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「ちょっと雰囲気変わったね」
硝子に付き合ってもらって必要なものを買い揃え、色々と指南を受けた週明け。教室に入ってきた夏油にそう言われたかの子は、気恥ずかしさから曖昧に笑った。その後ろからやってきた五条が値踏みするようにかの子を見てから言った。
「芋が色気付いてんじゃん、ダサ」
これは揶揄われていると言うよりやはり嫌われているのではないだろうか、とかの子は思った。五条に嫌われる心当たりは色々ある。芋だし、実力はクラス最下位、そして先日のアレ、だ。
ガタンと大きな音を立てて椅子に座った五条に硝子が「機嫌悪い?」と尋ねている。俯くかの子の側を通り過ぎようとした夏油が少し腰を折って「似合ってるよ」と耳打ちした。驚いて顔をあげると彼は笑みを浮かべる。
「そういう素直なところ、いいと思うよ」
サラリとそんな事を言えてしまう夏油に驚いてしまう。普段五条とつるんでいる時は全くそんな素振りを見せないのに、夏油は思いの外気障なのかもしれない。そして思いの外、二面性があるのかもしれない。かの子はそんな事を思ったが、五条の態度に少し傷ついていた気持ちが夏油のお陰で温かく解れた気がした。
担任である夜蛾の下である程度実習を積むと、かの子も術師のサポートとして現場に出るようになり、入学当初から単独任務が可能だった五条のサポートとして同行する機会が増えた。単なるサポートではなく出来るだけかの子に実践機会を与えるように、と五条が夜蛾から言われていることはかの子も知っていた。だから尚更、五条に迷惑をかけたくないと気負う気持ちが空回りして、回数を重ねる毎に上手く噛み合わなくなっていった。そしてそれは今回の任務でも改善される事はなかったのだ。
「ごめん…迷惑かけて…」
五条は何も言わなかった。しかし心底呆れたようにため息をつかれたのがかの子には何より堪えた。
帰りの車の中の重苦しい雰囲気の中、かの子は膝の上で握りしめた手のひらをただ見つめていた。隣の五条はずっと窓の外を見ている。
鳴物入りで入学した五条はもちろん、夏油も硝子も呪術師としての能力は突出していた。出来が良すぎる彼らと同学年になってしまったのはかの子にとって不幸だったと言える。彼女は常に彼らよりワンランク下で、少なくともそのクラスの中では落ちこぼれという位置付けだった。
努力していないわけではない。けれど持って生まれた能力の差は如何ともし難く、突出した能力を持って生まれた者にその辛さが分かるはずないと思うとこの世の不公平感に泣きたくなった。
かの子は隣に座る五条にバレないように窓の外を眺めるフリをしながら、涙をこぼすまいときつく唇を噛み締めた。
次の任務が五条ではなく夏油と一緒だったことにかの子は安堵した。五条が匙を投げて、そのお鉢が夏油に回って来ただけかもしれないが、寧ろその方がありがたかった。もしまた五条に同行することになっていたら仮病を使っていたかもしれないと思う程度には追い詰められていたからだ。
「緊張してるのかい?」
近くから聞こえた夏油の声で我に返る。後部座席の隣に座る夏油が車の窓に片膝をついてかの子を見ていた。五条と一緒に車で移動している時は少し緊張したような変な空気があったが、今この車内にそれはない。
かの子は「そんな事ない」と言いかけて止めた。強がったところで所詮自分の実力は知れている。
「そうかも。なんか実践だと焦っちゃって。全然上手くいかないから、余計に緊張する」
「だったら目一杯緊張して失敗するといいよ」
嫌な事を言う人だと思った。夏油は自分とは違って所謂優秀なあっち側の術師なのだと再確認する。思い返せば自分との任務では面倒臭そうにしている五条が、夏油と一緒に呪霊を祓っている時は生き生きしていた。2人にしか分からないアイコンタクト。2人にしか分からない阿吽の呼吸。硝子でさえ『人としてはクズな奴等だけど、術師としては折り紙つき』と評していた。
ハァ…とかの子がため息を吐いて俯く。不意に頭をポンポンと撫でられ驚いて隣の夏油を見ると彼は微笑んだ。
「人は失敗して成長すると言うじゃないか。フォローは私に任せて」
その真意は分からない。けれどたったそれだけの事で何故だか急に目頭が熱くなった。かの子は慌てて夏油から顔を背け、窓の外に視線をやった。そうと気づかれないように息を殺し、垂れてくる鼻水を何度も指先で擦って誤魔化したが夏油には隠せなかったようだ。
「現場まであとどれくらいですか?」
夏油の問いに運転席の補助監督がチラリとナビを確認する。
「あと、30分くらいですかね」
いつもの変な重圧から解放されたせいか、夏油がさりげなくフォローしてくれていたのか、今回は危なげなく任務を終える事ができた。安堵する一方で、これは夏油のお陰で自分の実力ではないという気持ちが頭を擡げたのは、この学校に入学してからかの子の自己肯定感が著しく低下しているせいでもあった。
呪霊の身体が消えてゆくのを突っ立って見ていたかの子の隣に夏油が立ち、ポケットに両手を突っ込んだ。
「思ったほど晴々しい表情じゃないね」
「これって、夏油がいなければ祓えてないよね」
「そんな事はないよ」
かの子が少しの抗議の意を込めて隣の夏油と見上げた。
「はっきり言ってくれていいよ。向いてないって」
「どうしてそう思うんだい?」
それには応えず俯いたかの子を見て、彼は
「うーん」と考える素振りを見せた。
「最近悟と一緒になる事が多かったね。何か言われた?」
「………」
「はは、図星だ」
「私、多分五条に嫌われてる」
「それはないと思うな」
「あるよ。私にはめちゃくちゃ意地悪だし、態度悪いし」
「………」
夏油が黙ってしまったので彼に言うべきことではなかったと気づいた。かの子は隣の夏油に身体ごと向き直って手を合わせた。
「ごめん、こんな事言われても困るよね。五条には内緒で」
「君は自分が思ってるほど弱くないよ」
今、誰に何を言われても、その場しのぎの慰めだと卑屈に捉えてしまうことに自己嫌悪を覚えた。
「ただ運が悪い事に同期の出来が良すぎるんだ」
「………」
元気付けようとしてくれているのだろうか。臆面もなくそんな事を言う夏油に向かって眉間に皺を寄せると、彼が珍しく悪戯っこのように顔をくしゃりとさせて笑ったので、かの子もつられて笑ってしまった。
「それ自分で言っちゃう?」
「まぁね」
互いに視線を合わせてまた笑った。笑っている間は、心が軽くなっている事に気づいて自分の胸に手を当てたかの子を見て彼は目を細める。
「このあと時間ある?」
「え…?」
「見たい映画があるんだ。付き合ってくれないか」
「………」
「物事が上手くいかないと思う時は、気分転換も必要だよ」
呪術高専に入学してくる生徒は少なく皆それなりの覚悟を持ってやってくるが、それでも途中で挫折して退学する者がいないわけではない。
夏油もそれを知っていて、数少ない同期に気を遣ってくれたのだろう。かの子はその心遣いが嬉しかった。自分が