Secret lover
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ギュウと胸の奥が締め付けられて熱くなる。
タイミングは悪かったかもしれないけれど、来て良かったと思う。
彼に拒絶されなくて良かった。受け入れてくれた事が嬉しかった。
ツンと痛くなった鼻を啜ってから靴を脱ぎ、土屋の後を追った。
彼の背中に身を潜めるようにしながら部屋に踏み入ってみると、他の人たちは既に飲み始めていた。
その雑多な雰囲気に、何となくホッとする。
「ビールでいい?」
「うん」
手招きされるままに土屋の隣に膝を揃えて座った。
「足、崩しや」
土屋が「ほら」と指した友人たちは、胡座をかいたり立て膝をしたりと思い思いの格好で呑んでいる。
「うん」
既にどこかで呑んで来ている彼らとの温度差を埋めるには、自分も呑むしかないと手渡された缶ビールのリングプルに指をかけた。
蓋がプシュッと明るい音をたてる。
「乾杯」
隣の土屋が持っていた缶に、小さく自分のそれを合わせると自然と笑みが零れた。
「ん、」
土屋が目を細める。
その様子を目ざとく見つけた友人が「彼女、乾杯乾杯!」と乾杯をせがんだのをきっかけに口々に乾杯をせがまれた。
学生たちの独特のノリは、そう遠くはない自分の学生時代を思い出させる。
あの頃自分の隣には…と不意にそれが頭を過り、隣の土屋を見上げた。
鼻筋の通った端正な横顔。薄い唇も尖った顎も涼やかな目も―――――好きだと思った。
隣に座る土屋は、体の重心を腕に傾けるようにして床に手をついている。
本当は、すぐ近くにある彼の手に触れたかった。
けれど人前でそんなことを出来るはずもなかったから、口に含んだビールと共にその感情を飲み込んだ。
その時、騒がしい室内に呼び鈴の音が響いた。
「おー来た来た」
入り口近くに座っていた一人が億劫そうに立ち上がって玄関に向かう。
その背中を見送りながら、土屋が迷惑そうに眉根をよせた。
「まだ誰か来るんかい。もう入らへんで」
「まぁまぁ、ちょっと2、3人合流しただけやがな。はい、詰めて詰めて」
長身の影が数人、敷居にぶつからないように少し頭を下げて入ってくる者もいた。
ただでさえむさ苦しい男子の集団なのに、彼らときたら普通よりも長身揃いなのだから、圧迫感が半端ない。
入り口近くに座る者達が重たい腰を引き摺るようにして移動させているのを見ながら、場違いな自分の肩身がどうにも狭く思えて、上手く切り上げて帰ろうと考えた。
土屋の肩に手を掛けて耳打ちしようとしたそれを遮るように「お、女の子いてるやんけ」という声がした。
明らかに自分の事を指しているそれに開きかけた口をつぐんで、土屋の肩から手を離す。
「残念、土屋の彼女~」
知らん顔で居るわけにもいかず、そちらに向けて会釈しようと顔をあげた次の瞬間、作っていた笑顔が凍りつく。
部屋に入って来たのはその人だけではないのに、吸い寄せられるように視界には彼の姿しか入ってこなかった。
そして相手もまた、直ぐにこちらに気づいた。
いつもなら少し重たそうな目蓋をこれ以上ないくらいに持ち上げて、こちらを見据えている。
絡まった視線を外せない。どうして。
「…なんで…」
頭の中で回っていた言葉は自分ではなく彼…南の口から漏れ出た。
頭の中が白く弾けて短く息を吸う。
「なんや、知り合い?」
誰かの声がした。
「せやった」
不意に隣から発せられた声に肩を引き寄せられて我に返る。
「南の高校んときの先生やってんやな」
「えっ!カノジョいくつぅ~?」
「年上?」
にわかにその話題に振り回される人たちの声が、耳には届くが頭にまでは入ってこない。
ただ自分を抱き寄せている腕の主を呆然と見上げた。
鼻筋の通った端正な横顔。薄い唇も尖った顎も涼やかな目も、いつもより少し鋭く見えた気がした。
「ごめんやで。##NAME1##先生、取ってもーた」
冗談めかした土屋の台詞に、綺麗に整えられた南の眉がピクリと動く。
「…なんやと?」
それは暢気な周囲の雰囲気を壊すものではなかったが、それでも周りとは少し違った空気が2人の間にはあるように思われた。
胸の辺りから締め付けられるような何かに震えだした指先を握り込む。
「聞こえへんかった?##NAME1##先生、ボクの彼女やねん」
耐えられなかった。
「もうえーやん」
「なんで?」
「恥ずかしいわ」
「ふーん」
なんとか土屋のそれを止めさせて俯く。
自分が今、どの様な顔をしているのか分からないから怖い。
「へぇ」と小馬鹿にしたような声は南のものだった。
「お前、オバコンか」
無表情で憎たらし台詞を吐く彼に、土屋も涼しげな表情を崩さない。
「違うわアホウ」
「…若作りしてんのに騙されてんやな」
「んなわけ…」
そんな二人のやり取りを周囲の茶化す声が邪魔した。
「なんでやねん、センセー可愛いやんけー」
「妬くなドーテー」
「センセどないしますか、南の野郎」
「俺がシメときますわ」
外野が騒ぎ立てたことでそれはうやむやになっていく。
「嫌い嫌いも好きのうち~」
「やかましっ」
しかし、誰かが言ったそれに南が噛みつくような反応をした。
「俺はなァ、こないだコイツのせいで練習前にグランド10週走らされて…」
それが土屋の練習を見に行ったあの日の事だと気づいてギクリとした刹那、視線を感じで隣を見上げると此方を見据えている土屋と目があった。
「南に会うたん?」
「あぁ…うん」
「いつ?」
「…あの、練習見に行った日…」
だからと言って、些細な喧嘩の原因となったあの日のイライラの本当の理由を、土屋に見透かされるはずはない。
「それ、聞いてへん」
「だって、それどころやなかったやん。」
動揺を見せてはならない。
ただの教師と生徒、それ以上の事を土屋が知るはずがないのだから。
「お前、嫌われてんねんて」
向こうでは尚もチームメイトが南をからかいのネタにしている。
「かわいそうな南くんに乾杯」
「チース」
「今日南のおごりな」
「アホか。俺が奢られなアカンとこや」
「ほら乾杯乾杯」
アルミ缶を持ち上げての乾杯が再度始まる。
まだ何か言いたげにしながらも、周りに配慮してか口をつぐんだ土屋に内心ホッとしながらビールを持ち上げた。
入り口近くに座る南は顔を上げればちょうど正面で、ドキリとした内心を知ってか目が会うと彼は腰を浮かした。
そして長い腕を伸ばして持ったビールを突き出し乾杯を求めてくる。
ただそれだけの事なのに、隣の土屋の視線が気になって堪らない。
震えてしまうのではないかと思うほど緊張しながら缶をぶつけた。
重たい振動が指先から伝う。
ただ、それだけなのに、それさえ意識してしまうから恐くなる。
土屋より少し後ろに座り直して彼の視界に入らぬようにしたのは、動揺している理由を土屋に気づかれるのが恐かったからかもしれない。
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