番外編
兎角 女とは群れたがる生き物だ。
群れた女達が恋話なんて始めた日にゃ面白がって話を膨れ上がらせて、時にはお節介心が遊び感覚で強気な行動に出たり。
彼の中でワースト3に入る嫌いな部(決して競技自体が嫌いなわけではない)女子バレー部が部活以外で見せるよくわからない結束力はだいたいこの話題のときに現れる。
「ヤダッヤダッ、絶対ヤダ!」
日曜日も当たり前のように部活に汗を流していた信長が、休憩の号令でフラリと外へ出たときだった。
何やら必死に抵抗している女子生徒の声が耳に届いた。
『あ、来たわよ、ホラ』
本人達はコソコソ話のつもりかもしれないけど丸聞こえだ。
平日休日関係なく、女って言うのは恋に関しては実に熱心で端から見ても面倒くさいと感じるくらいなのだから、出待ちを食らっている本人はもっと面倒くさいだろうと思う。
信長は威嚇するように眉間に皺を寄せて声のした方を睨んでやった。女達は既に姿を隠していて顔を見ることは出来なかったが。
バスケ部が使用している体育館のまわりでこんなことをしているやつは大方ミーハーな女共で、自分自身には関係ないことだと自覚しているので尚更面白くない。
『何であたしなのよっ!?』
『仲いいんだからいいじゃない』
大きなヒソヒソ話がまた聞こえ出した。
『こーゆーのはあたし達が口出しするもんじゃ…』
『後輩の為に一肌脱いでやろうっていう優しさがないのアンタには』
まーだ何か言ってやがる
信長は声のする方へ足を進め、ヒョイと彼女らが隠れている建物の角っこを覗いた。
「あんた達何を…」
ギャーっ!と耳を劈くような悲鳴が聞こえた。
びっくりして思わず後ずさった信長を見た一人の女生徒が「あ…!あ!あ!」と指を指す。
知らない顔ではない。確かバレー部。
「本人本人!」
「は?」と目を丸くすれば「ええ!?」と棘のある声で聞き返す別の女の声がした。
やがて数人のバレー部員の中にからはじき出されたのは信長もよく知った顔。
「うわ…」
「…何やってんだアンタ」
信長の前に立ったなま恵が気まずそうに目を逸らす。
いつの間にか信長は女バレ2年生軍団に囲まれるようにその中心に居た。
『ちょ…なま恵…!』
隣の部員に小声で脇腹をつつかれたなま恵は、それでもヤダとしぶとく抵抗の色を見せる。
「何だよ」
信長が促すと、ホラ、ホラ、と他の部員達からも同様の声が上がり、ついに諦めたのかなま恵が深いため息を吐いて信長を見上げた。
「あー、もう」
そして再びため息をついて俯き、チラリと伺うように信長の顔を見る。
「言いたいことがあるならハッキリ言えって。」
元来気が長い方でもない信長が強い口調で催促すると、再度隣からも肘でつつかれた彼女はようやく口を開いた。
「いやね、ノブ…。実は…」
うーとかあーとか唸りながら、視線を逸らし、片足をもじもじさせたり組んだ両手の指を弄んでみたり、なま恵は急に子供っぽい仕草を始める。
もしかして告白されるときってこんな雰囲気なのかもしれない。
信長が張り切ってなま恵にフられたのはつい先日のことだというのに、そんな馬鹿馬鹿しい妄想が頭を過ぎった。
けれど、それほど彼女の一生懸命言葉を選ぶ様子や照れたような仕草は思わせぶりだったのだ。
「ウチの部にね、一年なんだけど、ちょっとノブのことイイかなって思っている子が居てさ。」
淡い期待がガラガラと音を立てて崩れる。
「カワイイしね、すっごく性格もいい子なの。」
「………。」
黙り込んだ信長の顔色を伺うようになま恵は少し視線を上げて、申し訳なさそうな顔をする。
「…だから、ノブに今好きな子が居るのか知りたいらしくって…」
無表情のまま何も答えずに居ると、ノブ…?と心配そうに顔を覗き込んできた。
結構真面目にムカつく。
その話題もその表情も。
信長が不機嫌そうに口を尖らせて黙り込む。その緊迫した空気を聞きなれた声が破った。
「どうした清田。今度は何やって女バレにシめられてんだ?」
声のほうに視線をやれば、そこには同じバスケ部の先輩である小菅と神の姿が。
大方女バレに囲まれている信長を見つけ、詳細はわからないが芳しくない雰囲気を察し助けにきたのだろう。
「もー小菅さん、神さん、助けてくださいよ。ウザいんすバレー部。」
エエエエーと非難の声が響いた。
馬鹿だな、と思ったのはなま恵だけではないが、それを気にするほど信長は肝っ玉の小さい男でもない。
「何が?」と聞いた神の声に信長が思わずなま恵に視線をやれば、彼女は神を見るでもなくそ知らぬ顔をしている。
好きなくせに。
彼の為になら泣くくせに。
神のことが好きだからと自分の事をフった当人から「好きな人はいるか」なんて質問をされて腹が立たないわけがない。そこにどんな理由があったとしても怒るなって方がムリだ。
無性に意地悪をしたい気分になった。
「この人が…」
信長がそういってなま恵を指差すと、彼女は警戒心をあらわにして僅かに眉根を寄せた。
「神さんの好きな人聞きたいらしいっす。」
「ノーブ!!」
なま恵が大声を上げる。そして神に「ウソ!うそだから気にしないで!」と慌てて否定する様子を見てザマァミロと信長は舌を出した。
「え、あたし聞きたい。神くんって今好きな人居るの?」
「この際小菅くんもカミングアウトしちゃったら?」
ここぞとばかりにバレー部員達が食いつく。
自分が蔑ろになったところでヒョイと集団を抜ければ、それに気付いたなま恵が慌てて後を追いかけてきた。
笑えるくらい必死の形相。
実際笑って足が止まてしまったのだが。
「何だよ、神さんの好きな人聞いとかなくていいのかよ」
してやったり顔でカカカッと笑えば「あんたねー!」と膝に手をつき肩で息をするなま恵が睨みあげてくる。
「馬鹿でしょアンタ!真面目に殴ってやろうかと思ったわよ!」
「んだよ、神さんの前で殴れるもんなら殴ってみろっつーの!」
彼女が神の前では自分を罵らない事を信長は知っていた。
恋する乙女は好きな人の前では人格が変わるらしい。
「うわっ…ムカつく…!」
なま恵は歯軋りした。
「だいたい馬鹿はお前だろーが!デリカシーなさ過ぎだってーの!俺だってガラスの十代なんだから傷ついてねーワケじゃねーんだからな!」
む、と口を尖らせたなま恵がウーと唸ってから反論を始める。
「んなコト言ったって仕方ないじゃん!あたしだって嫌だって何回も言ったんだから!」
「嫌なら聞くな!っつーか嫌じゃなくても聞くな!ムカつくぞオマエ!自惚れてンのかっ!」
「そ、そんなんじゃないけどっ!確かに悪かったって思ってるけど!だけどアタシだってハミ子になりたくないし、集団生活で上手くやっていく為には仕方ないこともあるでしょ?」
「じゃ、俺も仕方なかった!」
「嘘ばっかり!アンタには明確な悪意が…」
「いーや、あの状況でバレー部から逃げ出すには神さんをダシにするしか…」
「へーえ」
その声に二人仲良くヒィと飛び上がる。
「ウチの部員なのにセンパイをダシにするなんて事いつ覚えたの?結構厳しくしてきたつもりなんだけどな。」
顔を横に向ければ、そこには長い腕を組んだ神が信長を見下ろしていた。
「いや、神さん、これは言葉のアヤトリで…」
信長の額から変な汗が噴き出す。
「軍団から助けてやろうって言う先輩の親切心を。やっぱり牧さんみたいな鉄拳制裁が必要なのかなオマエには。」
「んなコトないっす…」
神にグワシと襟元を引っ張りあげられて信長が「ぐぇ」と小さく呻く。
「コイツ借りてってもいい?」
神にそう尋ねられたなま恵は、タスケテと目で訴える信長から視線を外し「うん、全然いいよ」と花も恥じらうような笑みを浮かべた。
『馬鹿女』となま恵に向かって口パクをしたのが信長の最後の抵抗。
小さく手を合わせてご愁傷様~と言わんばかりの笑みを浮かべた憎たらしい女を、どうして自分は好きになったりしたんだろうと首を捻りながら神に引きずられる信長の姿は若干の哀愁を誘ったと言う。
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群れた女達が恋話なんて始めた日にゃ面白がって話を膨れ上がらせて、時にはお節介心が遊び感覚で強気な行動に出たり。
彼の中でワースト3に入る嫌いな部(決して競技自体が嫌いなわけではない)女子バレー部が部活以外で見せるよくわからない結束力はだいたいこの話題のときに現れる。
「ヤダッヤダッ、絶対ヤダ!」
日曜日も当たり前のように部活に汗を流していた信長が、休憩の号令でフラリと外へ出たときだった。
何やら必死に抵抗している女子生徒の声が耳に届いた。
『あ、来たわよ、ホラ』
本人達はコソコソ話のつもりかもしれないけど丸聞こえだ。
平日休日関係なく、女って言うのは恋に関しては実に熱心で端から見ても面倒くさいと感じるくらいなのだから、出待ちを食らっている本人はもっと面倒くさいだろうと思う。
信長は威嚇するように眉間に皺を寄せて声のした方を睨んでやった。女達は既に姿を隠していて顔を見ることは出来なかったが。
バスケ部が使用している体育館のまわりでこんなことをしているやつは大方ミーハーな女共で、自分自身には関係ないことだと自覚しているので尚更面白くない。
『何であたしなのよっ!?』
『仲いいんだからいいじゃない』
大きなヒソヒソ話がまた聞こえ出した。
『こーゆーのはあたし達が口出しするもんじゃ…』
『後輩の為に一肌脱いでやろうっていう優しさがないのアンタには』
まーだ何か言ってやがる
信長は声のする方へ足を進め、ヒョイと彼女らが隠れている建物の角っこを覗いた。
「あんた達何を…」
ギャーっ!と耳を劈くような悲鳴が聞こえた。
びっくりして思わず後ずさった信長を見た一人の女生徒が「あ…!あ!あ!」と指を指す。
知らない顔ではない。確かバレー部。
「本人本人!」
「は?」と目を丸くすれば「ええ!?」と棘のある声で聞き返す別の女の声がした。
やがて数人のバレー部員の中にからはじき出されたのは信長もよく知った顔。
「うわ…」
「…何やってんだアンタ」
信長の前に立ったなま恵が気まずそうに目を逸らす。
いつの間にか信長は女バレ2年生軍団に囲まれるようにその中心に居た。
『ちょ…なま恵…!』
隣の部員に小声で脇腹をつつかれたなま恵は、それでもヤダとしぶとく抵抗の色を見せる。
「何だよ」
信長が促すと、ホラ、ホラ、と他の部員達からも同様の声が上がり、ついに諦めたのかなま恵が深いため息を吐いて信長を見上げた。
「あー、もう」
そして再びため息をついて俯き、チラリと伺うように信長の顔を見る。
「言いたいことがあるならハッキリ言えって。」
元来気が長い方でもない信長が強い口調で催促すると、再度隣からも肘でつつかれた彼女はようやく口を開いた。
「いやね、ノブ…。実は…」
うーとかあーとか唸りながら、視線を逸らし、片足をもじもじさせたり組んだ両手の指を弄んでみたり、なま恵は急に子供っぽい仕草を始める。
もしかして告白されるときってこんな雰囲気なのかもしれない。
信長が張り切ってなま恵にフられたのはつい先日のことだというのに、そんな馬鹿馬鹿しい妄想が頭を過ぎった。
けれど、それほど彼女の一生懸命言葉を選ぶ様子や照れたような仕草は思わせぶりだったのだ。
「ウチの部にね、一年なんだけど、ちょっとノブのことイイかなって思っている子が居てさ。」
淡い期待がガラガラと音を立てて崩れる。
「カワイイしね、すっごく性格もいい子なの。」
「………。」
黙り込んだ信長の顔色を伺うようになま恵は少し視線を上げて、申し訳なさそうな顔をする。
「…だから、ノブに今好きな子が居るのか知りたいらしくって…」
無表情のまま何も答えずに居ると、ノブ…?と心配そうに顔を覗き込んできた。
結構真面目にムカつく。
その話題もその表情も。
信長が不機嫌そうに口を尖らせて黙り込む。その緊迫した空気を聞きなれた声が破った。
「どうした清田。今度は何やって女バレにシめられてんだ?」
声のほうに視線をやれば、そこには同じバスケ部の先輩である小菅と神の姿が。
大方女バレに囲まれている信長を見つけ、詳細はわからないが芳しくない雰囲気を察し助けにきたのだろう。
「もー小菅さん、神さん、助けてくださいよ。ウザいんすバレー部。」
エエエエーと非難の声が響いた。
馬鹿だな、と思ったのはなま恵だけではないが、それを気にするほど信長は肝っ玉の小さい男でもない。
「何が?」と聞いた神の声に信長が思わずなま恵に視線をやれば、彼女は神を見るでもなくそ知らぬ顔をしている。
好きなくせに。
彼の為になら泣くくせに。
神のことが好きだからと自分の事をフった当人から「好きな人はいるか」なんて質問をされて腹が立たないわけがない。そこにどんな理由があったとしても怒るなって方がムリだ。
無性に意地悪をしたい気分になった。
「この人が…」
信長がそういってなま恵を指差すと、彼女は警戒心をあらわにして僅かに眉根を寄せた。
「神さんの好きな人聞きたいらしいっす。」
「ノーブ!!」
なま恵が大声を上げる。そして神に「ウソ!うそだから気にしないで!」と慌てて否定する様子を見てザマァミロと信長は舌を出した。
「え、あたし聞きたい。神くんって今好きな人居るの?」
「この際小菅くんもカミングアウトしちゃったら?」
ここぞとばかりにバレー部員達が食いつく。
自分が蔑ろになったところでヒョイと集団を抜ければ、それに気付いたなま恵が慌てて後を追いかけてきた。
笑えるくらい必死の形相。
実際笑って足が止まてしまったのだが。
「何だよ、神さんの好きな人聞いとかなくていいのかよ」
してやったり顔でカカカッと笑えば「あんたねー!」と膝に手をつき肩で息をするなま恵が睨みあげてくる。
「馬鹿でしょアンタ!真面目に殴ってやろうかと思ったわよ!」
「んだよ、神さんの前で殴れるもんなら殴ってみろっつーの!」
彼女が神の前では自分を罵らない事を信長は知っていた。
恋する乙女は好きな人の前では人格が変わるらしい。
「うわっ…ムカつく…!」
なま恵は歯軋りした。
「だいたい馬鹿はお前だろーが!デリカシーなさ過ぎだってーの!俺だってガラスの十代なんだから傷ついてねーワケじゃねーんだからな!」
む、と口を尖らせたなま恵がウーと唸ってから反論を始める。
「んなコト言ったって仕方ないじゃん!あたしだって嫌だって何回も言ったんだから!」
「嫌なら聞くな!っつーか嫌じゃなくても聞くな!ムカつくぞオマエ!自惚れてンのかっ!」
「そ、そんなんじゃないけどっ!確かに悪かったって思ってるけど!だけどアタシだってハミ子になりたくないし、集団生活で上手くやっていく為には仕方ないこともあるでしょ?」
「じゃ、俺も仕方なかった!」
「嘘ばっかり!アンタには明確な悪意が…」
「いーや、あの状況でバレー部から逃げ出すには神さんをダシにするしか…」
「へーえ」
その声に二人仲良くヒィと飛び上がる。
「ウチの部員なのにセンパイをダシにするなんて事いつ覚えたの?結構厳しくしてきたつもりなんだけどな。」
顔を横に向ければ、そこには長い腕を組んだ神が信長を見下ろしていた。
「いや、神さん、これは言葉のアヤトリで…」
信長の額から変な汗が噴き出す。
「軍団から助けてやろうって言う先輩の親切心を。やっぱり牧さんみたいな鉄拳制裁が必要なのかなオマエには。」
「んなコトないっす…」
神にグワシと襟元を引っ張りあげられて信長が「ぐぇ」と小さく呻く。
「コイツ借りてってもいい?」
神にそう尋ねられたなま恵は、タスケテと目で訴える信長から視線を外し「うん、全然いいよ」と花も恥じらうような笑みを浮かべた。
『馬鹿女』となま恵に向かって口パクをしたのが信長の最後の抵抗。
小さく手を合わせてご愁傷様~と言わんばかりの笑みを浮かべた憎たらしい女を、どうして自分は好きになったりしたんだろうと首を捻りながら神に引きずられる信長の姿は若干の哀愁を誘ったと言う。
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