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各地に残る人柱の伝承は、根拠のないものもあれば史実に基づいているものも少なくない。いずれにせよ人の畏怖を集めやすい場所であったから、昔の呪術師たちの間では呪霊が発生しやすい場所として認識されていた。時代の変化に伴って伝承が廃れた地域も多く、それに関する依頼が来るのは珍しくなった昨今。
無惨に倒された石塔と、掘り返された跡が残るその場所は、山城を建設する際に人柱が埋められたという言い伝えの残る所だった。現在城跡は一部の石垣を残すのみとなっていて、登山道から外れた場所で草木に埋もれるように立っていたそれを見つけるのに、無名子は多少手間取ることになった。不自然に周囲の草が踏み荒らされていなければもっと時間がかかったかもしれない。
湿り気のある若草の匂いが立ち込めている。しんどい、と一人ごちる無名子の周囲で、落ち着かない様子の呪霊の気配がする。しかし帳を下ろして暫く待ってみても姿を見せるのは木製バットで祓えてしまうような低級の呪霊ばかりで、ここ最近立て続けに起きている怪奇な事故の原因とは思えない。
無名子は腕を組んでため息を吐いた。地道に残穢の痕跡を探すしかないのだろうか。それとも新たな呪霊絡みの事件が起こるまで待たなければねらないのだろうか。どちらにせよ時間も手間もかかる面倒な仕事になりそうだと、視線を上げて首を捻る。石垣の側に立つ木に視線をやり、更に視線を泳がせながら足を一歩引いたその時、突如帳が破られたと察知した。刹那。
「酷いなぁ、これ。君がやったん?」
「ッ!」
聞こえたそれに驚いて声の主に向き直る。無造作に掘り返された土の側に、居ないはずの見知らぬ男が立っていた。
速い。いつの間にここまで来たのだろう。敵意は感じないまでも、帳を破られた事実も相まって身構えた無名子は、注意深く男を観察した。ノーカラーのシャツに袴を合わせた書生風の出立ちとはアンバランスな金髪とピアスが目を引く。どうやら呪霊ではなく生身の人間のようだったが、その雰囲気から呪術師、若しくは呪詛師と思われた。呪詛師が絡んでくるとなると厄介だ。なぜなら彼らは人間で、知性と悪意を持っている。
「君がやったんか、て聞いてんねやけど」
男が倒れた石塔を足裏で蹴りながら言った。長年風雨に晒された石塔は削られ苔まみれではあるものの、それを足蹴にする様は見ていて気持ちいいものではない。
「来た時にはこうなってて………どちら様?」
「それはこっちのセリフや。人に名前を聞くときは先ず自分から名乗るもんやって礼儀を教えてくれる人はおらんかったん?」
随分と棘のある言い方をする男だ。これが牽制なのか否かを測りかねた無名子は、敢えて平静を装って対応しようと試みた。
「失礼しました。私、不名無名子と申します。あなたも術師とお見受けしますが、お名前を伺っても?」
少しの嫌味を込めてバカ丁寧な言葉で尋ねたが男は気にする様子もなく「禪院家の者や」と名乗った。無名子は思わず目を瞠る。
「禪院って、御三家の?」
「他に誰がおんねん。頭悪い女やな」
「…………」
なんだ、この居丈高な男は。誰に対してもこのような態度を取っているのなら、彼は人生かなり損をしているに違いない。そもそも御三家と気取ってみても、所詮歴史が古いだけの家ではないか。名乗れば葵の御紋宜しく相手が平伏すと思ったら時代錯誤もいいところだと思う。無名子は貼り付けた笑顔が歪まないように、努めて口端を吊り上げた。
「君、ここで何してたん?」
「仕事です」
「奇遇やなぁ。俺もや」
「えっ」と無名子は眉根を寄せた。
「重複して依頼が入ってるってこと?」
「さぁ?」と男は肩をすくめた。
呪術師への依頼方法は色々あるが、正式に公的機関を通す方法と人伝で依頼するのが一般的だった。他にも呪術高専のように大きな組織は独自の調査機能を持ち合わせていて、事が大きくなる前に収めてしまうこともある。つまり窓口が違うと、ひとつの事案に重複して依頼が入る事もあり得た。
「貴方が禪院家の人だって証拠は?」
「君、黙っといた方がええん違う?雑魚いうんがバレるで」
無名子も一連の流れから相手の力量を察知できなかったわけではない。しかしそれとは別にこれ以上この男と一緒に居てはいけないような気がした。まだこの場所でやりたい事はあったが仕方がない。それでも、退散する前に一言くらい物申してやらねば気が済まないと思った。
「余計なお世話かもしれませんが、アナタが本当に禪院家の方だというのなら、家門を貶めないためにも、その態度は改めた方がいいと思います」
すると男は目尻の少し上がった形の良い目を細めて腕を組んだ。
「俺に説教するつもりなん?身の程知らずやね」
これ以上不愉快になりたくないとその場所を離れた無名子だったが、そうは言われてもこちらも仕事なので素直に帰る訳にもいかない。
山間部にある小さな町にホテルというものはなく、民宿のような小さな旅館があるだけだった。無名子が仕事中の滞在先にしたその旅館は古民家を利用した宿で、田舎の鄙びた雰囲気を上手く演出することで多少の不便さを補っていた。
例えば部屋に風呂はなかったが、離れには宿泊客のみが使える温泉があったし、地元の食材を使った食事は各自の部屋ではなく、囲炉裏のある部屋に宿泊客が集まって食べるシステムになっていた。
禪院を名乗る男に追い返されるまま人柱塚を離れた無名子は、依頼主に詳細な聞き取りをして被害者らが高校生である事を確認した。聞けば揃って素行が悪かったらしく、初めは喧嘩で負った怪我を大袈裟に風聴しているだけだろうと思われていたようだ。今回重症者が出なければ…理から外れた力のかかった怪我でなければ…大事にはならなかったのかもしれない。
無名子が夕食にやってくると、囲炉裏端には夫婦と思しき二人組が座っていて、既に食事を摂っていた。こんな所にも旅行者が来るのかと感心しながら、女将に誘われるまま囲炉裏を挟んだ彼らの真向かいに座る。
ややあってから女将がお膳を運んできた。沢山の小鉢が並んだそれを見て、無名子は小さく歓喜の声をあげ両手を合わせる。地方へ行く楽しみのひとつは食事だと考える無名子は、料理に箸をつける頃には昼間の嫌な出来事をすっかり忘れていた。
丁寧に造られた田舎料理に舌鼓を打っていると、新たな人の気配とそれを案内する女将の声が聞こえたので、まだ他にも宿泊客が居るのだと知る。意外にも繁盛しているようだ。
「なんや、まだ帰ってなかったん?」
頭上から降ってきた声に顔を上げると、昼間出会った禪院を名乗る男が居た。思わず「あ」と声が漏れる。他に宿がないとはいえ、あまりいい気はしない。寧ろ最悪だ。
宿泊客は四角い囲炉裏を囲んで食事をとるので、男は自然と無名子の斜向かいに座る事になった。チラリと真向かいのカップルに視線をやると、彼らは食事を終えたようで揃ってお茶を飲んでいる。
「帰りません」
「何で?」
「何も終わってないからです」
「いつ帰るん?」
「仕事が片付いたらです」
「せやから俺が片付けといたる言うてるやん」
「信用問題なので」
男が小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。想定通りに苛立ちを覚えたところで、女将がお膳を持ってきた。
「お待たせしました。あら、お知り合い?」
どうやら男に答える気はなさそうなので、無名子が代わって曖昧な返事をする。
「この季節はホタル目当てに来る方がいらっしゃるんですよ。ホタルを見にいらしたんですか?」
なるほどと頷きながら「まぁ、そんなところです」と答えると、それから女将は親切に蛍スポットを教えてくれた。
「それではごゆっくり」
そう言って立ち上がった女将を見送ってから、無名子は全く会話に入って来なかった男に視線をやった。食事をしている男の所作はとても綺麗で、育ちの良さを匂わせる。禪院の人間というのは本当なのかもしれないと考えながら、彼の整った顔立ちにしばし見惚れた。その性格さえなければ、少し浮かれていたかもしれない。
「…これ、何?」
男の声で我に返る。彼が指し示した皿には、牛肉よりも少し色味の濃い肉が乗っていた。
「ジビエよ。鹿肉だって」
男はあからさまに顔を顰めて箸を置いた。
「はぁ、ほんまロクな宿泊先もあれへん。せやから田舎に行くんは嫌なんや」
本当に残念な性格の男だ。
「さっぱりして癖がなくて美味しかったよ。せっかくだから田舎の良さを楽しめばいいのに」
「何でも口にできるキミとは違って繊細やねん」
「…そうですか」
いつまでこの男と顔を合わせなければならないのだろうか。早く終わらせて帰りたいと心の中で呟いたその時、無名子はふと閃いた。躊躇う気持ちもあったが、この男とこの先も顔を合わせなければならないのなら、多少我慢しても短期間で終わらせるに越したことはないと、自身に言い聞かせる。
「あの、もし、貴方もこの件を早く片付けて早く帰りたいと思ってるなら協力しません?私は立て続けに発生している不審事故の原因を取り除くことができればそれでいいんです。貴方もそれが目的なら、二人がかりでやったほうがよくないですか?」
「…………」
瞬時に一蹴されるのを覚悟していたが、男は意外にも少し考える素振りを見せた。そして「しゃあないな」と言って胡座をかいた膝に頬杖をつく。金色に染められた癖のない髪がサラリと揺れた。
「その話、乗ったるわ。人がおらんゆうから仕方なく来たったけど、本来なら俺が出てくような仕事とちゃうからな。雑魚い呪霊に労力も時間もかけたないし」
物凄くバカにされた気がしたが考えない事にした。
「じゃあ共同作業ってことで。よろしくおねがいします、禪院さん」
「キミ、名前なんて言ったっけ?」
ウチだって地方ではそれなりに名前の知れた家なんだけど、と無名子は内心で呟いた。本当に失礼な男だが、一々腹を立てていては病んでしまう。
「不名 無名子です」
「無名子ちゃん、ね」
「禪院さんの下の名前は?」
「君、図々しいなぁ」
「はぁ?」
いきなり下の名前にチャン付けの人の方がよっぽど図々しいと思う。無名子が目を剥くと、彼は面倒くさそうに溜息を吐いた。
「まぁ、ええわ。禪院言うたら役立たずの兄さん方も禪院やからな。それで覚えられても癪や」
「はぁ…」
「直哉。禪院直哉や」
無名子はその名前を頭にしっかり叩き込んだ。後で家人に調べてもらうためだ。
「じゃあ何から手をつける?」と無名子が尋ねると、禪院直哉と名乗った男は胡散臭い笑みを浮かべて「先ずは情報交換しよか」と言った。
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