番外編
その日は練習が午後からだったので、サチコに付き合ってスポーツ品店に行っていた。
足を運んだそのお店は近場って訳でも決して大きい訳でもないけれど、店長さんの人柄が好きでよく利用していた。
店内は昔バスケをしていたという店長さんの趣味に偏った感じがあって、だからバスケをしている人がよく利用しているみたいだ。
「久しぶりだねー。部活頑張ってる?」
こうやって店長さんが気軽に話しかけてくれるのが嬉しい。
軽く雑談をして店内を見て回っていると、入り口のチャイムが鳴ったので誰か新しいお客さんが来たのだと分かる。
クルリと店内を一周したところで不意に「あ」と言う声を聞いた。
ん?と顔を上げると、どっかで見たことのある男の子が。
首を傾げているあたしを指差して彼は言った。
「神のカノジョ。」
「あ」
そこでようやく思い出す。
彼が彰クンの部屋に来ていた男の子だったってことを。
確か名前は…
「越野…?」
興味深げにこちらに近づいてきた個性的な顔つきの男の子が、彼の事をコシノと呼んだが、そんな名前は聞いたことがない。
そうか、あの時はお互い名乗りもしなかったような気がする。
「ホラ福田。神の彼女だよ、お前と同中の。」
「いやあの…。」
その情報はかなり古いです、と口を開こうとしたが、深海魚みたいな顔をした福田とか言う人が物珍しげに人の顔をジロジロと見るもんだから、閉口してしまう。
そのうちサチコがやってきて、これまた物珍しそうに目の前の二人を頭のてっぺんから足の先まで眺めた。
ダレ?と聞かれてあたしは少し考えてみたけれど、彼らが誰かなんて知らないことに気づく。
「陵南生。」
彼らに関する唯一最大の知識をサチコに言ったらジロリと睨まれた。んな顔されても…。
「んだよ、その疑わしげな目は。」
あたしの事?と驚いて声の主を見ると、越野って人が福田って人を睨んでいる。
あたしには福田って人の表情なんてさっきから少しも変わらないように見えるのに、その差が分かるってんだから友達って凄い。
「なんで知っ
てるのかって言いたいんだろ!?仙道が言ってたんだよ!」
その名前が出ただけでちょとドキリとしてしまう。
ちらりと隣のサチコの様子を伺うと、彼女は能面のような顔で再びあたしに「ダレ?」と聞いた。
この場では苦笑いだけで終わらせられても、後から根掘り葉掘り聞かれるのは確実だ。
「フーン」と言いながら福田と言う人はもう一度あたしを上から下まで眺める。
「ジンジンによろしく。」
「え?何ジンジンって。」
結構本気で尋ねたのに、彼は少し不機嫌そうな顔をした。
「神、のこと。」
途端に隣でブハッと噴出す声が聞こえる。悪いけどあたしもつられて笑いそうになった。
「え?神って、もしかしてウチの学校の神宗一郎のこと?」
サチコが目をキラキラさせながら食いつく。
ヤバイ、こいつ神くんに何か余計なことを言うつもりだ。
「てか何で神くんのこと知ってんの?友達?」
興味深々で福田って人に話しかけるサチコの腕を無理やり引いて「買い物終わったんでしょ、行くよ」と店から出るように促す。
チラリと越野って人に目をやったら彼もあたしを見て、そして言った。
「たまに仙道の様子見に行ってやってくれるとありがたいんだけど。」
そんな事あたしに言われても。
ってか、どうしてそんな事をあたしに言うんだろう。
同じマンションだから?同郷だから?
「だから仙道ってダレよ?」
再びサチコが口を挟んできたので、あたしは彼に目礼だけして店を出た。
それから当たり前のように怒涛の質問攻めにあった。
サチコは仙道って言葉に引っかかってたようだけど、それが以前バスケの試合で見たことのある人だとまでは流石に結びつかなかったようだ。
あたしは少し躊躇してから、心の奥にしまってあったそれの蓋を開けた。
地元が同じで家が近かったこと、ずっと好きだったこと、彼の事を好きなまま神くんに恋してしまっこと。不器用なくせにそんなずるいことをしたあたしが彼を傷つけたこと。
サチコはお喋りな女の子だけれど、こういう時は凄く聞き上手になる。
誰かに彰クンの事を話せるようになったのは、あたしの気持ちに整理がついたからなのかなとも思ったけれど、そんな気は全くしない。
もう終わってしまったことだから、と誰かに言って欲しい、そっちの方が近いかもしれない。
誰かに話すことで、未だに消えない後悔にも似たものが薄らぐ気がした。
何日か経ったある日。
部活に行こうとしていたあたしはちょうど廊下で同じように体育館に向かう神くんと会った。
向こうが足を止めてあたしを待ってくれたから、あたしも走ってその隣に並ぶ。
別にただの友達なんだけれど、少し特別なようで嬉しい。
「最近サッチーが仕入れたネタ、知ってるよね。」
「あ、ジ…」
ウクッと笑いそうになった口許を手でおさえると、神くんがグーであたしの頭をグリグリと押した。
だけどそれは形だけで大して痛くないもんだから…仮に少々痛かったとしても…あたしは何だか嬉しくなってしまう。
神くんとこんな風にふざけあえるコなんて、限られているもの。
「ネタ元白状しないんだよな」と神くんは眉間に皺を寄せる。それがサチコのあたしに対する気遣いだってことは分かっていた。
そんな気遣いをしながらも、神くんをからかいたいって欲求までは抑えられないところがサチコらしい。
「もう鬱陶しくってさ、」とうんざりした顔をする神くんには悪いけれど、確かにあのあだ名はからかいたくなるくらい笑えるし。
再び口許を緩ませたあたしの顔を見る神くんの視線に気付いて慌てて顔を引き締めなおした。
「え?なに?」と聞くと「フッキーに会ったんだって?」と返ってくる。
「は?」
なんだろうそのネーミングセンスは。
それが神くんのセンスっていうならあんまりな気もする。
あ、だからサチコもサッチー?
そんな事を考えてポカンとするあたしを見て、神くんは少し首を傾げた。
「陵南の福田って言ったら分かる?」
ああ、あの深海魚…とその顔を思い出したところでギョっとする。何故それをご存知で?
「あ、やっぱり会ったんだ。」
どうもあたしは顔に出るタイプらしい、けど、…サチコめ。
何をどこまで喋ったんだ。
「結局アイツとは夏の県予選以来会ってなかったんだけどさ…。」
と、どうやら情報の漏洩元は深海魚だったようで、一瞬でもサチコを疑ったあたしは、走れメロスに出てくる友人のような気分になった。
「みょう寺って、俺の彼女なの?」
突然寝ぼけたような質問を投げかけられて、面食らったあたしは酷く間抜けな顔で神くんを見たと思う。
「あ、ああ…。」
そしてあの時、彼らにそれを訂正しそこなったことを思い出した。
途端に胸がドクドクと音をたて始める。
「それね、モトカノなんです、って言いそびれちゃったの。ごめんねー。」
冗談っぽく笑ったのは神くんと気まずくなりたくないから。
迷惑だったのかな、やっぱり。
悪い言い方すれば嘘なんだから、いい気分ではないと思う。
「別に謝らなくてもいいけど。」
あたしを見てニコリと笑った神くんの視線は既に先に見える清田の影を捉えていた。
神さーん、といつだって彼の姿を見たら大はしゃぎの清田に手を降り返した神くんが、「じゃあね」とあたしから離れる。
「うん、」
なんだか今、ちょっと寂しい。
あたしより大きく二歩ばかり踏み出した神くんが、何かを思い出したように足を止めた。
そしてあたしを振り返る。
「だから俺も、モトカノだって言いそびれたんだけどね。」
ごめんね、と笑って彼は、今度こそ清田の元へと向かう。
その背中をボンヤリと見送るあたしの鈍い頭は、やっぱりボンヤリしていてよくまわらないけれど、これはおあいこってことで、片付ければいいんでしょうか。
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足を運んだそのお店は近場って訳でも決して大きい訳でもないけれど、店長さんの人柄が好きでよく利用していた。
店内は昔バスケをしていたという店長さんの趣味に偏った感じがあって、だからバスケをしている人がよく利用しているみたいだ。
「久しぶりだねー。部活頑張ってる?」
こうやって店長さんが気軽に話しかけてくれるのが嬉しい。
軽く雑談をして店内を見て回っていると、入り口のチャイムが鳴ったので誰か新しいお客さんが来たのだと分かる。
クルリと店内を一周したところで不意に「あ」と言う声を聞いた。
ん?と顔を上げると、どっかで見たことのある男の子が。
首を傾げているあたしを指差して彼は言った。
「神のカノジョ。」
「あ」
そこでようやく思い出す。
彼が彰クンの部屋に来ていた男の子だったってことを。
確か名前は…
「越野…?」
興味深げにこちらに近づいてきた個性的な顔つきの男の子が、彼の事をコシノと呼んだが、そんな名前は聞いたことがない。
そうか、あの時はお互い名乗りもしなかったような気がする。
「ホラ福田。神の彼女だよ、お前と同中の。」
「いやあの…。」
その情報はかなり古いです、と口を開こうとしたが、深海魚みたいな顔をした福田とか言う人が物珍しげに人の顔をジロジロと見るもんだから、閉口してしまう。
そのうちサチコがやってきて、これまた物珍しそうに目の前の二人を頭のてっぺんから足の先まで眺めた。
ダレ?と聞かれてあたしは少し考えてみたけれど、彼らが誰かなんて知らないことに気づく。
「陵南生。」
彼らに関する唯一最大の知識をサチコに言ったらジロリと睨まれた。んな顔されても…。
「んだよ、その疑わしげな目は。」
あたしの事?と驚いて声の主を見ると、越野って人が福田って人を睨んでいる。
あたしには福田って人の表情なんてさっきから少しも変わらないように見えるのに、その差が分かるってんだから友達って凄い。
「なんで知っ
てるのかって言いたいんだろ!?仙道が言ってたんだよ!」
その名前が出ただけでちょとドキリとしてしまう。
ちらりと隣のサチコの様子を伺うと、彼女は能面のような顔で再びあたしに「ダレ?」と聞いた。
この場では苦笑いだけで終わらせられても、後から根掘り葉掘り聞かれるのは確実だ。
「フーン」と言いながら福田と言う人はもう一度あたしを上から下まで眺める。
「ジンジンによろしく。」
「え?何ジンジンって。」
結構本気で尋ねたのに、彼は少し不機嫌そうな顔をした。
「神、のこと。」
途端に隣でブハッと噴出す声が聞こえる。悪いけどあたしもつられて笑いそうになった。
「え?神って、もしかしてウチの学校の神宗一郎のこと?」
サチコが目をキラキラさせながら食いつく。
ヤバイ、こいつ神くんに何か余計なことを言うつもりだ。
「てか何で神くんのこと知ってんの?友達?」
興味深々で福田って人に話しかけるサチコの腕を無理やり引いて「買い物終わったんでしょ、行くよ」と店から出るように促す。
チラリと越野って人に目をやったら彼もあたしを見て、そして言った。
「たまに仙道の様子見に行ってやってくれるとありがたいんだけど。」
そんな事あたしに言われても。
ってか、どうしてそんな事をあたしに言うんだろう。
同じマンションだから?同郷だから?
「だから仙道ってダレよ?」
再びサチコが口を挟んできたので、あたしは彼に目礼だけして店を出た。
それから当たり前のように怒涛の質問攻めにあった。
サチコは仙道って言葉に引っかかってたようだけど、それが以前バスケの試合で見たことのある人だとまでは流石に結びつかなかったようだ。
あたしは少し躊躇してから、心の奥にしまってあったそれの蓋を開けた。
地元が同じで家が近かったこと、ずっと好きだったこと、彼の事を好きなまま神くんに恋してしまっこと。不器用なくせにそんなずるいことをしたあたしが彼を傷つけたこと。
サチコはお喋りな女の子だけれど、こういう時は凄く聞き上手になる。
誰かに彰クンの事を話せるようになったのは、あたしの気持ちに整理がついたからなのかなとも思ったけれど、そんな気は全くしない。
もう終わってしまったことだから、と誰かに言って欲しい、そっちの方が近いかもしれない。
誰かに話すことで、未だに消えない後悔にも似たものが薄らぐ気がした。
何日か経ったある日。
部活に行こうとしていたあたしはちょうど廊下で同じように体育館に向かう神くんと会った。
向こうが足を止めてあたしを待ってくれたから、あたしも走ってその隣に並ぶ。
別にただの友達なんだけれど、少し特別なようで嬉しい。
「最近サッチーが仕入れたネタ、知ってるよね。」
「あ、ジ…」
ウクッと笑いそうになった口許を手でおさえると、神くんがグーであたしの頭をグリグリと押した。
だけどそれは形だけで大して痛くないもんだから…仮に少々痛かったとしても…あたしは何だか嬉しくなってしまう。
神くんとこんな風にふざけあえるコなんて、限られているもの。
「ネタ元白状しないんだよな」と神くんは眉間に皺を寄せる。それがサチコのあたしに対する気遣いだってことは分かっていた。
そんな気遣いをしながらも、神くんをからかいたいって欲求までは抑えられないところがサチコらしい。
「もう鬱陶しくってさ、」とうんざりした顔をする神くんには悪いけれど、確かにあのあだ名はからかいたくなるくらい笑えるし。
再び口許を緩ませたあたしの顔を見る神くんの視線に気付いて慌てて顔を引き締めなおした。
「え?なに?」と聞くと「フッキーに会ったんだって?」と返ってくる。
「は?」
なんだろうそのネーミングセンスは。
それが神くんのセンスっていうならあんまりな気もする。
あ、だからサチコもサッチー?
そんな事を考えてポカンとするあたしを見て、神くんは少し首を傾げた。
「陵南の福田って言ったら分かる?」
ああ、あの深海魚…とその顔を思い出したところでギョっとする。何故それをご存知で?
「あ、やっぱり会ったんだ。」
どうもあたしは顔に出るタイプらしい、けど、…サチコめ。
何をどこまで喋ったんだ。
「結局アイツとは夏の県予選以来会ってなかったんだけどさ…。」
と、どうやら情報の漏洩元は深海魚だったようで、一瞬でもサチコを疑ったあたしは、走れメロスに出てくる友人のような気分になった。
「みょう寺って、俺の彼女なの?」
突然寝ぼけたような質問を投げかけられて、面食らったあたしは酷く間抜けな顔で神くんを見たと思う。
「あ、ああ…。」
そしてあの時、彼らにそれを訂正しそこなったことを思い出した。
途端に胸がドクドクと音をたて始める。
「それね、モトカノなんです、って言いそびれちゃったの。ごめんねー。」
冗談っぽく笑ったのは神くんと気まずくなりたくないから。
迷惑だったのかな、やっぱり。
悪い言い方すれば嘘なんだから、いい気分ではないと思う。
「別に謝らなくてもいいけど。」
あたしを見てニコリと笑った神くんの視線は既に先に見える清田の影を捉えていた。
神さーん、といつだって彼の姿を見たら大はしゃぎの清田に手を降り返した神くんが、「じゃあね」とあたしから離れる。
「うん、」
なんだか今、ちょっと寂しい。
あたしより大きく二歩ばかり踏み出した神くんが、何かを思い出したように足を止めた。
そしてあたしを振り返る。
「だから俺も、モトカノだって言いそびれたんだけどね。」
ごめんね、と笑って彼は、今度こそ清田の元へと向かう。
その背中をボンヤリと見送るあたしの鈍い頭は、やっぱりボンヤリしていてよくまわらないけれど、これはおあいこってことで、片付ければいいんでしょうか。
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