Secret lover
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部屋の外に出て南の後を追った。
南がやけに早足なので小走りにならざるを得ない。
「待って、もう少しゆっくり」と言う声は完全にシカトされたかと思いきや、外廊下から階段に降りるために角を曲がった途端に急に速度が落ちたから、うっかり大きな背中にぶつかりそうになった。
「危ないなぁ」
南は答えない。
他にかける言葉もみつけられなくて、無言のまま南の後ろについて階段を降りた。
見上げることしかなかった長身の南の頭のてっぺんが見えそうだ。角度が違うとよりがっしりとして見える肩に視線を奪われたのはほんの少しの時間だったと思う。
スカッと足下が地面を捉え損ねた感覚にブワッと体から汗が吹き出した。
「キ……っ」
ズルンと身体が後ろに傾いて、大袈裟な音と共に階段の角に強かに臀部を打ちつけた。
南が足を止めて振り向く。
「何してんねや」
「見たら分かるでしょっ」
恥ずかしさを隠すために急いで立ちあがろうとしたが尾てい骨に痛みが走って自然と動きが止まった。
アホのバカの言われるのだろうと思っていたら、南はその場にしゃがみ込んだ。
「どこ痛めたんや。足か?」
憎まれ口で来たら憎まれ口で対応できるのに、そんな風に言われるとこちらも塩らしくなってしまう。
「…足は大丈夫。お尻がめっちゃ痛い」
無言で立ち上がった南が手を差し出した。
断るのも不自然な気がして、少し迷ってそれを取る。ざらりとした手のひらの感触と握り込めない大きな手。
グイっと力任せに引っ張られて身体を持ち上げると、やっぱり尾てい骨が痛んで「いった」と顔を顰めた。
「分厚い肉のついたケツやから大したことないやろ」
南を睨みあげたのは形だけで、その憎まれ口に思わず口元が緩みかけたのに、彼は続けて「しんどいなら部屋戻ればええやんけ」と言った。
膨らんだ気持ちはたちまち萎んでしまう。
一体どんなつもりでそんなことを言うのだろう。1人で行くといった買い出しに強引についてきたのは南なのにと、よく分からない不満のような感情が渦巻く。
酔っていなければもう少しこの感情を整理できたのかどうか、それさえもわからない。
でも、今なら酔いに任せて少し大胆になれそうな自分に期待するような気持ちもあった。
スカートを払いながら「歩けへんわけやないし」と言い訳のように呟くと、南が「行くで」と前を向いた。
そして次の瞬間、再び手のひらに南のそれが触れる。
「酒飲んだらロクでもないな、ジブン」
南の手を振り払わなかったのは、そこに手を繋ぐ理由があったからだ。言い訳のような理由だったとしても、だ。
「オレが男やったら人前で飲ませへんわ」
「あたしの楽しみを奪うような男はお断りや」
たらればの話をしたところで何にもならないけれど、たらればの話は心を浮立たせた。
お互いに離すまいとするようにしっかりと握られていた手は階段を降りきったところで離れてしまって、それを少し寂しく思った。
南だって、チームメイトの彼女とどうにかなるつもりはないだろう。
あの頃も今も、南との間には橋のかけられない川が流れている。
土屋との関係を知った南が今何を思っているのか知る事が出来たら、この胸のモヤモヤは晴れるのだろうか。
南が言葉を発するのを期待していたけれど、彼は口を噤んだままで長い足を弄ぶように気怠そうに歩く。
アパートからコンビニまではそれほど離れていなくて、会話もないまま到着しそうだった。
いつもは有難いコンビニまでの距離が、今日は少し恨めしく感じた。
ガーっと自動ドアが開くのにあわせて店内に入る。店員には自分たちがどのように見えているのだろうと、ふと下らないことを考えた。
「何買うん?」
「ビール」
「ビールだけやなくって、何か要るって言ってへんかった?」
「知らん」
「もー、人の話はちゃんと聞いときなさいよー」
「お前もな」
コンビニの公衆電話から土屋に電話をしてもよかったが、あまり気が進まなかった。
「テキトーにおつまみ買って帰ろ」
会計を済ませると、南が当たり前のように水物の入った袋をとった。
ツマミばかりが入った袋はさほど重くなくて「南くん重たない?少しこっちに入れようか?」と聞いたが、そっけなく「いい」と返された。
実は南は怒っているのかもしれない、と思う。
「岸本くんと連絡取ってる?」
それから無難な話題を振ってみても会話は続かなくて、再び黙り込む。
南の不興の原因が、もしかしてそれだったとしても、謝るのは違うと思う。
恋愛に於いては、もしかすると気持ちよりタイミングの方が重要かもしれないし、それを縁だと言うのなら、南とは縁がないのだと考えるしかない。
「いつから?」
その時、不意に南が口を開いた。
「え?」
「土屋とは」
気まずくて言い淀むと「卒業してからそんなに経ってへん」と彼は言った。
そばにいてくれたのが土屋だったから。
靡かない自分を待っていてくれたから。
それが土屋でなく南だったら今は違う形だったかもしれないだなんて、そんな事を考えるべきじゃない。
「何や、偶然会う事が重なって…」
「結局相手にされてへんかったんやな、俺は」
弾かれるように顔をあげるとこちらをジッと見つめる南の目に捕らわれてドキリとした。
そしてあんなに心が乱された時間が嘘だったわけではないと再確認する。
「そんな事…」
フリーでいてくれたなら或いは。
射るような視線から思わず目を逸らすと、アルコールのせいで脆くなっていた涙腺から何故か涙が溢れた。
「何で泣くねや。泣きたいのはこっちや」
「泣いてません!目にゴミが入ったの!」
化粧が崩れないように指先で目頭を拭う。南は「フーン」と気のない返事をした。
何か悔しいと思った次の瞬間、南がこちらの顔を覗き込むように少し腰を屈めた。
「どっちや」
「え」
「ゴミ入ってんやろ」
ゴミなんて言い訳だと分かっているくせに。
「性格悪っ」
そう言って口を尖らせると突然近づいてきた南の顔、そして唇が触れる。
一瞬離れたそれが確かめるようにもう一度触れる頃には自然と目を閉じていた。温かくて、しっとりと柔らかい。
カサリ、とコンビニのビニール袋の音をたてて南が唇を離した。
「今度は怒らんのかい」
低く、囁くような声。
至近距離で視線が絡まる。
少し重たそうな一重瞼の下のまっすぐな瞳に吸い込まれそうだ。
「別れたらいーやんけ」
そう彼は言った。
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南がやけに早足なので小走りにならざるを得ない。
「待って、もう少しゆっくり」と言う声は完全にシカトされたかと思いきや、外廊下から階段に降りるために角を曲がった途端に急に速度が落ちたから、うっかり大きな背中にぶつかりそうになった。
「危ないなぁ」
南は答えない。
他にかける言葉もみつけられなくて、無言のまま南の後ろについて階段を降りた。
見上げることしかなかった長身の南の頭のてっぺんが見えそうだ。角度が違うとよりがっしりとして見える肩に視線を奪われたのはほんの少しの時間だったと思う。
スカッと足下が地面を捉え損ねた感覚にブワッと体から汗が吹き出した。
「キ……っ」
ズルンと身体が後ろに傾いて、大袈裟な音と共に階段の角に強かに臀部を打ちつけた。
南が足を止めて振り向く。
「何してんねや」
「見たら分かるでしょっ」
恥ずかしさを隠すために急いで立ちあがろうとしたが尾てい骨に痛みが走って自然と動きが止まった。
アホのバカの言われるのだろうと思っていたら、南はその場にしゃがみ込んだ。
「どこ痛めたんや。足か?」
憎まれ口で来たら憎まれ口で対応できるのに、そんな風に言われるとこちらも塩らしくなってしまう。
「…足は大丈夫。お尻がめっちゃ痛い」
無言で立ち上がった南が手を差し出した。
断るのも不自然な気がして、少し迷ってそれを取る。ざらりとした手のひらの感触と握り込めない大きな手。
グイっと力任せに引っ張られて身体を持ち上げると、やっぱり尾てい骨が痛んで「いった」と顔を顰めた。
「分厚い肉のついたケツやから大したことないやろ」
南を睨みあげたのは形だけで、その憎まれ口に思わず口元が緩みかけたのに、彼は続けて「しんどいなら部屋戻ればええやんけ」と言った。
膨らんだ気持ちはたちまち萎んでしまう。
一体どんなつもりでそんなことを言うのだろう。1人で行くといった買い出しに強引についてきたのは南なのにと、よく分からない不満のような感情が渦巻く。
酔っていなければもう少しこの感情を整理できたのかどうか、それさえもわからない。
でも、今なら酔いに任せて少し大胆になれそうな自分に期待するような気持ちもあった。
スカートを払いながら「歩けへんわけやないし」と言い訳のように呟くと、南が「行くで」と前を向いた。
そして次の瞬間、再び手のひらに南のそれが触れる。
「酒飲んだらロクでもないな、ジブン」
南の手を振り払わなかったのは、そこに手を繋ぐ理由があったからだ。言い訳のような理由だったとしても、だ。
「オレが男やったら人前で飲ませへんわ」
「あたしの楽しみを奪うような男はお断りや」
たらればの話をしたところで何にもならないけれど、たらればの話は心を浮立たせた。
お互いに離すまいとするようにしっかりと握られていた手は階段を降りきったところで離れてしまって、それを少し寂しく思った。
南だって、チームメイトの彼女とどうにかなるつもりはないだろう。
あの頃も今も、南との間には橋のかけられない川が流れている。
土屋との関係を知った南が今何を思っているのか知る事が出来たら、この胸のモヤモヤは晴れるのだろうか。
南が言葉を発するのを期待していたけれど、彼は口を噤んだままで長い足を弄ぶように気怠そうに歩く。
アパートからコンビニまではそれほど離れていなくて、会話もないまま到着しそうだった。
いつもは有難いコンビニまでの距離が、今日は少し恨めしく感じた。
ガーっと自動ドアが開くのにあわせて店内に入る。店員には自分たちがどのように見えているのだろうと、ふと下らないことを考えた。
「何買うん?」
「ビール」
「ビールだけやなくって、何か要るって言ってへんかった?」
「知らん」
「もー、人の話はちゃんと聞いときなさいよー」
「お前もな」
コンビニの公衆電話から土屋に電話をしてもよかったが、あまり気が進まなかった。
「テキトーにおつまみ買って帰ろ」
会計を済ませると、南が当たり前のように水物の入った袋をとった。
ツマミばかりが入った袋はさほど重くなくて「南くん重たない?少しこっちに入れようか?」と聞いたが、そっけなく「いい」と返された。
実は南は怒っているのかもしれない、と思う。
「岸本くんと連絡取ってる?」
それから無難な話題を振ってみても会話は続かなくて、再び黙り込む。
南の不興の原因が、もしかしてそれだったとしても、謝るのは違うと思う。
恋愛に於いては、もしかすると気持ちよりタイミングの方が重要かもしれないし、それを縁だと言うのなら、南とは縁がないのだと考えるしかない。
「いつから?」
その時、不意に南が口を開いた。
「え?」
「土屋とは」
気まずくて言い淀むと「卒業してからそんなに経ってへん」と彼は言った。
そばにいてくれたのが土屋だったから。
靡かない自分を待っていてくれたから。
それが土屋でなく南だったら今は違う形だったかもしれないだなんて、そんな事を考えるべきじゃない。
「何や、偶然会う事が重なって…」
「結局相手にされてへんかったんやな、俺は」
弾かれるように顔をあげるとこちらをジッと見つめる南の目に捕らわれてドキリとした。
そしてあんなに心が乱された時間が嘘だったわけではないと再確認する。
「そんな事…」
フリーでいてくれたなら或いは。
射るような視線から思わず目を逸らすと、アルコールのせいで脆くなっていた涙腺から何故か涙が溢れた。
「何で泣くねや。泣きたいのはこっちや」
「泣いてません!目にゴミが入ったの!」
化粧が崩れないように指先で目頭を拭う。南は「フーン」と気のない返事をした。
何か悔しいと思った次の瞬間、南がこちらの顔を覗き込むように少し腰を屈めた。
「どっちや」
「え」
「ゴミ入ってんやろ」
ゴミなんて言い訳だと分かっているくせに。
「性格悪っ」
そう言って口を尖らせると突然近づいてきた南の顔、そして唇が触れる。
一瞬離れたそれが確かめるようにもう一度触れる頃には自然と目を閉じていた。温かくて、しっとりと柔らかい。
カサリ、とコンビニのビニール袋の音をたてて南が唇を離した。
「今度は怒らんのかい」
低く、囁くような声。
至近距離で視線が絡まる。
少し重たそうな一重瞼の下のまっすぐな瞳に吸い込まれそうだ。
「別れたらいーやんけ」
そう彼は言った。
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