Secret lover
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8月も残り三日となった日曜日。気温が上がり始めた午前中に一本の泣きの電話が入った。
せっかくの休みに面倒だとも思ったが、別段用事もなければ今回の件を呆気なく断るのは気が引けてOKを出す。
家の近くのコンビニを指定して迎えに行くと、傍目から見ても目立つ長身の男が悪びれた様子もない笑顔を見せた。彼に憧れる女の子が見たら失神してしまいそうな飛び切りのヤツをだ。
「今頃夏休みの課題がどうのって…そんなに計画性のない子やとは思わへんかったわ。」
呆れた顔を作って見せても当の土屋は涼しい顔。
「夏休みはバスケ三昧で忙しいねん。きっと南も岸本も、あと板倉もか、終わってへんで」と豊玉から選出された国体メンバーの名前を出して反論する。
「あー、ウチの南くんに限ってそれはないな。岸本くんと板倉くんは、まぁ…あり得るけど。」
土屋が視線だけをこちらに寄越す。
「へー賢いん、南。」
「せやで。頑張り屋さんやねんで。」
薬学部の推薦こそ取れなかったものの、南の学校での成績は悪くない。
「文武両道かいな。エライなー。」
「土屋くんかてやれば出来るんやろ。」
「えーねん僕は。」
少し拗ねたような土屋を連れてアパートに戻る。
少し前に「別に僕はパピ子さんの生徒やないし」と言われた事で、知人の身内に個人的に勉強教えてとやかく言われる筋合いはないと、自身の中で開き直る事ができていた。
「他に教わる人おるやろに。」
「えーやん。パピ子さんに教わりたかったの。」
「なんでよ」
「現役教師やん」
「授業料高いでー」
「身体で払うわ」
「言うたな。よっしゃ今度こき使うたろ。うん、列ばな買えへん店のケーキねだったろ。」
「…マジで?」
大学時代には高時給に惹かれて家庭教師のバイトをした事もあるからマンツーマンで教えるのには慣れていた。
元来集中力はあるらしい土屋の勉強に付き合って、夏休み最後の日曜日は潰れた。
9月に入っても暑さは衰える事を知らず、完全に夏休みボケの抜けきれない生徒を前に教鞭を振るうのはとても億劫だった。
南とは相変わらずの状態が続いていた。向こうが近づいて来ないからこちらからも近づく事はない。
友人と笑っている彼の姿を見ればそれはごく普通の高校生らしい光景で、このまま自分の気持ちを上手にしまい込んでしまえそうな気がしていた。
あとは時間が解決してくれる。そのうち、お互い新しい恋に出会うだろう。
ただ、それがこんなに早いとは思わなかったけれど。
午後からの授業が面倒なのは何も生徒に限った事ではない。
毎週水曜日の午後は授業が入っていないので、冷房の効いた職員室に閉じこもるのだが、その日はたまたま用事があって校内をウロウロしていた。
ふと裏庭に制服を着た人影が見えた気がして廊下の手摺りから身を乗り出し目を凝らす。
3年の女生徒だ。
他に友人がいるのかと思いきや、どうやら一人だけの様子。何かあったのだろうかと気になった。
ここから声をかけるべきか、それともそこまで下りて行って話しを聞くべきか。
そう思案した時、新たな人影に気付いて視線を移す。
「…あー、そういうこと。」
次に現れたのは男子生徒で、さては二人で午後からの授業をサボるつもりだな、高校3年生がいい度胸じゃないかと息を吸い込む。たっぷり肺に溜め込んだそれを、声と共に吐き出そうとしてグッと飲み込んだ。
ああ何故ならその後姿は。
似ている、似ているけれど、頭を過ぎる嫌な予感にそうではないと思いたい自分がいる。
やってきた男子生徒に笑顔で手を振る女生徒の前で彼は足を止めた。しかしここからではその顔を見ることはできない。
照れたような笑顔に少しの緊張感を漂わせた女生徒の前で、気だるそうな男子生徒の後姿が頭を掻いた。
なんだろうこの雰囲気は。一体何をしていると言うのだろうこの二人は。
拗ねたように恥ずかしそうに何かを喋っている女子生徒の顔をぼんやりと視界に映す。
やがて彼女の顔がパァっと輝いた。両手で口許を覆い隠し、飛び上がらんばかりに興奮しているのがここからでも分かる。
その時こちらの視線に気付いたのか女生徒とバチッと目が合って思わず怯んだ。
彼女は満面の笑みを浮かべてこちらに大きく手を振ってくる。
彼女のその行動で、終始こちらに背を向けていた男子生徒がこちらを振り返った。
やはり、と言うべきなのか。こちらを向いたそれが南だったのは。
幾つになっても、何度経験しても、慣れることのない胸の奥の鈍痛を隠して、わざとらしい怒り顔を作り拳を振り上げた。
「ジュ、ギョ、ウ」と口パクで伝えながら戻れと手でジェスチャーする。
女生徒が笑顔のまま顔の前で手を合わせる仕種を見せたが、視線も意識もこちらを見上げる南から外せずにいた。
南の腕を取った彼女と、それに促されて視線を外した南の後ろ姿を見送って深く吐いた息は微かに震えていた。しかし誰に見せるわけでもない笑顔を作ってみせる。
これでいいのだ。全ては終わり、あるべきところに戻っただけなのだから、と。