Secret lover
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南の顔を見るのが非常に気まずい。
なるべく見ないようにと授業中もそうでない時も要らぬ気を使ってしまう。
するとそのせいでますます彼を意識する結果になるのだから、はっきり言って逆効果。
しかし当の本人は何事もなかったように、いつもの少し冷めたような表情は相変わらずだった。
それから何日か経った日の放課後の事だった。
調べモノをする為に図書館にいた。
本棚に並べられたそれらの背表紙に全神経を注ぐ。人の気配にも気付かぬほど熱心に。
「可愛いかったで、寝顔」
ボソリと背後から聞こえた言葉に体ごと飛び上がった。それに続いてバリバリと鳥肌。
「…………っ!」
振り返れば南がニコリともせずに立っている。
「ウソやけどな。」
顔だけが一気に熱くなった。こんなところで何て事を言うのだろう。
その腕を引っ張って文句を言ってやろうとすると、それよりも早く目の前に紙袋が突き出される。
「借りモン。タオルとか。」
「…ああ。」
そのシラッとした顔を見ていたら文句を言う気が失せた。念のため受け取った紙袋を覗く。
「これは返さんでええって言ったやん。」
タオルと共に返って来たジャージに思わず眉をひそめた。
「名残惜しそうに引っ張るもんやから持って来たったんや。」
余計な事を。
捨ててしまえば済む話だが、それが出来なくて困っていたから返さなくていいと言ったのに。
「ほな。確かに返したで。」
そう言って図書館を出ていく南の後ろ姿を見ながらひとつ溜め息をつく。
あの日以来、変に意識してしまっているのはどうやら自分だけのようだ。
その事に少し感謝しなければならない。
相手が変わらぬ態度で接してくれるのならば、こちらも胸のつかえが取れるような気がした。
袋の中に借りた本を放り込んで図書館を後にする。
廊下を歩いていると部活に向かうのであろう岸本に遭遇した。
「南知らへん?」
「ん?さっき図書館の辺りで見たけど…。もう部活に行ったんと違う?」
岸本は「冷たいやっちゃなぁ」と文句を言った後に再びこちらに視線を戻した。
「せや、今週末県予選の初戦やねん。見に来てくれんねやろ?」
そう言えばそうだったか?…と頭の中でカレンダーの整理をしてみる。
「あー、見に行けたらええんやけど今ちょうど忙しいねん。」
逃れ口実などではなく、事実試験が近いのだ。
「なんやんねんそれ。頑張ってる生徒の晴れの舞台に。」
少し顎を上げた岸本が不服そうな面持ちで見下ろす。
確かに彼の言う事ももっともだ。生徒に試合を見に来てくれと言われて簡単に断る教師もどうかと思う。
「そうやなぁ、バスケ部が決勝リーグまで残れたら見に行くわ。」
彼は小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「センセ、俺ら豊玉やねんで?」
岸本の言葉は自惚れでも何でもなかった。
バスケ部は危なげなく決勝リーグに駒を進め、約束通りその試合を見に行かなければならなくなってしまった。貴重な一日が丸つぶれだと心の中で泣いた。
会場に足を踏み入れれば目立つこと目立つこと豊玉応援団。
悪目立ちする応援団には近づくまいと違う席を探したが、生憎空席が残るのは彼らの周辺に少しだけだ。確かに近づきたい輩ではない。
「パピ子ちゃーん」
日ごろ目を使う事を極力避けているせいか、彼らの視力は抜群に良いらしい。
正直非常に迷惑であったが、豊玉応援団の一員としてその集団の中で試合を見る羽目になった。知り合いに会いませんようにと心から祈る。
しかし試合が始まってしまえばそん事も大して気にならないほど夢中になった。
サッカーなどと比べるのが間違っているのだけれども、何せ点がよく入る。面白い。
自分のチームが調子よく点を重ねていけば興奮するなというほうが無理だ。
試合が終わる頃にはすっかり出来上がっていた。陶酔しきりだったのだ。
「めっちゃカッコよかったでー!」
こんな日でも帰れば練習があるというバスケ部を前に大興奮で騒ぎ立てた。
調子良く話に付き合ってくれるのは岸本と板倉。元来話し好きなのだ。
「せやけどな、何で南君はあんなに遠くからばっかりシュートするん?」
その質問に一瞬その場が静まり返った。
「…あっかん…。」
自らのその広い額をペチリと叩いた岸本が呟く。
「センセ、もうちょっと勉強し。俺らに…特に南さんに失礼やで。」
板倉もそうぼやいて去って行ってしまった。
「アホ」
後ろからの声に振り返れば南が立っている。
「バスケしたことないんか。」
「高校時代、体育の授業でちょっとやったかな。ピボットターンとかトラベリングとか習ったで。」
「………。」
「あぁ、あと二回続けてドリブルしたらあかんのや!」と手を打つと、これ以上何を聞いても無駄と言わんばかり表情をした南が視線を落とした。
「今日の練習3時からやねん。付き合うたるわ。」
何のことかと思えば要は本を買って勉強しろと彼は言いたいらしい。半ば強制的に連れて来られた本屋のスポーツコーナーには色んな種類の本が並ぶ。
「いや、あたしにはそんな勉強する必要もないと思うねんけど…。」
別に自分が指導をするわけではない。
「なんやと?」
ジロリと睨まれたので形だけでも購入しておこうとバスケの入門的な本を何冊か手にしてみた。
「な、南君…」
参考までに彼の意見を聞こうと顔を上げたが既に姿はない。彼を探して周囲を見渡している時にフと視界に入ったその人は。
相手も驚いた顔をした。
「…久しぶり。」と言ったのはどちらからだったか。
別れてから一度も会ったことはなかったが、会いたいとも思わなかったのに。
癖のない直毛が嫌いだと言っていた。パーマをかけたのだろうか。そんな風に毛先を遊ばせた髪型をしている彼を自分の知らない。
「元気そうやね。」
涼やかな目元が笑う。
屈託のない笑顔で話しかけられると少し腹が立った。
「新しいヒトと、上手くいってるらしいやん。」
彼はその言葉に少し困ったように目を細めた。それは裏を返せばそれは上手くいっている証拠。
「なんや、もう決まったんか?」
その時ようやく戻って来た南が、知らない男の姿を認めて「誰やねん」と言いたげに少し目を細めた。
「彼氏?」
南を見て彼が聞いた。
否定しようと思ったけれど、彼だけが幸せであることが悔しくなった。見栄を張りたかったのかもしれない。
今日の南は学校のロゴが入ったジャージを着ていないし、背が高いのも手伝って大学生に見えなくもない。
「そうやねん。彼氏。」
そう言って半ば強引に南の腕に自分のそれを絡めた。それを見た彼は南に向かって微笑む。
「なんや、新しい彼氏おるんやな。良かった、安心したわ。」
それほど悲しい言葉はないと思う。胸の中に生まれた虚無感に思わず下唇を噛んだ。
じゃ、と踵を返す彼の背中を見送る指先が震えて、知らずにきつく南の腕を掴んでいた。
なるべく見ないようにと授業中もそうでない時も要らぬ気を使ってしまう。
するとそのせいでますます彼を意識する結果になるのだから、はっきり言って逆効果。
しかし当の本人は何事もなかったように、いつもの少し冷めたような表情は相変わらずだった。
それから何日か経った日の放課後の事だった。
調べモノをする為に図書館にいた。
本棚に並べられたそれらの背表紙に全神経を注ぐ。人の気配にも気付かぬほど熱心に。
「可愛いかったで、寝顔」
ボソリと背後から聞こえた言葉に体ごと飛び上がった。それに続いてバリバリと鳥肌。
「…………っ!」
振り返れば南がニコリともせずに立っている。
「ウソやけどな。」
顔だけが一気に熱くなった。こんなところで何て事を言うのだろう。
その腕を引っ張って文句を言ってやろうとすると、それよりも早く目の前に紙袋が突き出される。
「借りモン。タオルとか。」
「…ああ。」
そのシラッとした顔を見ていたら文句を言う気が失せた。念のため受け取った紙袋を覗く。
「これは返さんでええって言ったやん。」
タオルと共に返って来たジャージに思わず眉をひそめた。
「名残惜しそうに引っ張るもんやから持って来たったんや。」
余計な事を。
捨ててしまえば済む話だが、それが出来なくて困っていたから返さなくていいと言ったのに。
「ほな。確かに返したで。」
そう言って図書館を出ていく南の後ろ姿を見ながらひとつ溜め息をつく。
あの日以来、変に意識してしまっているのはどうやら自分だけのようだ。
その事に少し感謝しなければならない。
相手が変わらぬ態度で接してくれるのならば、こちらも胸のつかえが取れるような気がした。
袋の中に借りた本を放り込んで図書館を後にする。
廊下を歩いていると部活に向かうのであろう岸本に遭遇した。
「南知らへん?」
「ん?さっき図書館の辺りで見たけど…。もう部活に行ったんと違う?」
岸本は「冷たいやっちゃなぁ」と文句を言った後に再びこちらに視線を戻した。
「せや、今週末県予選の初戦やねん。見に来てくれんねやろ?」
そう言えばそうだったか?…と頭の中でカレンダーの整理をしてみる。
「あー、見に行けたらええんやけど今ちょうど忙しいねん。」
逃れ口実などではなく、事実試験が近いのだ。
「なんやんねんそれ。頑張ってる生徒の晴れの舞台に。」
少し顎を上げた岸本が不服そうな面持ちで見下ろす。
確かに彼の言う事ももっともだ。生徒に試合を見に来てくれと言われて簡単に断る教師もどうかと思う。
「そうやなぁ、バスケ部が決勝リーグまで残れたら見に行くわ。」
彼は小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「センセ、俺ら豊玉やねんで?」
岸本の言葉は自惚れでも何でもなかった。
バスケ部は危なげなく決勝リーグに駒を進め、約束通りその試合を見に行かなければならなくなってしまった。貴重な一日が丸つぶれだと心の中で泣いた。
会場に足を踏み入れれば目立つこと目立つこと豊玉応援団。
悪目立ちする応援団には近づくまいと違う席を探したが、生憎空席が残るのは彼らの周辺に少しだけだ。確かに近づきたい輩ではない。
「パピ子ちゃーん」
日ごろ目を使う事を極力避けているせいか、彼らの視力は抜群に良いらしい。
正直非常に迷惑であったが、豊玉応援団の一員としてその集団の中で試合を見る羽目になった。知り合いに会いませんようにと心から祈る。
しかし試合が始まってしまえばそん事も大して気にならないほど夢中になった。
サッカーなどと比べるのが間違っているのだけれども、何せ点がよく入る。面白い。
自分のチームが調子よく点を重ねていけば興奮するなというほうが無理だ。
試合が終わる頃にはすっかり出来上がっていた。陶酔しきりだったのだ。
「めっちゃカッコよかったでー!」
こんな日でも帰れば練習があるというバスケ部を前に大興奮で騒ぎ立てた。
調子良く話に付き合ってくれるのは岸本と板倉。元来話し好きなのだ。
「せやけどな、何で南君はあんなに遠くからばっかりシュートするん?」
その質問に一瞬その場が静まり返った。
「…あっかん…。」
自らのその広い額をペチリと叩いた岸本が呟く。
「センセ、もうちょっと勉強し。俺らに…特に南さんに失礼やで。」
板倉もそうぼやいて去って行ってしまった。
「アホ」
後ろからの声に振り返れば南が立っている。
「バスケしたことないんか。」
「高校時代、体育の授業でちょっとやったかな。ピボットターンとかトラベリングとか習ったで。」
「………。」
「あぁ、あと二回続けてドリブルしたらあかんのや!」と手を打つと、これ以上何を聞いても無駄と言わんばかり表情をした南が視線を落とした。
「今日の練習3時からやねん。付き合うたるわ。」
何のことかと思えば要は本を買って勉強しろと彼は言いたいらしい。半ば強制的に連れて来られた本屋のスポーツコーナーには色んな種類の本が並ぶ。
「いや、あたしにはそんな勉強する必要もないと思うねんけど…。」
別に自分が指導をするわけではない。
「なんやと?」
ジロリと睨まれたので形だけでも購入しておこうとバスケの入門的な本を何冊か手にしてみた。
「な、南君…」
参考までに彼の意見を聞こうと顔を上げたが既に姿はない。彼を探して周囲を見渡している時にフと視界に入ったその人は。
相手も驚いた顔をした。
「…久しぶり。」と言ったのはどちらからだったか。
別れてから一度も会ったことはなかったが、会いたいとも思わなかったのに。
癖のない直毛が嫌いだと言っていた。パーマをかけたのだろうか。そんな風に毛先を遊ばせた髪型をしている彼を自分の知らない。
「元気そうやね。」
涼やかな目元が笑う。
屈託のない笑顔で話しかけられると少し腹が立った。
「新しいヒトと、上手くいってるらしいやん。」
彼はその言葉に少し困ったように目を細めた。それは裏を返せばそれは上手くいっている証拠。
「なんや、もう決まったんか?」
その時ようやく戻って来た南が、知らない男の姿を認めて「誰やねん」と言いたげに少し目を細めた。
「彼氏?」
南を見て彼が聞いた。
否定しようと思ったけれど、彼だけが幸せであることが悔しくなった。見栄を張りたかったのかもしれない。
今日の南は学校のロゴが入ったジャージを着ていないし、背が高いのも手伝って大学生に見えなくもない。
「そうやねん。彼氏。」
そう言って半ば強引に南の腕に自分のそれを絡めた。それを見た彼は南に向かって微笑む。
「なんや、新しい彼氏おるんやな。良かった、安心したわ。」
それほど悲しい言葉はないと思う。胸の中に生まれた虚無感に思わず下唇を噛んだ。
じゃ、と踵を返す彼の背中を見送る指先が震えて、知らずにきつく南の腕を掴んでいた。