Secret lover
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冷蔵庫のビールを胃に流し込み、ふて寝を決め込む。
胸の中のモヤモヤは次第にイライラと混ざり合って、帰り着く頃にはどうにも収拾がつかなくなっていたのだ。
全てなかったことにしてしまいたい。思い出したくない。
アルコールの助けを借りて寝ることで、僅かな間だけでもそれから逃れようとした。
そうしてどれくらいの時間が経っただろうか。
チャイムの音で目を覚ました##NAME1##は、今し方呼び鈴を鳴らした人物を恨めしく思った。
「……」
居留守を決め込んでいる##NAME1##の耳に再びチャイムの音が聞こえる。
伏せたまま尚もベッドから動かないでいると、扉を叩く音に続いて聞き慣れた声がした。
「##NAME1##さん、居てんねやろ」
ブワリ、と色んな感情が湧き上がり、混ざり合う。
わざわざこんな時間にやって来るなんて、後ろめたい気持ちがあるからに違いない。
そんな疑念と憤りの反面、それを弁解に来てくれたのなら、そこにはまだ確かな愛情の存在が感じられて嬉しくないわけではない。
放っておかれたら立つ瀬がない。
ドンドン、と、再び玄関から扉を叩く音が聞こえた。
それでも両手を広げて待っていたような素振りは見せたくなかったし、実際そんなつもりもなかった。
土屋は後輩の女の子達のことだけではなく、南の事も話してくれてはいなかった。
彼は自分に何も話してくれない、何も共有してくれないじゃないかと、そんな不満が溢れ出す。
「##NAME1##さん、」
土屋の声を聞きながら、彼のそれとは違う、感情の表れ易い大きな瞳と、少し厚めの唇を思い出していた。
―――変わらない
当たり前だ。
あれからそんなに長い月日が過ぎた訳ではない。
だから尚更なのだ。
どうしたら次会える?なんて思わせぶりな台詞は狡い。
忘れようとすればするほど捕らわれる。
「##NAME1##さん?」
不意に土屋の声に苛立ちが混じり始めた事に気づいた。
怒っているのは自分なのだという気持ちがあるから、それはそれで腹立たしい。
けれどその一方で鬱陶しい女だと思われたくないのは、彼を好きだから、彼に恋しているからなのだと思う。
南の幻影を振り払って、##NAME1##は漸く立ち上がる。
玄関の鍵を開けると、こちらがノブに手をかけるより先に扉が開いた。
その向こうに無言で立つ土屋と目を合わせないまま「寝てた」と言ったことを、##NAME1##はすぐに後悔した。
言い訳がましい事を言う必要はなかったのだから。
「そう」
土屋はそう言って「上がってええかな?」と問った。
「今日は疲れてるから、ごめん」
そっけなくそう返す自分を、我ながら可愛くないと思う。
「寝ててええよ。邪魔せぇへんし」
「独りがええねん」
「なんで?」
「疲れてるから」
「せやから寝てたらって言うてるやん」
「せやから独りでおりたい言うてるやんか!」
刺々しい声に土屋が口を噤む。
嫌な沈黙が流れた。
「……怒ってんの?」
今度は##NAME1##が黙り込んだ。
しかし無言の意思表示は土屋に伝わったようだった。
「なんで?」
「なんでって…!」
反射的に顔をあげてしまって少し怯む。
それは正面から自分を見下ろしている土屋と目があったからというだけではなく、彼が思いのほか冷静な、無表情に近い顔でいたからだ。
「なんで?」
彼はもう一度、先ほどよりゆっくりとした口調で問った。
「解れへんの?」
問い返されて土屋は、僅かに首を傾け目を泳がせるような素振りをする。
「僕に怒ってんの?」
「他に誰がいてんの」
「怒られなあかんことしたのは僕なん?」
「何言うてんのキミ。ふざけてんのやったら帰って」
彼は再び##NAME1##に視線を戻した。
「きちんと説明してや」
「なんで私が説明せなあかんの。言いたくないわ」
「なんで?」
「なんでなんでって…!」
思わず声のトーンが上がった。
「子供とちゃうんやろ!少しは自分で考えてよ!」
「だからなんで怒んねん。普段そんなことで怒る人ちゃうやんか」
「疲れてんのッ!!」
「うっわ」
土屋が眉間にシワをよせて、苦々しい顔をしてみせた。
「ヒス。ヒスって言うんやろそれ」
「知らん!もう好きにし!」
背を向けて部屋の奥に引っ込もうとすると、ズカズカと上がり込んできた土屋に腕をつかまれた。
振り向けばそこには先ほどまでと違った真剣な表情の土屋がいる。
「そんなに怒る?イライラし過ぎ違うか?」
彼から僅かな憤りが感じられるような気がして、##NAME1##は思わず腕を引く力を緩めた。
「理由教えてや。僕が悪いん?」
「…なんで…」
どうしてこんなに苛々しているのだろう。もしかして自分は土屋に八つ当たりしているのだろうか?
少し冷静になると怒りの所在が分からなくなる。
「…私には…練習見に来んなって、言ってたやんか」
「うん、言った」
「後輩とか、みんな来てるやんか」
「せやな」
「なんで私は行ったらアカンのよ。キャーキャー言われとったくせに」
「あぁ…」
「それで?他に何が必要なん?十分やろ!」
腕を掴んでいた土屋の手から力が抜けてほどける。
「そんなこと?」
「“そんなこと”?」
「いや、せやかて…」と土屋は言い淀んだあとに至極真面目な顔で「妬いたん?」と聞いてきた。
「………」
あの時、土屋に熱をあげているギャラリーにヤキモキしたかと聞かれれば、そうでもなかったと##NAME1##は思う。
“何でそんなイライラしてんの?”
その理由を探して押し黙ったままの彼女に、土屋は細い目を殊更細めた。
「あんなん気にするとは思わへんかった」
土屋の言うことは、おそらく正しい。
ずっと引っかかっているのはそれではなくて南のことだ。
土屋が話してくれていたら、今、彼に会ずに済んだ。
もう少し時間が経っていれば、きっと彼の前でも上手く笑えた。心がざわつく事などなかった。
彼に抱いていた感情を過去のものだと切り離してしまえていたはずなのだ。
けれど、だからといって、それを正直に目の前の恋人に話してしまうほど愚かではない。
『実はあんまり豊玉の生徒には会いたくなかってんや。素行が悪くて苦労させられたから』なんて、暗に南に会いたくなかった理由を上手く繕えるほど器用でもない。
「僕の彼女は##NAME1##さんやんか。目移りなんかせぇへんし」
ドキリとした。
後ろめたいのは土屋ではなくて自分だ。
まっすぐに彼を見れないのはやましい自分なのだ。
「##NAME1##さんは?」
「…え?」
胸の中を見透かされているようで再びドキリとする。
たじろいで答えられずにいると、土屋は天井を仰ぎ「ホンマ嫌んなるなぁ」と、溜め息混じりに呟いた。
「自分がこんなに嫉妬深いなんて知らんかったわ」
乱暴にかきむしられて乱れた彼の癖のない髪が、節くれだった指を離れて元の形に収まってゆく。
厚めの前髪から覗く細い瞳が##NAME1##を捉えた。
「大丈夫。##NAME1##さんかて、目移りなんかせぇへんやんな?」
優しい土屋の声に、背中をなぞられるような心地がした。
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