Secret lover
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土屋が出て行って程なく朝食の片づけを済ませて部屋を出た。
彼はゆっくりしていけと言ってくれたが、付き合い始めたばかりの身としては家主のいない家の中はあまり居心地のよいものではない。
ドアノブを回して施錠をチェックし、土屋から預かったその鍵を握り締めて考える。
「やっぱポストなんか入れたら危ないわ」
しかしそれは言い訳で、土屋の通う大学に対する好奇心が棄てられなかったのだ。そして彼の態度も少し気になっていた。
彼が高校生の時分には…といってもつい半年前くらい前には、自分から試合を見に来ないかと誘ってきたのに。
入学したてのルーキーがそう簡単に試合に出られないからかもしれない。
練習場にも普段はギャラリーなんて居ないのかもしれない。
彼女と知れたら周りにからかわれるのが嫌なのかもしれない。
けれど好奇心が勝った。
駄目と言われるとやりたくなるのが人間の心理だ。
「実は仔猫ちゃんがおるんと違うか~」
呟きは階段に響く自身の甲高いヒールの音によって掻き消された。
最寄の駅からひとつ、学生らしき若人が駅前をウロウロしているそこへ降り立ち大学へ向かう。
最初に土屋から大学の名前を聞いたとき「あれ?」と思ったのはどうしてだったか。
あぁそうだ。
学部によっては結構偏差値が高かった記憶があったからだ。
スポーツにもそんなに力を入れていたのかと確かそんな感じだった。
大学の構内は広い。
首を傾げながら何度も案内図を確認するが、バスケ部専用体育館がどれかわからない。
その前にこの案内図を見てたどり着ける気がしない。
誰かに聞こうと回りを見渡してみる。
休日だったせいか構内に人気はなかったが、向こうのグラウンドからは人の声がした。
仕方ないので自力で体育館を探そうと一旦はその場を離れたものの、すぐに諦めて案内図の前に戻る。
今度こそ、としばらくそれを凝視していると、誰かに見られているような気がして視線を外す。
向こうの建物の入口で大学生らしき人がこちらを見ながら首を傾げるのが視界に映った。
不審者と思われたのだろうか。
もしかしたらまだ女子大生で通せるかもという淡い期待は見事に崩れ去り、なんだか悔しい気持ちを抱えながら再び案内図に視線を戻す。
しかし不審者と思われるのも心外だし、どうせならその人に聞けばいいと思い直し、もう一度向こうを見遣った。
すると意を決したように近づいて来たその人の、その顔が次第にはっきりと目に映った時言いようのない衝撃を受けたのだ。頭の中が真っ白になるような。
「…なんでこんなとこに…」
目の前で足を止めた南はそう言った。
何も紡げない言葉の代わりに湧き出す後悔ともつかぬ感情と逃げ出したい衝動。
気まずい沈黙に目を泳がせた南がポリポリと頭を掻いてから再び視線を戻した。
「なんか言えやボケ。」
「ボ…」
悪態がグレードアップしてるなんて突っ込む余裕はない。
「それが久しぶりに会った教え子に対する態度か。」
「あ、あ、そっか…」と思い出したように「久しぶりやねぇ元気やった?」と笑顔を貼付ける。
彼は不服そうに目を逸らした。
「で…?」
南のそれは質問の答えを求めているのだろうかと、自分がここに居る言い訳を必死で考える。
…思い浮かばない。
土屋に会いに来たと言えない自分は一体何なのだろう。
「俺に連絡先教えに来たんやないんかい。」
「は?」
南が眉間に皺を寄せた。
「アンタの部屋に行ったら知らんオバハン出てきよったわ。」
「え…」
南があのアパートに?
何故と言う思いの後に過ぎるしてはいけない期待にも似た気持ちを慌てて打ち消した。
「へー、もう新しい人入ってたんやー。駅近いし便利やもんなーあそこ。」
明らかに不機嫌な表情を見せた南だったが、すぐ諦めたようにため息をついた。
「…まぁ、アンタが俺に連絡先を教える義理はないな。」
義理…。
もちろん生徒だった人に連絡先を聞かれて拒む理由はない。
けれどそれが出来ないのは未だ自分にとっての彼が単なる生徒を越えた特別な存在である事を教えていた。
「えーと…み、南君て、大学…ここやったっけ?」
「どんだけ俺に興味ないんや」
それはイエスなだろうかノーなのだろうか。
確かめたい気持ちより今すぐこの場から逃れたい気持ちの方が勝った。
そしてもうこの大学には来るまい。
「あ、もうこんな時間。急がな遅れるわー。」
急ぐ用事などないのに時計を見るそぶりをして足を踏み出すと南の手がその腕を掴む。
「どうしたら次会える?」
何の為に?
そんなふうに考えてしまう自分が今は何より怖くて仕方がない。
返事の代わりに彼の手を振りほどき、一目散に走り出した。
南が驚いて目を見開く。
「ちょ…なんでや!」
背後からの声に振り返りもせず叫ぶ。
「ゴメ…っ用事思い出したっ!」
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