Secret lover
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
それから時折、休み時間などに南と彼女が二人で居る姿を見かけるようになった。
先日目撃した場面と照らし合わせれば彼らがどんな関係であるかは容易に想像でき、いつしか麻痺してしまった痛みは、やがて胸の奥に巣くう重たい何かに変わる。そして酷く人事のように客観的に見れるようにさえなっていた。
そんな時、大学時代の友人が結婚するという話が耳に入った。じゃあ久しぶりに皆で集まろうかと、その週末に居酒屋に集合することになった。
「でもパピ子んとこが別れるとは思わへんかったわー。」
「わからんもんやなー。一番最初に結婚すると思てたのに。」
「はん、あんな男、ノシつけて新しい女にくれたったわ。」
そんなのもう随分昔の話のような気がする。空になったチューハイのグラスをテーブルに置くと思ったより大きな音を立てた。
「またー、ワンワン泣きながら電話してきたんはドコの誰や?」
「いつの話ししてんの」
「まだ半年くらいしか経ってへんやん。」
「半年も前やん」
新しい酎ハイに口をつながら、楽しいこの雰囲気に今までの嫌な事を全て忘れてしまえそうな気がした。
「そーいえばパピ子って豊玉に行ってんやんな。よう行くで。大丈夫なん?」
「せや。ヤンキーばっかり違うん、豊玉て。」
「今はスポーツに力入れてるからそうでもないねん。言う程悪い子おらへんで。」
「そらアンタが慣れてもーたんやわ。セクハラされる言うて泣いてたやん。」
「わ、高校生のセクハラってどんな?」
そこで今までされたセクハラの数々を面白可笑しく話して聞かせた。結構悩んだ時期もあったんだよと笑いながら話を進めていくと、やがて初めて南とキスした日の事を思い出し、途端に笑えなくなる。
「え、まだあるん?」
「…ううん、大体そんなもんかな。」
慌てて酎ハイを煽った。
「な、貞操の危機とかはなかったん?無理やり体育館倉庫に連れ込まれて…とか」
「ぎゃー、アンタ何か変なドラマの見過ぎやで!」
「それもう危機やないやん。ヤラれとるやん。倉庫に連れ込まれたら。」
「犯罪やん!」
「豊玉やもん!」
「そこは豊玉生に謝れ、そしてアタシに謝れ」
「ほなこんなんはどう?」と友人の一人が身を乗り出す。
「男子生徒と禁断の恋をしてまうねん。二人で密かに愛を育もうとすんねんけど、何度も危機が訪れてな、それでも二人はホンマもんの愛の力で乗り越えて行くんや。そして彼の卒業を待って涙の結婚…」
途端に悲鳴みたいな笑い声が起こる。
「出たで、ドリーマー!」
「ウケる、世間様をナメてる!」
本当に馬鹿らしくて笑える話だと一緒になって笑った。
けれどそれを聞きながら、自分の気持ちを彼の卒業まで守っていられたのなら、彼はそれを待ってくれたのだろうかと一瞬そんなことを考えてしまったのだ。何かが変わったのだろうかと。
空になったグラスを傾けて、また新しい酎ハイをオーダーする。飲んでも飲んでも飲み足りない気がした。
「ちょ、パピ子ピッチ早ない?大丈夫?」
「へーきや、コレくらい。今日は酔わへん気がする。」
「鏡見てから言うてそれ。もう十分酔うてるわ。」
「ほれみてみ、ホンマは元カレの事引きずってんねんで。」
引きずってるのは元カレの事じゃない。
これを誰かの前で吐き出してしまえたなら、それだけで気持ちが楽になって客観的に自分を見つめられる気がする。
誰にも言えないからこの想いはいつまでも胸の奥で燻り続けるのだ。
店を出てから、一人だけ帰る方向が違うのでタクシーを呼んだ。少々足元がおぼつかなかい様子を心配した友人が一緒にタクシーに乗って送ると言ってくれたが、意識はハッキリしているしとそれを断り一人乗り込む。
「パピ子、ホンマに大丈夫なん?」
「大丈夫やて、タクシーに乗ったらすぐやし。ほなおっちゃんお願いしますー。」
バイバイ、またね、と笑顔で手を振って友人達と別れた。
しかしタクシーに乗ってほどなく始まった胸焼けが、車が揺れるたびに咽の奥まで何かを押し上げてくる。なんとか家まで持ち堪えて欲しいと思いながら、心音に合わせて脈打つ頭にも時折鈍い痛みを覚えた。
明日は休みだったが、生まれて初めての二日酔いになったらどうしようという不安が胸を過ぎる。それに今、このムカつきが酷くなったら取り返しのつかない事になりそうだ。
「…ちょ、おっちゃんゴメン。途中どっか、寄れる薬局とか、ない?…もう閉まってるんかな…」
「んー薬局、ね。多分商店街のあそこなら遅くまでやってた思うわ。寄ったろ。」
「近い?」
「すぐや。」
「ほなお願いしますー。」
シートに凭れ目を閉じていると程なくタクシーが止まる。
「そこ、薬局あるの分かる?」
「ほんまや、ちょ、直ぐ戻ってくるから待っててもらえます?」
手で胃の上部あたりを押さえながらタクシーを降りる。こんなに足がフラフラ、体がホワホワするのは初めてで面白い経験だと言えなくもない。この胸焼けと頭痛は宜しくないけれど。
薬局に入ると来客を告げるベルと共に「いらっしゃーせー」というやる気のない声が聞こえた。
「すいませ…ソルマっ…」
入り口を入ってすぐ右横の壁伝いに設置されたカウンターに向かって声をかけると、そこの奥でふんぞり返るように座っていた店番が顔の前に掲げていた参考書をバサリと下ろした。
「…ク…くだ、さ……」
吐き気も忘れて見つめ合う。
「……あかん、酔うてるわ。」
思わずそう呟いて、目に映る幻影を振り払おうと頭を振ったのが悪い。
アルコールのせいでグラリと能内が揺れて、視界が回る。
「おい!」
ガタンという大きな音は誰のものだったのか。
身体が操縦不能になる奇妙な感覚の世界がスローモーションで踊った。