Secret lover
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ブウブウ言いながらも散っていく生徒たちの背中を見送ってから口にしようとした『ありがとう』は南の「で?」という言葉に遮られた。
「で、?」
オウム返しに聞き返して首を傾げる。
「ホテルに行くんか?それともセンセの部屋?別に俺はどっちでもええねんけど。」
「また阿呆なこ…」
「ほな、後で部屋行くわ。」
ハハハと笑い飛ばしたつもりが笑えない言葉を耳にして一気に素に戻る。
「な…」
咄嗟に延ばした手は届かなかった。彼はさっさと踵を返して再び体育館の入口を潜ろうとしていたから。
「ま、ま、ま、み…!」
慌ててその後を追おうにもコンパスの長さが違いすぎる。
「みなっ、まっ…」
ってぇえ…という言葉は駆け登ろうとした体育館の段差に遮られた。
ブザマに転んだ姿を見た生徒が、クスリと笑いながらその横を通りすぎる。肩にはテニスラケット。このテニブス。ついでに性格ブス。…なんて事を思ってはいけない。
気を取り直して起き上がれば微かに彼女達の会話が聞こえた。
「バスケ部には専用の体育館なんて不公平やない?」
「けどバスケ部のキャプテン結構男前やねんで。」
「もしかして狙っとるん?」
「フフ…悪ないな。」
うちの学校で女子生徒をゲットするには高い倍率を突破しなければならない。しかしその会話を聞く限りでは、南なら別にがっつく必要などないのだと知った。
やはり先程の台詞はからかわれていただけなのだ。本気であろうはずがない。彼はそんな生徒ではない。なんだかんだ言いながら結局は助けてくれるのだし。
「難しい子やなぁ…。」
悪ぶっていながら結局悪者になりきれない少し難しい生徒なのだ、と一応教育者の端くれとして南という生徒を理解した気になった。
現実はそう甘くないと後で思い知らされるとは知らずに。
仕事を終えて帰ってからの楽しみは、サッサとシャワーを浴びてビールで一息つくこと。それからスーパーで2割引になった惣菜をつまむ。
その日もシャワーを済ませ、髪も乾かさぬまま冷蔵庫を漁った。明日は休みだから今夜はダラダラと過ごすつもりだ。
リングプルに爪を立てようとした時にチャイムが鳴る。反射的に時計を見た。こんな時間に誰だろう。友人であれば事前に電話のひとつでも寄越しそうなものを。
最近物騒になってきたので念のためにと覗き穴を覗いてみて驚く。ドアを開けるべきか躊躇したほどだ。
「ど、どしたん?」
「後で行くて言うたやないか。」
南が玄関に押し入ってきた。
力任せに追い出さなかったのは玄関で押し問答しているのを誰かに見られるのは面倒だと思ったから。
「あたしに進路相談されてもあんま詳しくないで。バスケの相談なら尚ムリ。」
ドサリと音を立ててスポーツバックが床に投げ出された。
「誤魔化すなや。」
ジロリと向けられた南の視線に気付かぬふりをして手を打つ。
「あ、そーか。お好み焼きか。今から食べに行く?出来たらまた今度岸本君を誘って…。」
冷たい目に捉えられて思わず足を引いた。
「や、いつもありがとう。感謝してるんやで。口だけやない。」
「せやったら態度で示してもらわんとあかんなぁ。」
一歩踏み出されまた一歩、ジリ…と狭い室内で後退する。
「や、高校生やし、そういうのに興味あんのはわかんねん。けど大人をからかったらあかん。それに愛がないのにそーゆー…」
ドンっとソファーに足を掬われてバランスを崩す。思わずその肘掛部分に尻餅をつく形になった。更に聳えて見える。南の長身が。
「そ…!そうや!君の90点はインチキやん!7と9を書き換えたんやろ?」
なんとか冷静さを保とうと努めた。こう見えて自分は社会人二年目。相手は高校生。
フと南の動きが止まった。彼を捉える視線の先を辿れば棚の上に乱雑に置かれたテキスト。
「…あぁ、教員採用試験の勉強してるんや。」
南がこちらを見下ろす。
「なんや先生やないんか。」
ムッとして反論した。
「教員免許は持ってんで。教師の卵やなくてヒヨコくらいにはなってるわ。」
彼は無言で再び棚に目をやる。
「試験には年齢制限もあるし。あたしだって結構頑張ってるんや。」
彼はしばらく押し黙った後に再び口を開いた。
「受からんとタイムオーバーになったらどないすんねん。それから他の仕事探すんか。」
悪びれず不吉な事を言ってくれる。
「そんな事今考えても仕方ないやん。受かるつもりで勉強してるんやし。その為に頑張ってんやで。」
そらそうやな、と彼は呟いた。
変なところで物分りがいい。
「目標を持つことは大切やて言うけど、結構しんどいって思う事もあるんよね実際は。」
それでも頑張らんといけんもんな、と笑うと彼はフイと目を逸らした。そしてスルリと目の前を通り抜け、まるで自分の家であるかのように深々とソファーに腰掛ける。
なんとなくチャンスタイム到来。
上手く切り抜けられそうな気がする。
「南君は、何か夢とか目標とかないの?」
見事に無視を食らった。しかしこんなところでめげていては教師などやっていられない。
「ええんよ。そんなんは自分だけが知っておけば。」
やはり返事はなく、南はソファーの上で腕を組んだまま。思わず苦笑いする。
「…ご飯まだなんやろ?せっかくやから食べて行き。何もないけど」と言い残してキッチンへ向かった。
まさか教え子に手料理を振舞う日が来ようとは。
こう見えて料理はそれなりに出来た。好きな人が喜ぶ顔が見たくて大学時代には頑張ったものだ。
卒業してちょうど1年経った頃、つまりはほんの数ヶ月前の事だ、終わってしまったのだけれど。
「じゃ、じゃ、じゃーん。」
こんな効果音をつけて現れた教師に冷たい反応が返ってくるはずだった。南という生徒が相手なら。
「あれ?」
ソファーの上で長い手足を折り曲げて横になるその姿に慌てて皿を放り出し駆け寄る。
「みっなみくーん」
チョンチョン、と指先で肩を押すが反応はない。
「お家の方が心配するでー。ってかあたしが困るんですけどー。」
覗き込めば目に映る無防備な顔に思わず笑った。なんだかんだ言っても、こうやって見ればまだまだ子供じゃないか。
「仕方ないなぁ。」
フウと大きくため息を吐く。
ハードな部活で疲れているのだ仕方がない。無理やり起こすのも気の毒な気がした。
こんな大きな身体にこのソファーは寝心地が悪すぎる。少しすれば起きるだろうと毛布をかけておいた。
再び落ち着いたところで温くなったビールを冷蔵庫に戻し新しいのを取り出す。
一本でやめて少し勉強しようかとも考えたが面倒になってきた。
「今日はなんとなく2本。頑張ってるあたしにご褒美や!」
イエイとビールを突き出して、ちょっと贅沢な日の為に取っておいたスモークチーズも取り出す。
「一日くらいなら太らんって。」
一人暮らしを始めて増えた独り言を言いながら、寝ている南の他所に一人宴会を始めた。