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ようくわかっていたつもりです。
いつだって追い掛けていたのはあたしだけだって事は。
あたしには藤真しかいないけど、藤真はモテるから別にあたしじゃなくったっていいのかもしれないし、だったらあたしが折れるしかないとそう思うから今までそういう選択肢を取ってきた。
例えば今日だって、あの理不尽な大喧嘩の後でも藤真はきっと部活が終わるまであたしが待っていると思っていて。
そしてやっぱりあたしが謝るのを当然のことのように受け入れて、あたしだけが悪者で、あたしだけが藤真を好きで、いつだってあたしだけがこの恋にしがみついている。
だから例えば今日、このままあたしが藤真を待たずに帰ったとして、あたしが謝らなかったとして、そうしたらこの恋は簡単に終わってしまうだろう。
外は雨。
紛れもなく雨。
天気予報を見てくるという習慣を持ち合わせていないあたしが途中から降り出した雨に対応する手段を持たないのはいつもの事で、すると藤真は文句を言いながら自分の傘に入れてくれる。
自分の肩が濡れるのも構わずあたしを傘の中心に引き寄せて、あぁそうだ、彼は時々少し優しい。
けれどそれはあたしが女の子で、彼が男の子だから。
彼の男らしさに裏付けされた優しさは、別に相手があたしだからって訳じゃない。
だから例えば今日、この雨の中あたしが藤真を待たずに帰ったとして、だけど彼はあたしを追いかけてはこないだろうから、だからあたし達は終わるんだ。
あたしにそれを思いとどまらせようとするかのように降る雨を見て、この中を濡れながら帰るのは難儀だと思った。
雨を理由に藤真を待つのは簡単。
多分、この雨に濡れて帰る決意をするよりずっと。
けれど雨の温度のほうが、藤真のそれより心地よいかもしれないと思うからあたしはいつもとは違う選択肢を選ぶ。
藤真の心が見えないのに、これ以上待つことにも追いかけることにも限界を感じていた。そうそれは気付かない振りをしていたけれどきっと最初から。
だってあたしが気持ちを押し付けなければ始まらなかった恋だもの。
靴を履き替えて外の雨に目をやった。
イイね雨。
別れの日にぴったりで、それに濡れて帰る哀れな女は笑っちゃうほどお誂え向き。
「おい、ちょっと」
扉を擦り抜けようとしたあたしの名前を呼んだのはあたしの待っていた人ではなくて、少しの失望感を抱きながら振り返ると見慣れた傘が差し出された。
「どうして…花形…?」
あたしが花形を見上げると彼はいつもの無表情に近い顔でそれをあたしに押し付ける。
「お前傘持ってないんじゃないかって、アイツがさ」
胸の奥が跳ねた。
藤真が初めて見せた意志表示は中途半端過ぎて、どこまで意地っ張りなの、どこまでプライドが高いのよとあたしは怒りを増殖させる要因をお腹の中に送り込もうとしたけれど、それよりも違う何かが逆にあたしの不安だとかを溶かしていくようで。
ほうらたったこれだけでまたあたしが折れると思っているんだ。
その計算高さに振り回されそうな自分がいるのは確かで、けれどあたしにだって少しばかりの意地とかプライドとかもある。
傘に手を延ばさないあたしを見て花形が言った。
「ウチ、インターハイ行けなかったからさ」
キョトンと花形を見れば、彼は至極真面目な顔で続ける。
「まわりから期待されてた分、アイツはすごく責任感じてると思うんだよな」
「だけどアイツは俺達と同じ高校生で、だから完璧を演じても演じきれない苛立ちだとか我が儘な部分をお前の前では出してしまうんだと思う。」
あたしはなんとなく、藤真が花形を寄越した理由がわかった気がした。
彼は多分、自分を擁護したかったのだ。
自分を理解して擁護してくれるであろう花形に、自分では言えない言い訳をしてほしかったんだ。
藤真は愚痴を言う人ではないし、弱音だって吐かない。
決して口下手なわけではないけれど言い訳もしない。
「藤真は釣った魚に餌をやらないタイプだからお前も苦労すると思うけど、あいつはお前の事好きだし、色々感謝もしてる」
それは崩せない彼のプライドで、そんな藤真が好きなんだけど、じゃあどうしてあたしは花形みたいになれなかったのだろう?
時々見せるあの優しさを信じてあげれたら、あたしはもう少し彼に近づけるの?
「監督かなんか知らないけどさ、職権乱用だよね。大変だね花形も」
言いながら傘を受け取ったあたしに花形が優しい声をかける。
「傘も手に入った事だし、先に帰る帰らないはお前の自由だけどさ…」
だけどウチのエースに風邪なんてひかれたら困るんだよな、と彼は目を細めた。
花形の優しさに思わず笑みが零れて、もし少しだけ頑張って背伸びしてみたら、あたしも花形みたいな人間になれるんだろうかなんて考えた。
いつしかその広い背中が消えるのをぼんやりと見送り、やがて雨足が弱まって来た外へと視線を移す。
今日、例えこのまま雨が止んだとしても、きっとあたしは藤真が来るのを待つだろう。
fin.
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