Secret lover
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桜の蕾も膨らみ始めたまだ肌寒い季節に、ここ私立豊玉高校でも卒業式が行われた。
最後のHRを終えた生徒たちが卒業証書を片手に学友との別れを惜しんでいる光景は何度見てもグっとくるものがある。
「##NAME1##センセ、写真撮ろー。」
女子生徒に声をかけられて笑顔でそれに応えた。
もうすぐ臨時講師の任期も終わり自分もこの学校を離れるのだと思うと、いい思い出ばかりではなかったがやはり寂しいものだ。
学校には在校生の姿もチラホラ見受けられた。
バスケ部員達も来ているのだろうか。
そんな事を考えながら、これで最後だからとつい南の姿を探してしまう。
そんな自分に自嘲しつつ止められないのだから尚更可笑しい。
しかしそう都合よく南が見つかるはずもなく、卒業生達と談笑している間も何かに追われるような気持ちが拭えない。
やっとの思いで生徒の輪から離れ、ソワソワと辺りを徘徊しする視線がバチッとぶつかった。
人より頭ひとつ背の高い彼が誰であるか瞬時に理解する。
「…あ」
かと言って近づく理由もない。
思わず立ちすくんだそこへ、何を思ったのか近づいて来たのは南の方だった。
彼は何も言わずに少し俯き、すっかりボタンの無くなった制服のポケットを漁る。
「手ぇ出しや」
「え?あ、ああ…」
意図がよく理解出来ないまま慌てて手を差し出した。
押し付けるように渡された何かに視線を落とすと、それは豊玉バスケ部のカラーに白く4の数字が刺繍されたリストバンド。
「やるわ」
驚いて南を見上げた。
「でもこれは…」
「豊玉バスケ部のこと忘れんな。」
それはサヨナラと聞こえた。
返す言葉もなくてリストバンドを見つめる鼻の奥がツン…と痛む。
下唇を噛んで込み上げてくるものを必死に堪えた。
「忘れんよ、ありがと。」
やがて名前を呼ばれた南が振り返る。
「何処行ってたんよ。探したわー。」
南の傍に居るのが当たり前になったその女子生徒は、彼の姿を見て不服そうな声をあげた。
「わ、ボタンが全部ない。第二ボタンまで…誰にあげたん?」
ヒドーイと本気で突っ掛かってくる彼女に「避難させたんやんけ」と取り出したボタンを手に握らせる南と彼女の距離が親密さを教える。
「偽物やないやろなー?」
「なんやねん偽物て。」
「えーかっこして他の子にあげてもーたから違う人のボタンをあたしにくれるんと違うやろなー?」
「ほなホンマにやればよかったわ。第二ボタンくれ言うてきた一年に。」
「うそー!そんな子おったん!?有り得へん!」
眩しすぎて目を逸らした。
南の隣には自分なんかよりもずっと彼女の方が似合うと思うからその場に居られなくて自ずと踵を返す。
律義な子だと思う。
彼女にも、こんな教師にまでも。
足を止めて掌のリストバンドに視線を落とした時だった。
「##NAME1##ちゃーん」
名前を呼ばれ顔をあげると、少し離れた所で楽しそうに手招きする岸本が見える。
「最後に写真撮ろうや。バスケ部で。」
「え、バスケ部て…ええの?あたし」
ニカッと歯を見せて「水臭いやんけー」と笑う岸本の視線がリストバンドの存在に気付く。
「それ…」
「あ、これな、南くんに貰ってん。豊玉バスケ部の事忘れたらあかんでー言うて。」
岸本は少し首を傾げた。
「てっきり女にやるもんやと思てたわ。」
「彼女にはお決まりの第二ボタンあげよったで。」
「そらそーやろうけどなー」と彼は大きな目でマジマジと見つめてくる。
「…な、なによ?」
「べつにー。」
そう言って視線を逸らした岸本は、ツツと隣に寄ってきて声を潜める。
「アイツと何やあったんか?」
ドキッとして隣を見た。腰を屈めた岸本の顔が思ったより近くにあって二度びっくりする。
彼はゆっくり姿勢を正した。
「ふーん」
ニヤリと笑った顔が不気味だった。
「え?なに?」
「ええねん、ええねん。」
岸本が大きな手で肩を叩く。
「そっかー。背伸びするのが好きなヤツやからなー。」
納得したように頷く岸本の意味深な言葉が頭を心を掻き乱して言葉が紡げずにただ彼を見つめ返した。
このリストバンドに第二ボタン以上の気持ちが込められている可能性に気付いてしまったとしても、だからといってどうする事ができるのだろう。
遠くから「岸本さん」と呼ぶ声は一学年下の板倉のもの。
先輩達の門出を祝うためにわざわざ登校してきた彼の手にはカメラが握られている。
「はよ来て下さい、写真撮りますよ!##NAME1##ちゃんも!」
急かされてバスケ部専用体育館の前に集まると、そこにいた部員達の中には当然南の姿もあった。
「えー、##NAME1##センセ、えーなぁ!あたしカメラマンやてー」
メンバーに入れてもらえなかった南の彼女が口を尖らす。
「えーやろー。」
ブイサインした腕を掴まれて振り返るとそれは南の手だった。
それに導かれて前列中央に収まる。
両脇には引退したキャプテンと副キャプテンといういわば超VIPポジション。
「…あたし端っこでいい…ってか端っこがえーなぁ。」
呟きながらチラリと隣の南を見たが、彼はその台詞が聞こえなかったのか板倉にカメラの使い方を習っている彼女の方に視線をやったままでいる。
掌にあるリストバンドがドクンドクンと存在を主張し始めた。
再び南を盗み見ようとしていつからかこちらを見下ろしていた彼と目が合う。思わず視線を落とした。
ドクンドクンと主張するのはリストバンドなのかそれとも。
「…今日が始まりやったらよかったね」
小さく呟いた精一杯の自己主張は「写真撮るでー前向いてやー」という大きな声によってあやふやになってしまった。
二度三度のシャッター音の間、作り笑いの下でそれを言ってよかったのか否かを考えたが答えはでない。
善し悪しではなく本当の気持ちを知って欲しかった。傲慢な自己満足の為に。
バラけた集団から離れようとしたその行く手に立ち塞がったのが南だと分かったから、その顔を見ないように身体をかわした。
「南ー!」
南を呼ぶ彼女の声で足を止め、そしてこちらを見ていた南を振り返って笑う。
「卒業おめでとー!仲良くしいやー!」
追い立てられるような気持ちを抱えていても、過去に何度後悔しても、やはり追い掛ける事はできなかった。
自分の中にある見栄、意地、体裁、モラル、全ては言い訳だと知っている。
だったら今日この日に、自分の気持ちも写真の中へ閉じ込めてしまわなければならない。
さようなら、豊玉高校で出会った人達。
そしてそこで咲く事なく枯れてしまった恋。
春になれば始まる新しい生活は、それを今までと同じようにひとつの思い出として片付けてしまうでしょう。
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