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自分の気持ちに気づいてからのかの子は、夏油といると何となく浮ついてしまいそうになる気持ちを必死に包み隠して、今まで通りであることに徹しようとした。実際その通りに接することができていたと思う。
恋は、口にした途端に動き出してしまう。だから誰にも…同期唯一の女子にでさえ… 言うつもりはなかった、のに。
「なん…で…」
動揺するかの子の隣で、顎を上げた硝子が白い煙が吐き出した。
「だって分っかりやすいんだもん」
「え…もしかしてあの2人にもバレてる?」
「アイツらは、どうかな」
「えー…隠してたつもりなのに…」
両手で頭を抱えながら、それでも五条にはバレていないのだろうとかの子は思った。バレていたら事あるごとに揶揄われていたはずだからだ。
「いーじゃん、別に悪いことじゃないんだし」
「ヤだよ!」
「ふーん?じゃあ本人に言うつもりもないって事?」
「それは…」
始まったばかりの片思いは側にいるだけで楽しいが、それでも長くなればなるほど次第に辛くなるという事をかの子は知っていた。
すると硝子はニヤリと笑ってかの子を見た。
「そう言えば知ってる?五条が街でナンパされた女と付き合ってソッコー別れた話」
「何それ知らない」
「別れる時に顔だけ男って言われたらしいよ、ウケんね」
「ひどっ」と笑いながら、夏油の事を側で見ているだけで良いと思えるのは、自分の周囲に夏油とどうにかなるような人はいないという慢心があるからかもしれないとかの子は思った。夏油は五条と共に高専内で問題児として認識されていたし、硝子はそんな2人を天と地が月とスッポンになってもナイ、と言い切っていた。しかし高専の外にだっていくらでも出会いはあるし、五条だけでなく夏油も十分人目を惹く容姿をしている。彼らが恋を始めようと思えば、それはそう難くないはずだ。
硝子が、親指でタバコの灰を落として言った。
「前線に出ない私が言うのもなんだけど、こんなブラック校でいつ死ぬか分からない事やってるんだから、素直に生きた方がいいと思うよ」
「…それでフラれたらどうすんの?」
「慰めてやるよ」
「何その他人事感」とかの子は眉尻を下げた。
「同期4人しか居ないんだよ。一緒に仕事行かないといけないんだよ。気まずいよ」
「伝えとけばよかったーって後悔するよりいいと思うけど」
「私、死ぬ前提?」
ははっ、と硝子が笑う。
「フラれる前提?」
「そりゃあ…夏油だもん」
「五条だったら脈あり?」
「もっとナイと思う」
「もっと自分に自信持てばいいのに。私が男だったらかの子を彼女にするけどなー」
「しょうこ〜」とかの子が硝子に向かって両手を広げると彼女は「ハイハイ」と言ってそれを軽くいなした。
「どうしたらいい?」
「酒で酔わせて既成事実作る」
「…ね、今までの話、どこまでが本気でどこからが冗談?」
硝子が目尻を下げて首を傾ける。
「好きなところを切り取っていいよ」
そして再びタバコを咥えると、その先に灯る火が赤く光った。
滝壺の裏にある洞窟に呪霊が発生していると報告があった。その滝は未だ人の手が入っていなかったため訪れる人は多くなかったが、観光資源にする為に周辺を整備する計画が立ち上がっていたのだ。
現場となる滝は随分と山奥にあって、彼らが到着した頃には既に日が傾き始めていた。そもそも時間通りに高専を出発できていればこんな時間にはならなかったのだろうが、高専でイレギュラーな事が起きるのはそう珍しくない。
五条とかの子が滝壺の裏に回り込み、連れ立って洞窟の奥へと足を進めると、ほどなくして行手がふたつに分かれていた。
「オマエこっちね」
そう言い残し、かの子に指し示した道と反対の方へ進んでゆく五条の後ろ姿は、すぐに洞窟の暗がりへと消えてしまった。
「チームワーク、とは」
かの子はそう呟いて、それでも素直に五条が指示した方へと歩き出した。時間が下がっていたから、早く帰りたい五条の気持ちは分からなくもない。
油断すると足を滑らせてしまいそうで、かの子がゆっくりと慎重に歩いていると、突然呪霊の気配が大きくなったのを感じた。足を止め周囲を見回すと洞窟の中に巣食っていたのであろう蝙蝠が渦を巻くように一斉に集まり何かを模り始める。巨大な目玉のように見えるソレを前に、セオリー通りに呪霊との距離を取り、取り出した紙のように薄い木片を放り投げ印を結ぶと、白狐を模った式神が呪霊とかの子の間を阻むように現れた。背後の逃げ道を確保するためにもう一体、式神を出そうとかの子が制服のポケットに手を入れた刹那、脇の壁が突然大きな口を開け、そこから伸びてきた舌が素早く身体に巻きついた。一瞬の事で反応する間も無く、かの子の身体は人間の口にそっくりなその中に引き摺り込まれる。
バックン
口が閉じられると視界が真っ暗になった。
「うそでしょ!」
これが口の中だとするならば天井は上顎で床は舌と言うことなのだろう。その間で押しつぶされそうになるのに逆らって渾身の力で天井を持ち上げようとしたが、粘液に覆われているだけでなく柔らかくねっとりと動く足場のせいで力を入れられない。次第に狭まる密閉空間と粘液のせいで動きだけでなく呼吸も次第に封じられてきて、浅い呼吸を繰り返しながら、死ぬかも、と思った。
──────いつ死ぬか分からないことやってんだから
思い出す硝子の言葉と共に、夏油に気持ちを伝えておけばよかったかもしれないという後悔がかの子の頭を過ったその時、『ブホッ』という音と共に放り出された身体が勢いよく地面に叩きつけられた。
「何やられてんの?バカなの?」
聞き慣れた声が頭上から聞こえて大きく息を吸い込む。
「ご、じょ……」
助かったと思った。
この後、五条に馬鹿の阿呆の言われても甘んじて受けようと思いながら、やけに重たい身体を持ち上げようとしてかの子は違和感に気づく。体中がベチョベチョだったのだ。
「きったねーな」
言われて五条を見上げると、暗がりでも映える青い瞳が不快そうに自分を見下ろしている。既に呪霊の気配は消え去っていて、かの子が自分の身体に視線を落として手を握るとグチョ、と嫌な音と感触がした。心なしか自分が悪臭を発している気がする。
「私、必要なかったんじゃない?」
「必要だろ。呪霊を誘き寄せる囮じゃん」
「………」
かの子が緩慢な動きで立ち上がると、呪霊の体液で濡れた髪の毛の先からトローっと雫が滴り落ちた。五条が一歩後ずさる。
「オマエ、くっせぇ」
五条がことごとく自分の気持ちを代弁してくれるとかの子は思った。どうやら臭いのは思い過ごしではないようだ。
「これ、呪霊の口臭?もしかしてこれ唾液?早く帰ってシャワー浴びたいんだけど」
両腕を持ち上げて泣きそうな顔で五条を見上げると、彼は心底嫌そうに顔を歪めた。
「無理だろ。その状態で車乗るつもりかよ。近寄んな」
確かに、このまま車に乗り込むことを補助監督も許さないような気がする。
「えー、どうしよう」
かの子が一歩踏み出せば五条が一歩後ずさる。
「だから近寄んなって。自業自得だろ」
「でも歩いて帰れないじゃん…」
五条はかの子を避けるようにして洞窟の出口に向かった。
「ま、まって…」
歩くたびに靴がグチョグチョ音を立てる。どんだけ唾液が多いんだ、赤ん坊か、と不快な感触に耐えながらかの子は五条の後を追った。
すると洞窟の入り口で足を止めた五条が、カーテンのように上から滝壺に落ちてゆく水を指してかの子を振り返る。
「あるじゃん、シャワー」
「…………」
朝夕は大分冷え込むようになったこの季節。山間部の滝の水はさぞさし冷たいだろう。
「オマエの失態を補助監督に伝えてくるから、その汚ねぇの何とかしとけよ」
恋は、口にした途端に動き出してしまう。だから誰にも…同期唯一の女子にでさえ… 言うつもりはなかった、のに。
「なん…で…」
動揺するかの子の隣で、顎を上げた硝子が白い煙が吐き出した。
「だって分っかりやすいんだもん」
「え…もしかしてあの2人にもバレてる?」
「アイツらは、どうかな」
「えー…隠してたつもりなのに…」
両手で頭を抱えながら、それでも五条にはバレていないのだろうとかの子は思った。バレていたら事あるごとに揶揄われていたはずだからだ。
「いーじゃん、別に悪いことじゃないんだし」
「ヤだよ!」
「ふーん?じゃあ本人に言うつもりもないって事?」
「それは…」
始まったばかりの片思いは側にいるだけで楽しいが、それでも長くなればなるほど次第に辛くなるという事をかの子は知っていた。
すると硝子はニヤリと笑ってかの子を見た。
「そう言えば知ってる?五条が街でナンパされた女と付き合ってソッコー別れた話」
「何それ知らない」
「別れる時に顔だけ男って言われたらしいよ、ウケんね」
「ひどっ」と笑いながら、夏油の事を側で見ているだけで良いと思えるのは、自分の周囲に夏油とどうにかなるような人はいないという慢心があるからかもしれないとかの子は思った。夏油は五条と共に高専内で問題児として認識されていたし、硝子はそんな2人を天と地が月とスッポンになってもナイ、と言い切っていた。しかし高専の外にだっていくらでも出会いはあるし、五条だけでなく夏油も十分人目を惹く容姿をしている。彼らが恋を始めようと思えば、それはそう難くないはずだ。
硝子が、親指でタバコの灰を落として言った。
「前線に出ない私が言うのもなんだけど、こんなブラック校でいつ死ぬか分からない事やってるんだから、素直に生きた方がいいと思うよ」
「…それでフラれたらどうすんの?」
「慰めてやるよ」
「何その他人事感」とかの子は眉尻を下げた。
「同期4人しか居ないんだよ。一緒に仕事行かないといけないんだよ。気まずいよ」
「伝えとけばよかったーって後悔するよりいいと思うけど」
「私、死ぬ前提?」
ははっ、と硝子が笑う。
「フラれる前提?」
「そりゃあ…夏油だもん」
「五条だったら脈あり?」
「もっとナイと思う」
「もっと自分に自信持てばいいのに。私が男だったらかの子を彼女にするけどなー」
「しょうこ〜」とかの子が硝子に向かって両手を広げると彼女は「ハイハイ」と言ってそれを軽くいなした。
「どうしたらいい?」
「酒で酔わせて既成事実作る」
「…ね、今までの話、どこまでが本気でどこからが冗談?」
硝子が目尻を下げて首を傾ける。
「好きなところを切り取っていいよ」
そして再びタバコを咥えると、その先に灯る火が赤く光った。
滝壺の裏にある洞窟に呪霊が発生していると報告があった。その滝は未だ人の手が入っていなかったため訪れる人は多くなかったが、観光資源にする為に周辺を整備する計画が立ち上がっていたのだ。
現場となる滝は随分と山奥にあって、彼らが到着した頃には既に日が傾き始めていた。そもそも時間通りに高専を出発できていればこんな時間にはならなかったのだろうが、高専でイレギュラーな事が起きるのはそう珍しくない。
五条とかの子が滝壺の裏に回り込み、連れ立って洞窟の奥へと足を進めると、ほどなくして行手がふたつに分かれていた。
「オマエこっちね」
そう言い残し、かの子に指し示した道と反対の方へ進んでゆく五条の後ろ姿は、すぐに洞窟の暗がりへと消えてしまった。
「チームワーク、とは」
かの子はそう呟いて、それでも素直に五条が指示した方へと歩き出した。時間が下がっていたから、早く帰りたい五条の気持ちは分からなくもない。
油断すると足を滑らせてしまいそうで、かの子がゆっくりと慎重に歩いていると、突然呪霊の気配が大きくなったのを感じた。足を止め周囲を見回すと洞窟の中に巣食っていたのであろう蝙蝠が渦を巻くように一斉に集まり何かを模り始める。巨大な目玉のように見えるソレを前に、セオリー通りに呪霊との距離を取り、取り出した紙のように薄い木片を放り投げ印を結ぶと、白狐を模った式神が呪霊とかの子の間を阻むように現れた。背後の逃げ道を確保するためにもう一体、式神を出そうとかの子が制服のポケットに手を入れた刹那、脇の壁が突然大きな口を開け、そこから伸びてきた舌が素早く身体に巻きついた。一瞬の事で反応する間も無く、かの子の身体は人間の口にそっくりなその中に引き摺り込まれる。
バックン
口が閉じられると視界が真っ暗になった。
「うそでしょ!」
これが口の中だとするならば天井は上顎で床は舌と言うことなのだろう。その間で押しつぶされそうになるのに逆らって渾身の力で天井を持ち上げようとしたが、粘液に覆われているだけでなく柔らかくねっとりと動く足場のせいで力を入れられない。次第に狭まる密閉空間と粘液のせいで動きだけでなく呼吸も次第に封じられてきて、浅い呼吸を繰り返しながら、死ぬかも、と思った。
──────いつ死ぬか分からないことやってんだから
思い出す硝子の言葉と共に、夏油に気持ちを伝えておけばよかったかもしれないという後悔がかの子の頭を過ったその時、『ブホッ』という音と共に放り出された身体が勢いよく地面に叩きつけられた。
「何やられてんの?バカなの?」
聞き慣れた声が頭上から聞こえて大きく息を吸い込む。
「ご、じょ……」
助かったと思った。
この後、五条に馬鹿の阿呆の言われても甘んじて受けようと思いながら、やけに重たい身体を持ち上げようとしてかの子は違和感に気づく。体中がベチョベチョだったのだ。
「きったねーな」
言われて五条を見上げると、暗がりでも映える青い瞳が不快そうに自分を見下ろしている。既に呪霊の気配は消え去っていて、かの子が自分の身体に視線を落として手を握るとグチョ、と嫌な音と感触がした。心なしか自分が悪臭を発している気がする。
「私、必要なかったんじゃない?」
「必要だろ。呪霊を誘き寄せる囮じゃん」
「………」
かの子が緩慢な動きで立ち上がると、呪霊の体液で濡れた髪の毛の先からトローっと雫が滴り落ちた。五条が一歩後ずさる。
「オマエ、くっせぇ」
五条がことごとく自分の気持ちを代弁してくれるとかの子は思った。どうやら臭いのは思い過ごしではないようだ。
「これ、呪霊の口臭?もしかしてこれ唾液?早く帰ってシャワー浴びたいんだけど」
両腕を持ち上げて泣きそうな顔で五条を見上げると、彼は心底嫌そうに顔を歪めた。
「無理だろ。その状態で車乗るつもりかよ。近寄んな」
確かに、このまま車に乗り込むことを補助監督も許さないような気がする。
「えー、どうしよう」
かの子が一歩踏み出せば五条が一歩後ずさる。
「だから近寄んなって。自業自得だろ」
「でも歩いて帰れないじゃん…」
五条はかの子を避けるようにして洞窟の出口に向かった。
「ま、まって…」
歩くたびに靴がグチョグチョ音を立てる。どんだけ唾液が多いんだ、赤ん坊か、と不快な感触に耐えながらかの子は五条の後を追った。
すると洞窟の入り口で足を止めた五条が、カーテンのように上から滝壺に落ちてゆく水を指してかの子を振り返る。
「あるじゃん、シャワー」
「…………」
朝夕は大分冷え込むようになったこの季節。山間部の滝の水はさぞさし冷たいだろう。
「オマエの失態を補助監督に伝えてくるから、その汚ねぇの何とかしとけよ」