Middle
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「後で君の部屋に行くわ」
直哉にそう事もなげに言われて無名子は戸惑った。呪霊関係の話をここでするのは憚られるというのは理解できるが、それでも知り合ったばかりの男性の部屋に行く事も、男性を部屋に招く事も抵抗がある。
「せっかくだからホタル散策をしながら話をしない?」
「もしかしてデートのお誘いなん?悪いけど、相手は俺にも選ばせてや」
誰かこの怒りを共有してくれないだろうか、と無名子は思う。
「そんなわけないでしょ。得体の知れない人を部屋に入れたくないだけです」
「えらい不心得者やね。俺のこと知らんのはキミの勉強不足なんと違う?」
「そうかもね。貴方が五条悟くらい有名なら違ったのかも」
すると直哉は閉口した。御三家同士は仲が悪いと聞いていたが、そのひとつである五条家の天才呪術師に対して悪態をつく気はないらしい。五条悟に適う者などいるはずがないのは確かだが、そこに虚勢を張ったりしないところを見ると、彼の彼自身に対する評価はあながち間違いではないのかもしれないと思う。
「口の減らん女ほど鬱陶しいものないな。ほなこの話はなかった事にしよか?」
無名子は咄嗟に待ったをかけた。
「分かった、10分後に私の部屋に来て」
直哉と別れて急いで部屋に戻ると、無名子は家人にテキストメッセージを送った。その返信を待つ間、五角形が部屋を囲むように死角に呪符を貼りつける。不測の事態が起きた際、自分の呪式の威力を高めるための下準備だ。粗方仕上がったところで、ピロンと軽快な音を立ててスマホがメッセージの着信を知らせた。
《 それ多分禪院の跡取り息子
金髪のイケメンだろ?
禪院の血筋は吊り目多いから
会ったらすぐ分かると思うよ
急に何? 》
「ホンモノか…」
安堵と失望の入り混じったよく分からない感情が湧き上がる。
「現場で鉢合わせてる、性格ごくあく、っと」
メッセージを呟きながらスマホに打ち込んで送信ボタンを押した。
禪院直哉の呪術の実力は知らないが、会ったばかりの人間をこれだけ不愉快にさせるこの男が跡目とは、禪院は人材不足なのだろうか、否、それだけではないことは無名子にも分かっていた。相伝の術式を持った男児であることが、由緒ある呪術師の家では何より重要なのだ。彼の性格が残念なのは、そういった環境も影響しているのかもしれない。
そんな事を考えていると、引き戸の向こうに人の気配を感じてスマホの時間を確認した。直哉と別れてから、きっかり10分経っている。
「開けるで」
「どうぞ」
無名子は入ってきた男を改めて観察した。なるほど吊り目で金髪のイケメンだ。
「結界術得意なん?大したもんやね」
直哉は首を傾け視線を上方向に這わせながらそう言った。バレてる、と無名子は思った。此方のあからさまな警戒を知られることがマイナスである事は理解している。
「顔だけが取り柄のアホのコか思うてたけど、用心深いんは評価してあげよか」
褒められたのか貶されたのか。ここまで来ると、これは試練なのではないかとさえ無名子は思い始めていた。自分は人間性を試されているに違いない、と。
「お褒めに預かり光栄です」
すると直哉は目を細めて唇の端を吊り上げた。
「やっぱり女の子は素直なんがええね。せやけどこの
無名子は、何だかんだで自分が提案した通りに物事が進んでゆくことに気づいていた。何だか怖い、と思う。
用水路ほどの小さな川沿いを歩いてゆくと、ホタルの生息地と書かれた小さな看板が建っていた。それより先の道は舗装されていないようだ。
両脇には背の高い草が生えていて、足元も良いとは言い難い道を歩きながら、無名子は「じゃあ、貴方から」と直哉に促した。直哉はねめつけるような視線を無名子にやってから「まぁええわ」と素直に口を開く。
「あの石塔、あそこには確かに人が埋まってたわ。まぁ、実際のところそれが人柱なんかどうかまでは分からへん。丁髷でも残ってたら話は別やけど、頭蓋骨がなくなってたしな。周囲の呪霊は雑魚ばっかり。もし頭蓋骨を持ち去った事に理由があるとしたら…」
「ただの頭蓋骨じゃなくて呪物に相当するかもしれないって事?」
無名子に視線をやった直哉は、肯定するかのように唇の端を吊り上げた。
「まぁ、特級呪物みたいな厄介なものではないやろうけど、それでも呪詛師が使うてるとなると少し面倒や。で、君は?」
「被害者は皆んな同じ学校の高校生、若しくはその周辺の素行の悪いコらなんだって」
「それで?」
「だから、その高校の関係者があやしい」
「…まさかやけど、それだけなん?」
「え?そうだけど」
彼は足を止めると、月の明かりだけでもはっきりと分かる酷く冷たい目で無名子を見た。
「思うてたよりも役に立たへんな」
そして大袈裟に溜息をつく。ここで手を切られても困ると思った無名子が、何とか自分と組むことのメリットを捻り出そうと頭をフル回転させていると、踵を返して来た道を戻り始めた直哉の姿が視界に映った。
「待って、今からが……あっ…!」
変に焦ったせいか、無名子は避けたつもりの石に乗り上げバランスを崩した。無名子の声に反応して振り向いた直哉の目の前で、そのまま尻餅をつく。
「…あー痛…」
「トッロ!今ので何でバランス立て直されへんの」
直哉の口から出たのは案の定労りの言葉ではなかった。蔑むような視線を向けるだけで、手を差し伸べる素振りもない。
「ええ!鈍臭いんです私」
恥ずかしさからキレ気味にそう言って立ち上がる無名子に、「運動神経ないんか」と彼は畳み掛ける。
「そう!運動音痴なの!ほっといてよ!」
不機嫌そうに服を払っている無名子を直哉が鼻で笑う。
「キミ、術師辞めた方がええん違う?術式見んでもセンスないの分かるわ」
すると顰めっ面をしていた彼女が俄かに真剣な面持ちになって直哉を見つめた。
「呪術師を辞めろだなんて、そんな安易に言うことじゃないわ」
凛とした真っ直ぐな眼差しが周囲の空気を変えたように感じられて、自分と変わらぬ歳に見える小娘のものとは思えない圧迫感にも似たそれに、直哉の顔から薄ら笑いが消える。
「これは親切心やで」
「呪力は誰でも平等に持って生まれるものじゃない。術式なら尚更。だからそれを授かった者は、それを授かった者にしか出来ない事をやらなきゃいけない。命懸けでも、そこから簡単に逃げちゃいけないの」
雑魚の罪は強さを知らない事だ、と直哉は思う。しかし従属的であるべき女に男と同じ強さは必要ない。
「…女のくせに高尚な心意気語るなぁ。エライエライ」
「男とか女とか関係ないじゃない。貴方は違うの?私も貴方も同じ呪術師でしょ?」
「は?同じ?」
ぴくりと眉尻を動かした直哉は顔を歪めて腕を組んだ。
「君なぁ、身の程弁えたほうがええで。誰が誰と同じやねん」
「勿論」と、無名子の形の良い唇が言葉を続ける。
「強さの事を言ってるわけじゃないし、ウチと禪院じゃ格が違うのも分かってる。気持ちや目指すものの事を言ってるの。貴方はなんで呪術師をやっているの?」
「そんなん、禪院に生まれたからや」
「じゃあ私と一緒。そこから逃げられないのもね」
「は?」
「さっきの話の続きだけど」
しれっと話を戻そうとする目の前の小賢しい女は、禪院家に生まれなかった事を感謝すべきだと直哉は思う。それでも、夜の色より濃い漆黒の瞳から目を逸らせない。
「まだ骨が埋まってるって事だから、あそこで何かが起こる可能性があると思う」
「………」
「私は術式を組み込んだ結界内の様子を鏡に映すことが出来るの。明日人柱が埋まってた周辺に結界を張りに行くから」
「そんなもん今から行ってきや」
「…夜だけど」
「何甘えたこと言うてんの?君、今講釈たれたばかりやろ?」
「…夜道が苦手で……分かるでしょ。そもそもあの時あそこに貴方が来なければ下準備して帰ったのに!」
無名子は拗ねたように唇を尖らせ眉間に皺を寄せた。今し方見せた表情とは別人とも思えるそれから視線を逸らした直哉は面倒くさそうに溜息をつく。
「キミが帳を降ろしたお陰であの場所を探す手間が省けたから、少し手ぇ貸したろ思うてたけど」
「えっ」
無名子は目を見開いて直哉を見上げた。
「…なんや」
「思ってたよりいい人なんだと思って…」
「ハァ?」と、直哉が顔を歪めると、無名子はそれに向かってニコリと笑いかけた。
「だってそんな事、“ラッキー“で終わらせる人もいるじゃない。義理堅いんだね。よし、禪院さんがついてきてくれるなら、今から行こう」
「寝言は寝て言えやカス」
「根はいい人なんだと思ったら、その悪態も気にならなくなってきた」
禪院にも生意気な女はいるが、それとは違う。女如きにこれほど苛立った事はない、と直哉は思った。
無名子の提案を拒んで帰ることも出来たが、そうしたらこの女も一緒について帰ってくるだろうと思った直哉は、仕方なく人柱の埋まる城址まで来ていた。
無名子は周囲を見渡しながら「あそこと、そこと…」と呟いて指で何かを指している。やがて呪符を取り出すと、足元のおぼつかない様子で生い茂る草むらを掻き分けて歩き始めた。その様子は、直哉から見ればトロい以外の何物でもない。
「よし」
漸く辿り着いた木の幹に呪符を一枚貼り付けると方向を変え、また真剣な面持ちで慎重に歩みを進める。直哉は鬱陶しそうに頭を掻いてから、無名子に向かって声を張り上げた。
「どんだけ時間かけんねん!」
「あと4枚ー!」
「ああ?!」
次の瞬間、直哉の姿が無名子の目の前にあった。無名子は目を真ん丸に見開いて顎を引くと、「あの時の術式」と呟く。
「何処や」
「え?」
「次は何処に貼るんや聞いてんねん」
無名子は「あぁ」と声を漏らしてから「次はあそこで…」と然程大きくないクスノキを指差した。すると少し腰を屈めた直哉が無名子の腹に自分の肩を押し当てて背中に手を回し無名子の身体を俵のように担ぎ上げた。
「ぐぇっ!」
声をあげた次の瞬間、先程指し示したクスノキが無名子の目の前にあった。直哉が無名子の身体を放り投げるように肩から降ろすと、慌てて踏ん張った彼女は何とも言えない表情をして直哉を見上げた。
「…はやい」
「さっさと終わらせや」
「はい」
その後も直哉は不機嫌そうに、それでも最後まで無名子を抱えて移動してくれた。
5本目の木に呪符を貼り終えると、無名子は直哉に向き直って「ありがとう」と笑顔を見せた。
「すごく助かった」
「………」
媚びるような笑顔の女は嫌いだ、と直哉は思う。笑顔で媚びる事ができない女も嫌いだ。馴れ馴れしく笑顔を向けてくるこの女にも、腹が立つ。
「汚れちゃった。帰ったらもう一回お風呂入ろ」
それには応えず大股で歩き始めた直哉の後を無名子が慌てて追いかける。
「待って、ゆっくり歩いて、あっ!」
思わず直哉が振り返ると、「っぶなー」と呟いた無名子が、両手を水平に伸ばし両足を前後に開いて神妙な面持ちでいる。直哉は内心でアホくさ、と呟き二、三歩先に進んだところで足を止める。そして直哉を追いかけてきた無名子を一瞥すると舌打ちしてから手を差し出した。
「?」
意味が分からずキョトンとする無名子の手を、直哉のそれが強引に掴む。
「お子様は手ぇ繋いだらな歩けんようや」
「え…あ、」
突然手を繋がれて無名子は戸惑った。まさかこの男が自分に手を貸すだなんて、と思いながら、そういえば今し方手を借りたばかりだと思い出す。放置するより手を貸した方が早いと判断したのだろう。ただそれだけの事だと思いながら、それでも繋がれた手の感触を意識せずにはいられない。ぎゅうと握り込まれた直哉の手は大きくてゴツゴツしていて、そして温かい。男の人の手だ、と無名子は思った。これが夜闇の中の出来事でよかった。なんとなく気恥ずかしく思っているのは、自分だけに違いないからだ。
直哉の速度に合わせて歩こうとする無名子は途中何度か足をもたつかせ、その都度直哉が繋いだ手を高く持ち上げて転倒を阻止した。「ホンマにトロいヤツやな」と次第に濃くなってゆく直哉の怒気が、何故か無名子は然程気にならなかった。本当に怒っているのなら、直哉が手を離せばいいだけのことだからだ。山道を降りて舗装された道に出てきても、二人の手はつながったままだった。手を離すタイミングが分からない、と無名子は思う。もしかして直哉もそうなのだろうか、それとも何とも思っていないだけなのだろうか。何となく手を離せないまま民宿へ続く夜道を無言で歩いた。
5/5ページ