Secret lover
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入り口の壁に数回頭をぶつけながらズルズルとその場に座り込む。床が冷たくて気持ちいいけれどベルが鳴りっぱなしで煩い。
「…あいたー…フフフ…」
あまりの醜態っぷりが可笑しくて笑いが零れた。
「何しとるんや」
自分を覗き込むようにしゃがんだ人影に顔をあげれば、それはやはりどう見たって南なのだ。
「…あれ?…なんでこんなとこにおるん…?」
率直な疑問だった。
受験生がこんな時間にこんな所でアルバイトなんて一体どんな神経をしているのだろうと思う。
お陰でよりによってこんな姿を見られる羽目になってしまった。有り得ない。
「なんでって家やがな」
「………は…?」
「立てるか?酔っ払い」
意味が分からずキョトンとしていると、南の手が腕を掴んだ。
「酔っ払いやないで、転んだだけやん。」
「面倒くさい女やな」と言いながら両脇を抱えるようにして引き上げられる。
「立てる、一人で立てる」
「ほな立てや、酔っ払い」
途端にパッと手を離した南を薄情だと思った。
「何やっとんねん。ツレはどこや。」
「外にタクシーのおっちゃんが…」
途端に南の眉間に深い皺が刻まれた。
「…アンタ、阿保やろ。」
タクシーに乗るまではちゃんとしてたんだと反論してやりたかったが、どうにも不利な気がしたのでやめておく。
すると南がカウンター中から今しがた自分が使っていた椅子を持って来てくれた。立っているのが随分しんどかったので好意に甘えてそれに腰を下ろす。
「ほんで?何がいるんやて?」
「…そ、ソルマックと…栄養ドリンクと…う、気持ちワル…」
「便所はあっち」と南が指した方向にはTOILETと書かれた扉があった。
「吐いたほうが楽になんで。」
「…いい。気持ち悪いけど吐きたないもん。」
「手突っ込んだろか。」
「…あ、アホなこと…を、」
これ以上の醜態を晒せるか。
すると立ち上がって奥にひっこんだ南がしばらくしてから手に水の入ったグラスを持って現れた。
「食塩水のサービス」
「…いらん」
これ以上胃に何か入れたら真面目に吐きそうだ。
「ごちゃごちゃ言わんと飲め」
「いややー」
「帰りの車ん中で吐き散らかす気か?」
どうしてこの男は、こんな時ばかり妙に常識ぶったフリをするのだろう。帰りのタクシーで吐いたら目も当てられない惨事になるのは確かだが。
「…ほ、ほなトイレ借りるけど、あたしが入ってる間は…近づかんといてくれる?」
腐っても好きな男にゲロを吐く声なんて聞かれたくない。
「分かったから」
手渡された水を飲んだら予想通り口を押さえてトイレに駆け込んだ。
吐いた後の後味の悪さはいかんともしがたい。
トイレの洗面台で顔を洗い南に借りたタオルでそれを拭いた。化粧はもうボロボロだ。
「気分は?」
「…お陰さまで随分…スッピン見らんといて。」
「見た後や」
フと視線を逸らした南が壁掛け時計を見上げる。
「一人なら送ったるわ」
ドキリとした。彼女が居るくせに、そんな親切欲しくない。
「いい。外にタクシー待たせてあんねん。」
「一人じゃよう歩けへんのやろ。そんなんで部屋まで帰れる…」
「もうえーから!」
思わずヒステリックな声が出た。
「…気分よくなったし、もう大丈夫やから。ありがと。タオルは洗って返すわ。」
足元がふらつかないように慎重な足取りで出口へ向かう。神経が張り詰めているせいか、自分でも驚くほどしっかり歩けた。
お陰でタクシーの中で粗相をすることもなく、無事アパートに到着した。
釣銭をもらうのも面倒なくらいで、「お釣りはいいです」なんて一生にそう何度もない大盤振る舞いをして車を降りる。
「やっぱ、車に乗るとアカンねん…」
アパートの階段を上る気力もなくその下に座り込んだ。どこから見ても最悪の泥酔女だ。
生まれて初めて道路で寝る人の気持ちがわかった。
「起きろ酔っ払い。」
コンと頭を叩かれたような気がして目を開いた。何となく自分の部屋に帰り着いたような気分になっていたが、辺りを見渡してみればアパートの階段の下で壁にもたれて座り込んでいる事に気付く。
「……あれ…?」
不機嫌そうにこちらを見下ろしていたのは南だった。
「女が最悪やぞ。こんなんじゃ何されても文句言われへんで。」
「…なんで?」
思いきり首を後ろに倒して南を見上げる。心配して来てくれたと言うのなら、有難迷惑極まりない。
「……。」
ひょいと持ち上げた南の手には薬局の紙袋が握られていた。
「あ」
そう言えば商品を受け取った記憶もなければ、代金を支払った記憶もない。
「ホンマ世話が焼けるわ」
「……スイマセン」
思わず項垂れると、その視界に背中を向けて腰を屈める南が映る。
「ほら」
激しく戸惑う。
「え、ええよ、そんな。歩けるし。」
「そんなところに転がっといて歩けるもクソないやろが。早せぇ。」
確かに階段を上がるのはしんどいと思って座り込んだ気がするが、素直に甘えたくはない。
「いや、ほんま。もうそんな…。」
「ガタガタ抜かすな、抱え上げられたいんか?」
厳しい口調に肩を竦める。これではどちらが年上かわからない。
このまま愚図っていたら本当にお姫様抱っこをされてしまいそうな気がして、渋々その背中に腕を伸ばした。
「…おもっ」
「うっさいわ」
広い背中、程よく筋肉のついた腕。触れた場所から南の体温が流れ込んでくる。
今、好きだと言ってこの背中を抱きしめられたら、どんなにか良いだろう。
そう思うとやり切れない気持ちになって、今だけだからとその肩に頭を預けた。
「しんどいー」
「それはこっちの台詞や」
南の髪からはほのかなシャンプーの香りがした。