Secret lover
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それからだ。
土屋からの連絡がパタリと途絶えたのは。
新しい赴任先での新しい環境に慣れようと自身が必死であるように、土屋だって初めての大学生活で手一杯なのかもしれない。
化粧や私服で着飾った女子大生達は高校生とは違った刺激で彼を迎えるだろう。もしかしたら新しい恋に出会っているのかもしれない。
しかしあれほどあからさまな拒絶を見せておきながら、実際に彼が離れてしまったと感じるのは寂しかった。
結構薄情なんだな、その程度のものなのか、なんて思ってしまったりもする。
これがエゴであることは分かっていたが、所詮人とはそんな生き物だ。
自分の決断を後悔することなんて多々ある。
その後悔が大きいか小さいかの話。
追われる日常に一息ついた時に、一人暮らしの寂しさだとか恋人が居なくなってもう一年以上も経つのだとかを思い出した。
彼氏が欲しいと思うのは当然の欲求で、自分は新しい恋をして終わった恋を忘れる、そういうタイプの人間だと自覚している。
いつだって新しい恋を探すフリで、どこかで終わった恋を探しているのだ。
大阪は広いし人も多くて、街で偶然出会うなんてことはないと知っていても。
だから6月も終わりだと気づいたある日にかかってきた土屋からの電話は、いつになく胸をワクワクさせた。
『ご飯食べにいかへん?』とありきたりな誘いではあったが、考えてみれば土屋と外で会う約束をしたことはない。
ついでに外食も久しぶりとなれば、嬉しくていつもより気合の入った格好で待ち合わせ場所へ向かった。
ネオンが点り始めた街はけして視界が良いわけではなかったが、長身の土屋は遠くからでも直ぐに見分けがついた。
こちらに気付き笑顔を見せた彼はいつもの彼なのに、何故か何時もと違うような気がして一瞬ドキリとする。
「…あ」
「え?なに?」と土屋が少し首を傾げた。
「あー、今日ジャージちゃうねんな、あー、そっかぁそれでかー。」
何時もと違う気がした理由に納得して安堵する。
「##NAME1##さんも、いつものしかともしれん部屋着やないねんな。」
土屋を睨むと彼はニヤリと笑った。
「可愛いー。似合ってるで。」
何歳になってもそれが誰であっても、可愛いと言って貰えるのは素直に嬉しい。
土屋の事も褒めようとしたがやめておいた。
これじゃあ馬鹿ップル顔負けの馬鹿コンビだ。
久しぶりの外食も久しぶりに会う土屋も新鮮に感じた。
相手が高校生ではないと思うだけで、どこか以前より解放的な気分になれる。
「連絡もせんと、合コンで忙しかったんやろ?どう?彼女出来た?」
「合コンはそれなりに面白かったけど、まぁこんなもんかなーってカンジかな。そう言う##NAME1##さんは?まだ何もないの?」
「まだ、ってなんやねん、まだって。」
「ほなあるんや」と両肘をついた土屋の前で「あったらいいねー」と肩を竦めてみせた。
「結構見落としてるんと違う?」
「え?そう?落ちてないで」
テーブルの下を覗く真似をしてしまう自分は大阪に馴染んで来たと思う。
少しお酒も入っていい気分で店を出ると、週末の華やかな街は行き交う人々さえ艶やかに見えた。
歩いているうちに隣の土屋が時折女の子の視線を集めている事に気付き、そして改めて彼が魅力的な子であることを知る。
「…やっぱ土屋くんって、カッコエーんやなぁ。」
少し驚いたような顔をした土屋が至極真面目な様子で言った。
「今頃気付いたん?」
「わ、どないやねん。」
笑い合う二人の距離が肩が触れそうなまでに近づく。
素直に楽しいと思った。
ワクワクする。
その理由が土屋の魅力にあるのか、それとも久しぶりに歩く夜の街の雰囲気にあるのかは分からなかったし、考えることもしなかった。
それでも大学に入ってから一人暮しを始めたと言う土屋が、遠回りになるにもかかわらず律義に家まで送ると言う言葉に甘えて、予定より少し延びてしまった彼との時間がまた楽しかったは事実だ。
「なんかこう…夏の夜の匂いがする。」
「もう7月やもんなぁ。」
「そうかぁもう夏やんなぁ。」
アパートへの最後の曲がり角が見えてきた。
「夏までには彼氏出来るといいな。ま、ないけど。」
独り言のように呟く。すると隣の土屋が「同感」と言って視線を寄越した。
「##NAME1##さん」
足を止めた土屋に倣って立ち止まる。
「どしたん?」
少し間をおいて、彼はおもむろに口を開いた。
「僕、この春から大学生になったんやけど。」
「うん、知ってんで?…何を今更…」
「もう高校生やないんやけど。」
「…うん」
「まだ駄目ですか?」と彼は問った。
その目は真剣で、とても冗談を言っている様子でも、ましてやナゾナゾ遊びをしている様子でもない。
だからドキリとしたのと同時に怖くなったのだ。
「え?何が?お酒も煙草もハタチからやで、一応。」
土屋は苦笑いとも見える笑顔を作る。
「狡いわ、わかってるくせに。」
長身の土屋が距離を詰めると、それに合わせて自然と顔が上を向く。
掴まれた両肩。
全く想像できなかったと言えば嘘になる。
それでいて動かなかった事に理由があるとすれば、自分の知っている土屋はそんな事をする人ではないと思ったからだ。
まさかこの子を捕まえて、見つけられない新しい恋を求めていただなんて思いたくない。
ほんの少し触れただけのキス。
唇に残る確かな感触は土屋が残したもので、もう思い出せない南のものではない。
「僕はまだ、恋愛対象になられへん?」
土屋の指が髪に触れた途端に呆然と見上げる瞳から涙が零れた。
理由はわからない。
強いて言えば少し酔っていたのだ。だから涙もろくなっていた。
この髪の記憶も唇のそれも、時と共に何度だって塗り代わっていくのは当たり前の事だとわかっているのに。
「…泣かれるのはショックやなぁ」
「ち…違うねん、これは…」
「これは?」
なんと言えばいいのだろう。
言葉を捜せなくて黙り込んだが、しかし今日の土屋はここで退こうとはしなかった。
「好きな人、居るん?」
その言葉を否定するのに躊躇してしまう。
「僕が嫌い?」
俯いたまま、しかし今度はしっかりと頭を振った。
深く息を吐く土屋が視界の隅に映る。
「僕にしとき。」
顔をあげると目に飛び込んでくる土屋の真剣な顔。
「めっちゃ惚れさせたるから。」
蘇る胸の高鳴りは、その言葉を言ってくれたのが彼だったから。
彼と居る時のワクワク感が恋に変わると思った。
踏み出せると、そう感じた。
「…ホンマやな?」
鼻をすすりながら出した声は弱々しくて情けなくて、しかし土屋の耳にはしっかりと届いていた。
返事の代わりにくれた彼の笑顔はきっと後悔しないと思わせてくれたのだ。
小指を立てた手を差し出すと、驚いてか土屋は細い目を目一杯見開く。
「##NAME1##さん?」
「約束やで。めっちゃ惚れさせてや。」
土屋の小指がしっかりとそれに絡まると、どちらからともなく笑顔が零れた。
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