Secret lover
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自室のベットに腰掛けた姿勢からゴロリと身体を横たえた。離れてしまった人肌の温もりが恋しい。
「…服、脱ぎたい」
「…脱げば?」
南は冗談だと思っているのだろうが実は結構切実で、それくらい気分は最悪なのに少しでも南を引き止めておきたい気持ちがそれを止めた。
バリッと音を立てて茶色い小瓶の蓋を取った南がそれを差し出す。
「飲みにくいから一気に行けや」
再び身体を起こして、言われた通りそれを一気に飲もうとしたけれど、思わず途中で吐いてしまいそうになる口当たりの悪さがそうはさせてくれない。
なんとか薬を飲み終えたのを確認すると南は「ほなな」と帰る素振りを見せた。
「もう帰んの?」
思ったことが素直に口に出てしまったけれど、失敗したとは思わない。
「なんで俺が酔っ払いの看病せなアカンねん。」
南の態度は素っ気ない。追いかけてきてくれて、そしてこの部屋までおぶってくれて、世話をやいてくれて、それなのに彼はここで一線を引いたのだ。
「冷たいなぁ」
それはもう自分への気持ちがなくなってしまったからなのか、それとも付き合い始めたばかりの彼女への気遣いなのか。
どちらにせよ南のその態度は生殺しと言うに相応しい。そして今更ながら自分が南にしてきたことの残酷さに気づかされたのだ。
「なぁ南くん、もしもの話なんやけどな、」
彼が、そんな簡単に彼女を裏切らないだろうことを頭の片隅で認識しながら、今更彼が、自分の求めている返事を出してはくれないだろうと知りながら、それでも酔いという悪魔が自分を突き動かす。
「もし、もしもあの時あたしが…」
それは酔いによって増長した自分勝手な独占欲と自惚れでしかなく、そこから何が生まれるわけでもない。
「卒業するまで待って、って言ってたら南くんは、…待っててくれたん?」
一瞬だが僅かに驚きの表情を見せた南の顔に、微かな困惑の色が浮かぶ。視線を合わせると彼は眉根を寄せた。
「…………アホか」
スウッと酔いが醒めてゆく。
先に視線をそらせたのは向こう。
「待てるわけないやろ」
彼は彼女を裏切らない。
しかし終わった恋に未練などないと、そうは彼の瞳は語らなかった。
「せやなー、短気っぽい顔してんもんなー君は。」
いっそ心変わりを知ったほうが楽だったのかもしれない。
「その前に他の女が放っとかんっちゅーねん。」
「あぁせやせや、せやなー」
自分の笑い声さえ空々しく聞こえる。南の言葉は今ある現実そのもの。
「酔ってるからゴメンやで。別に意味はないねん」とベットに横たわった。
「…あー、高校生からかうの楽しいわ」
仰向けになって出てきそうになる涙を堪えようと顔に腕を押し当てると「性悪女」と呟いた南の声が聞こえた。
けれど悪いのは全部、近づいて来た南じゃないか。その言葉は唇を噛んで飲み込む。
「えーねん、女は小悪魔になりたいねん。」
やがてギシリとベットのきしむ音。
顔を覆っていた腕を持ち上げられて目を開けば目の前には南の顔がある。
「俺も性悪や」
魅惑的な瞳で彼は、覆いかぶさるように長い両腕をベットについて問った。
「…俺の事、好きなん?」
動機があり、きっかけがある。今なら酔いに任せてモラルを棄てることさえできそうだった。「そうだよ」と「好きだよ」とその背中に腕をまわしたら、そうしたら彼はどうするのだろう。彼女を裏切るのだろうか。この南が。
そして高校生に、あろうことか自分の教え子に嫉妬する己の醜さに自嘲し、女をやめてしまいたいとさえ思った。
真っすぐ自分を見下ろすその瞳を見つめ返して笑顔を作る。そして彼女のための答えを選んだ南の為に答えた。
「まさか。だって高校生やん。」
僅かに口端を吊り上げて、南が身体を起こした。
おおきに、と、その唇が動いたような気がして、再び溢れてくる涙を今度は抑えることが出来そうにない。
「アカン、頭痛い」
顔を見せないように背を向けて身体を丸めた。けれど本当に痛いのは頭じゃない。
生徒の前では泣くまいと、そう決めていたのに。
今すぐ帰って。出ていって。
そう言ってしまえるほど強くもなければ大人でもない。これ以上思っていないことを言うことは出来なかった。
「傍におって。今日だけでええから。」
返事の代わりに南の手が頭に触れた。壊れ物を扱うようにゆるりと髪を梳くその指に、また涙が零れた。
次の日目が覚めれば見慣れた部屋には一人きりで、しかしサイドテーブルの上の残骸が昨日確かにここに南が居たことを教えていた。
「うー…最悪」
気分も、体調も、何もかも最悪だった。
上半身を起こして南が残していった薬局の紙袋に視線をやると、そこに置かれたメモに気付く。
<カギは新聞受けの中>
たったそれだけの汚い走り書きだった。
涙は枯れない。
再びベットに横たわって何をするでもなくボーっとただ時計の音を聞く。
どれくらいの時間が流れたのか、不意にけたたましい電話の音が鳴り響いた。
出る気分ではなかったが条件反射みたいなもので、無気力のまま受話器を握る。
『あ、パピ子さん、僕。』
受話器から聞こえた他人の声は、誰かに甘えたいとその感情を思い起こさせた。
誰かと会話を交わすだけで一時なりとも気分は晴れるに違いない。例え相手が高校生の土屋であっても。
『小山ロールは流石に無理やけど、堂島ロールゲットでき……もしもし?』
「…あっちゃん…」
『ダレ』
「あたし…梅田のOLになりたい」
『……求人誌持っていこか?』
それから数十分後に響いたチャイムが土屋の来訪を告げた。