Cinderellaになれなくて
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仙道はいい人だと思う。
あんなにモテるし実際カッコいいのに、全然気取ってない。全然イケてないあたしに対しても普通に、寧ろ、とても親切に接してくれるから、あたしは仙道が恋愛云々ではなくて人間として好きだし、だから仙道に好きな人が出来て「別れよう」って言われても、気持ちよく「いいよ」って言ってあげられる気がした。
そしてそれがせめてもの恩返しになるんじゃないかって思った。
その日は少し帰る時間が遅くなって、正面玄関はいつもより静かだった。
傘立てのところで、同じ2年生の男子と女子が数人で何やら談笑をしているようだったけど、別に友達じゃないからあたしはそちらには視線をやらないようにして下駄箱に向かった。
「ってか仙道さ…」
突然その名前が耳に飛び込んできて、あたしはちょっと意識してしまう。
あたしの耳って馬鹿みたいに仙道って言葉を拾ってしまうんだと思っていたら、続けられた会話までやたらとよく聞こえた。
「今付き合ってるヤツいるの知ってる?」
「ね、あれホントなの?」
「マジらしいよ」
「有り得なくない?」
ジワリとあたしの胸に黒いもやもやが広がる。
もしかしたら、それをあたしに聞かせる為に、ワザと声を大きくしたのかも知れない。
「俺、仙道に言ったんだよ。お前、付き合うヤツ選べよってさ」
「マジでそれな」
「女なら誰でもいいってこと?」
「でもアレはないわー。もっとマシなのいるだろ」
「罰ゲームじゃない?」
「それだ」
「仙道もアレだけど、女も図々しくない?」
「絶対勘違いしてるよね」
あたしは、自分がこの場所に居ちゃいけないって事は分かったから、慌てて靴をちゃんと履かずにつっかけたまま歩こうとして、尚更無様な格好で玄関を飛び出した。
背後から笑い声が追いかけてくる。
仙道はなんて答えたんだろう。
こんなふうに言われているあたしの事をどう思ったんだろう。
恥ずかしい、悔しい、情け無い。
そして、あたしのせいで仙道まであんなふうに言われてしまうことが酷く申し訳なくて、仙道から離れるべきだって事は分かった。でもそれを躊躇う自分がいて、だからどうしていいのか分からなくなってしまった。
次の日も仙道はいつもの仙道だった。それどころか、いつもよりも話しかけてくるような気がする。
「蛍光ペン貸して」
授業の合間にフラッとあたしの席にやってくると仙道はそう言った。
「何色?」
「何でもいいぜ。あんま使わねーやつ」
あの放課後階段で仙道と話をしてから、あたしは少しだけ彼と普通に会話ができるようになった気がする。
ちょっと色が濃いので敬遠していた水色の蛍光ペンを取り出して「これでいい?」と尋ねると、仙道はニコリと笑ってそれを取った。
「これ、1日借りてていい?」
「うん、いいよ」
「サンキュ」
仙道の笑顔が好きだと思う。
笑うと目尻が余計に下がるから、すごく優しい顔になるの。
もし、この関係を解消するのだとしたら、それは仙道からじゃないといけないと思う。あたし如きが、仙道に別れ話をするのは仙道に失礼だ。
「江崎」
帰る間際になって仙道に呼び止められたあたしは、手にした鞄をもう一度自分の机の上に置いた。
すごく自然に苗字呼び捨てだと思ったらそれだけで少し距離が近くなった気がして素直に嬉しい。
「これ、サンキュ」
仙道が持ってきたのは貸してた蛍光ペンだった。それと一緒に破ったノートの切れ端を渡される。
「なに、これ」
受け取って仙道を見上げると彼は少し目を細めた。
今見てもいいのかな?と思ってそれを開くと電話番号と思しき数字が書いてある。
驚いてもう一度仙道を見上げた。
「連絡先知ってたほうがいいと思ってさ」
「あ、ありがと…」
これって、私が電話してもいいってことなのかな。
「下宿先、公衆電話しかねーから、一年が出ると思うけど。出たやつに俺を呼ぶように言えばいーから」
自宅に電話をするのもハードル高いけど、下宿先の下級生が出るっていう環境もあたしにとってはなかなかハードルが高い。いや、その前に、あたしが仙道に電話をすることなんてないと思う。理由がないし、そうでなくてもそんなこと出来そうにない。
そんなあたしの心中を読んだかのように、仙道は言った。
「俺が江崎ん家に電話していーってんなら、番号教えて」
あたしはまたびっくりしてしまって仙道を見上げた。
「勉強、教えてくれるって約束しただろ。だったら連絡取れた方がいーと思って」
「あぁ、うん」
あれって社交辞令じゃなかったんだ。
「待って、書くから」
あたしは急いでカバンのチャックを引っ張って、中に手を突っ込んだ。こんな時だって、少しでも可愛いメモ用紙に書いて渡したいと思ってしまう。
「おい、仙道」
教室の入り口から聞こえて、そちらに視線をやると、別のクラスの男の子がドアに手をかけて立っていた。
センター分けの下の眉根にシワを寄せているその人は多分バスケ部で、物怖じしない感じから仙道と同じように一軍の人だと思う。
「ワリィ越野。すぐ行くから先に行ってて」
越野と呼ばれたその人と目が合ったのは一瞬で、彼はすぐにあたしから視線を外した。
「お前、今日は遅れんなよ」
彼はあたしを見ないようにしてその場から離れた。
もしかしたら、この人も、あたしのことを快く思っていないのかもしれない。
そう思うと仙道と一緒にいるところを見られたくないと考えてしまう。
急いで書いた番号を仙道に渡すと彼はサンキュ、と言ってそれを制服のポケットに突っ込んだ。仙道は、私といるところを見られて恥ずかしくないんだろうか。
「ん?」
その声で我に返り、仙道の手元を凝視していた事に気づいた。
「う、ううん」
反射的に口角を引き上げて笑顔を作る。彼は形の良い目を細めて「じゃ、俺部活だから」と、近くの机に置いていたエナメルバッグを肩に引っ掛けて、何か考えるように顎を少しあげた。
「江崎んちに電話して江崎お願いしますって言っても通じねーよな」
仙道って時々びっくりするくらい抜けてると思う。
「…それは…我が家は全員江崎ですって言われちゃうね」
「下の名前なんだっけ?」
それ二度目だよ、という言葉を飲み込んで、なんだか恥ずかしいと思いながらもう一度自分の名前を伝えた。
すると仙道が真面目な顔で教室の窓の方を見据えた。どうしたんだろうと首を傾けて下から様子を窺おうとしたら、急に目が合ったからドキリとして自分の頬に力が入るのが分かった。
「おし、覚えた」
「え?」
その真面目な顔は暗記している顔だったんだと知って思わず笑ってしまった。
「嘘だぁ」
「お、言ったな?」
「だってあたし、前にも教えたよ?」
「グリ子」
不意に下の名前を呼ばれて、笑い声が引っ込んでしまった。
仙道の顔を見て、今下の名前を呼ばれたんだと理解したら、途端に嬉しいような恥ずかしいような、なんとも言えない気持ちがむずむずと湧き上がる。
「使ってたら忘れねー。じゃあな、グリ子。気をつけて帰れよ」
大きな背中がドアの向こうに消えるのを見送ったあたしの心臓は壊れてしまいそうなくらい激しく鼓動していた。
「心臓が…死んじゃうよ…」
両手で自分の頬を包み込むと、指も顔もやたら熱くなっているのが分かる。
仙道と不釣り合いな自分にモヤモヤしていた気持ちはどこかに消えてしまっていて、仙道はあたしを嬉しい気持ちにさせる天才なんだって思った。
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