Secret lover
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変わったのは週末に会うようになったこと。
会えない時には短い時間でも電話をした。
学生と社会人の価値観の隔たりを感じることもあったが、バスケ推薦である以上は結果を出さなければならないと考えている土屋は、同年代の学生と比べればシビアな考え方の持ち主だった。
週末の夜の家デートは食事をして少しだべってといった程度のもので、お互いがお互いの家に泊まるようなこともなく比較的早く切り上げるのが常だった。
その日たまたま遅くなったのは、土屋の部屋で見始めた映画を途中で切り上げられなくなってしまったからだ。
エンドロールが流れ始めたところで壁の時計を見上げ驚く。
「わ、もうこんな時間」
「普通に金曜ロードショー最後まで見たらこの時間になるやろー」とのんびり答える土屋に「せやせや、せやな」と返しながらそそくさと帰り支度を始めた。
「泊まってけばえーやん」
鞄に延ばした手が一瞬止まる。
テレビから視線を外した土屋がもう一度声をかけた。
「遅いし、明日休みやろ?」
付き合いだして一ヶ月も経てばそれすらも自然な流れなのかもしれないが。
「だって…明日も朝から練習あるんやろ?」
「午後からやねん。珍しく。」
なるほどなるほどなるほどねーと心の奥で何度も頷きながらそれを顔には出さず「せやけど何も用意してないし…帰るわ。」ともっともらしい理由で鞄を手繰りよせた。
そして自分に倣って立ち上がろうとする土屋を制する。
「送らんでええよ。遅いし。」
手に持っていた鞄が土屋に掠め取られ、彼はそれをヒョイと肩にかけた。
「泊まってく?部屋まで送らせる?」
首を傾けながら目を細める、その仕種まで様になっているなんて狡い。
たちまちノーと言えなくなってしまうのだから。
身長差を縮める為に背中をまるめて首を傾ける。その仕草が示唆するものを知っていて、##NAME1##は素直に目を閉じた。
キスなら何度もした。
けれどそれ以上の関係に進む事への抵抗心が消えないのは考えすぎてしまうからだろうか。
離れた唇が耳朶を掠めて首筋に落ちる。
思わず首をすくめて「くすぐったい」と訴えた。
「えー?ほなくすぐったろ」
「えっやだっ!」
じゃれあう体がソファに追い詰められる頃には、それを這う手がくすぐる為の動きではなくなっていた。
イニシアチブを握っているのは彼だと思う。
けれどそれに不満はなかった。
今更何かを大切に取っておく年齢でもなければ、「好き」と重ねた言葉にも気持ちにも嘘はない。自然の流れに逆らう理由などないのだから。
朝起きた時に隣に好きな人が居る。
こんな朝を久しく忘れていたような気がする。
ただそれだけで抱きしめたくなった。
無性にキスしたくなった。
あどけなさの残る寝顔をしばらく眺めてからソロリとベット降りてキッチンへ向かう。
誰かの為に朝食を作るのは随分久しぶりだった。
やがて遅れて起き出した土屋の気配を背後に感じたかと思えば、長い腕が腰にまわされた。
「オハヨー」
「ハヨ…」
「もう出来んで。顔洗ってきー。」
気恥ずかしくて何気ないふりをしようとすると味気ない台詞になってしまう。
フフと土屋の声が漏れた。
「え?どしたん?」
一瞬、見透かされてるのかと思ってドキリとした。
自分にだって年上ぶりたいと思う時がある。ささやかなプライドのようなものが。
「いや、なんかえーなぁと思って。こーゆーの。」
そう言った土屋の台詞に思わず笑みが零れた。
くすぐったいような幸せを彼も感じてくれていると思うから嬉しい。
「アカン…ハマりそう」
緩む自分の頬を抓ると「何?」と土屋が首を傾げた。
「なんでもない」
ささやかな朝食をゆっくり終えると、土屋はおもむろにジャージに着替え始めた。
「え?練習午後からやねんやろ?」
彼は少し眉尻を下げる。
「一年は早よ行ってせなアカンことがあんねん。自主練もしたいし…試合近いから」
「試合あるの?」
「んーただの練習試合」
「え、見に行きたい、いつ?」
土屋は視線を遠くに泳がせた。
「いつやったかなぁ。平日やったで多分。」
「うっそ、見に行かれへんやん。」
「えーわ、来んで。どうせ出られへん。」
「えー」と口を尖らすが土屋には見えていないようだ。
「じゃあ、今日ちょっと練習見に行ってもいい?」
「来んでいいって」
土屋は同じ言葉を繰り返した。
納得いかない。
「別に声かけたりせんよ。スミッコでちょーっと見たら直ぐ帰る。」
「それこそ見に来んでええやん。」
「見てみたいやん、ほら…あたし土屋くんがバスケしてるとこ見たことないし。」
「あれ?なかったっけ?」と土屋は動きを止めて顎を少しあげた。
「去年の国体予選…」
そう言って彼はクルリと振り返る。
「見に来てへんかった?」
「だってあの時は…」
そう言いかけて口をつむぐ。
南しか見ていなかったと、そんな事言えるはずもない。
「遠くてよく見えへんかった。前の人が大きくて見えへんかった。お腹を壊していて落ち着いて見れんかった。」
どうせ大して聞いていないだろうと早口でごまかすつもりが「で?ホンマは?」と冷静に突っ込むあたり、たいして真剣に聞いていないようで土屋はそうでもないようだった。
「え、あ、…正直言ってウチの学校の生徒しか見てなかった、ほら岸本くんとか…」
「へー」と言いながら土屋はスポーツバックにポンポンと練習用具を詰め込んでゆく。
チラ…と土屋の様子を横目で見ると彼は立ち上がりひょいとバックを肩にかけて言った。
「とにかく来るな。大学は部外者立ち入り禁止やし、」
「近所のオバサン学食食べに行ってるで。」
「そんな暇あるなら勉強しー。試験近いんやろー。」
「うわ、どの口がその台詞…」
「この口」と不意に飛び込んできた土屋の顔、唇が触れたのはほんの一瞬の出来事。
唖然として離れる土屋の顔を目で追うと彼はニコリと目を細めた。
それだけで、つい笑って流してしまう事を彼は知っている。
「のんびりしてるとまた落ちるでー。」
「………。」
そう言ってバッシュを突っかける大きな後姿が「あ」と何かに気づく。
「パス」
振り返った土屋が投げて寄越したものを慌てて両手でキャッチするとそれは部屋の鍵だった。
「適当にくつろいで帰り。」
「ポストに入れといたらいい?」
「うん」
手を振って土屋を見送りながら、こんなままごとみたいな事を喜んでいる自分が実はまんざらでもなかった。
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