Secret lover
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小さく舌打ちしてそのあとを追い掛けようとした南の前に黒い影が立ちはだかった。
ゲ、と言わんばかりの表情を作った彼だったが、慌てて「チース」と挨拶をする。
「おぅ南、朝から女のケツ追い掛け回して余裕やのー。走らすぞ。」
「そんなんと違いますよセンパイ。今のは高校んときの先生で…」
言いながらもなお、その後ろ姿を目で追っている南に、先輩と呼ばれた男は「お前なー」と呆れた声を出した。
「なんで先生がお前見て逃げんねん。」
「それが分からんから聞いてきますわ。」
そう言って再び走り出そうとした南の肩を"先輩"の手がガッチリ掴む。
首を捻って振り向いた南に彼は「あかんなー」と小さく首を振った。
「今度からはもう少し上手い言い訳考えれ。そしたら見逃したるわ。」
「言い訳とかやなくて、これホンマですよ」
必死の南の言葉を真に受ける事なく、彼は笑いながら親指でグラウンドを指差した。
「10周」
そんなに沢山走ったわけではないのにもう息があがっていた。
後ろから南が追って来ていないことは知っていたが、それでも足を止める事が出来ない。
駐車場までやって来るともう殆ど止まりかけていた足がガタガタ鳴って、これ以上は走れないと膝に手をついた。
喉が、胸が、痛い。
「なにしてるんや…」
荒い息の下から独り言が漏れた。
お互い恋人の居る身じゃないか。
それなのに心の奥で渦巻くこの罪悪感にも似た気持ちは何なのだろう。
堪らなく苦しい。
今すぐ土屋に会いたい。
彼の顔を見たら胸のモヤモヤが消せる気がした。
やがて駐車場に止めた車から降り立った人を見つけ、その人に聞いたとおりの道を行くとボールの音が聞こえる建物にたどり着いた。
入り口と思しき場所に立つギャラリーが目に入る。
もちろん女の子ばかりで、しかも高校生らしき制服も混じっていた。
「…何で来たらあかんの。見学者、沢山居てるやん」
きっと少しブルーになっていたからそんなふうに思ってしまったに違い。
それなのに、その集団に混じって中を覗き込もうとしたときに耳にした彼女らの会話が土屋の話題だった事がさらに自分を気落ちさせた。
高校生なのだろうか「土屋先輩」「あっくん先輩」と話している彼女達の目的は間違いなく土屋だった。
こうやってファンが見に来ているから自分には来て欲しくなかったのだろうかなんて卑屈に考えてしまう。
土屋の姿を見たかったはずなのに、こんなことなら体育館を探し当てられずに帰ってしまえばよかったと後悔した。
否、やはり大学自体に来るべきではなかったのだ。
そうすれば何も知らずにいられた。
南の事も、何も。
ポロリと涙が零れたのは何故だか解らない。
いい年して年下の男の子たちに振り回されてるなんてと自分を叱咤して、何も知らなかった事にしようと決めた。
踵を返して2、3歩。
突然二の腕に強い衝撃を受けた。
「きゃっ!」
その衝撃で鞄が落ちる。
勢いを削がれたバスケットボールがゴロゴロと植え込みの方へ転がっていくのが見えて、体育館から飛び出したこれの直撃を喰らったのだろうことは容易に想像できた。
「もぅ…」
厄日だ、と思いながらその場にしゃがみ込んで散乱した鞄の中身をかき集める。
「スイマセン!大丈夫ですか?」
顔をあげるとボールをぶつけた張本人なのであろう男子がしゃがんで荷物を拾おうとしている。
「あ、いいです、大丈夫です」
慌てて鞄の中身を押し込むと彼は「ほんまですか?もう落ちてませんか?」と問った。
鞄の中身をザッと確認して気付く。
「あ…鍵が…」
土屋のアパートの鍵がない。
二人でキョロキョロと辺りを見回すとその男子が声をあげた。
「あれですか?」
「あ、そうです」
自分が手を伸ばすより先にその人が鍵を拾い、そして「あれ?」とその鍵についているキーホルダーを指で摘んでひっくり返しながら「これ土屋の…?」と呟く。
そして興味深そうな視線をこちらに向けた。
「え…あ…」
土屋が"彼女"の存在を隠しているのであれば、それをカミングアウトするのは何かその存在を誇示するようで気がひける。
彼は言葉を選ぶように問った。
「土屋のお姉さんですか?」
「………。」
思わず苦笑いが零れた。
他人から見れば、それが当然の反応だろうと理解しながらも、そう思った相手を腹立たしく思う。
「そんなとこです」
「土屋、呼んできましょか?」
「いえ、別に用事はないんで…」
そして付け加える。
「ついでですいませんけど、それ本人に返しといてくれませんか?」
ダムダムとボールをついている土屋に先程の男子がズイと手を伸ばした。
「姉ちゃん来てたぞ」
「は…?」
怪訝そうな顔をした土屋は彼の指先に引っ掛けられた鍵を見て益々眉間の皺を深めた。
「これ、どこで…?」
「せやから姉ちゃん来てたって言うてるやないか」
「…本人がそう言ったんか?」
「いや?けど否定しぃひんかったし。違うんか?」
土屋はその鍵を取ると「なんで彼女やて言わへんのや」と少し不機嫌そうに呟いた。
「え!?」とその部員は驚いて「ホンマか?」と土屋ににじり寄る。
「いや、全然似てへんなーとは思ったんやけど、なんやそうやったんかー。お前の彼女やて知ってたら…」
彼は何故か残念そうに顔をしかめたが、すぐにニヤリと笑った。
「せやけど別嬪やったから今度の試合是非見に来て下さいって言っといた。流石やな、俺」
何かを捜すように体育館を一周していた土屋の視線が戻って彼を捉える。
「なんでそんな余計なことすんねん」
「俺にとっては大切やで。彼女に友達連れて来るように言っといてや」
「アホか」
その時だ。
ゼーハーと息を切らせた南が姿を見せたのは。
目敏くそれを見つけたその部員が「なんや南、遅かったな」と声をかける。
「あ?」
南が不機嫌そうに眉を動かしたのと土屋が嫌そうに眉間に皺を寄せたのはほぼ同時だった。
土屋は黙って南を振り返った。
「息きらせてどしたんや。寝坊か?」
部員の言葉に益々不機嫌そうな顔をした南を気にする様子もなく彼は嬉しそうに続けた。
「残念やったなー。もう少し早かったら土屋の彼女見れたんやで。」
フーンと不機嫌そうな表情は崩さずに土屋を一瞥した南が「それはどこの不細工やねん」と問う。
「それが別嬪…」
「不細工やから手ぇ出すなよ」
土屋が部員の声を遮る。
南は怪訝そうに土屋に視線を向けた。
「なんで俺がお前の不細工に手ぇ出さなならんのや。」
土屋が少し顎をあげて目を細めたその時、集合の笛が体育館に響いてその会話は途切れた。
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