
「…ごめん、ね。泣き止むまで、もう少し、だけ…」
仙道君の彼女でいさせてと、そう言った。
仙道君の腕があたしの肩を抱き寄せて、そしてギュウと抱きしめられる。この涙が、永遠に止まらなければいいのに。
あたしの顔を覗き込むように身を屈め、そっと重ねられた唇は涙の味がした。
これがきっと最後のキス
title by dix
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