Secret lover
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本当に来るつもりだろうか、と半信半疑だったが、それでも土屋のその言葉はしっかりと頭の隅っこを占領していた。
7時過ぎとは言ったものの、時計はもう7時半をとっくにまわっている。
本当に待っていたら申し訳ないけれど、なるべくなら部活生の帰宅ラッシュと重ならない時間帯を選びたくてグズグズしていた。
別に疚しいことがあるわけではないのだから堂々としていればいいと思う。けれど、また変な噂が立つのもゴメンだし、なんとなくバスケ部に悪いような気がする。チラリと南の事が頭の隅を過ぎったのは事実。
既に部活動の時間は終了していたが、まだ体育館の明かりはついているし、グラウンドにも他の部活の生徒が自主練習をする姿が見受けられる。
そんな中、明らかにウチの生徒じゃない生徒に…しかもかなり目立つ容姿の彼だ、見つかったら面倒なことになりかねないと、ビクビクしながら校舎を出て彼を探す。しかし周りをウロウロしてみても土屋の姿はどこにも見当たらない。
校門を出たところで足を止めて、再びゆっくりと周りを見渡した。
するとひょっこりと植え込みの陰から土屋が姿を現す。本当に居た。
「遅なってごめん」ととりあえず謝りながら、早々に場所を変えようと提案する。
「え、どっか行きたい所あるん?」
「や、別にそういう訳やないんやけど…」
そう言われれば気分転換にどこかへ行きたい気分だけれど、相手は選ぶべきだと思う。
「ただちょっとここで立ち話…ってのも…あ、何か用事やったん?」
「ん、別に用事ってほどのことでもないんやけど、」
と視線を遠くへ泳がせた土屋が、じゃあどっか行きましょーか、と歩き始めたので慌てて小走りに追いかけた。それに気づいた土屋が歩く速度を緩める。歴然としたコンパスの差。一体彼の身長は何センチあるのだろうと隣を横目で見上げた。
「来たら迷惑やった?」
それに気づいた土屋が視線を落として微笑む。
実は結構迷惑なんです、と答えられるわけもなくこちらも笑顔を返しながら否定する。豊玉校内で流れる噂を本人が知るはずもないのだし、土屋本人を嫌う理由はこれっぽっちもない…はずだ。
そんなことより早く用件を…と口を開きかけた時、キャーという奇声に驚いて振り返った。
向こうから遠慮する素振りを見せながら実は全く遠慮などするつもりもない豊玉の制服を着た女性徒たちが走り寄ってくる。
「センセ!これが噂の彼氏!?」
「大栄の彼氏!?」
授業中には到底見ることの出来ない目の輝きを放ちながら彼女らは土屋に「コンニチワー」とお得意の上目遣い光線をバンバン送る。
「…[#dn=2#]さん、彼氏居てんの?」
女の子たちのがぶりより視線には慣れているのか土屋がそれに動じる様子はない。
「おりませんて」と土屋に返してから女生徒たちに向き合う。
「またー。まだそんな噂信じてんの?事実無根やしー迷惑やしー。これは先生の友達やしー。」
ええー嘘ォー、と喚く彼女らの瞳は、しかし輝きを失うことはない。
「センセ、隠さんでええって。ウチラ口堅いねんで。」
「な、自分大栄学園なんと違う?せやろ?な?な?」
「ホンマカッコええわー、センセ、女なら惚れるって。ええやん、先生かて女なんやから、相手が高校生かて好きなら関係あれへんやん。」
噂の事など何も知らない土屋にとってこれはまさに寝耳に水状態だろう。申し訳なくて顔を合わせられない。
「…へー、豊玉にはオモロい噂があんねんなぁ」
土屋の一言で喧しい彼女たちの口が止まった。
「確かに僕は大栄の生徒やけど、[#dn=2#]さんが言うようにただの友達やねん。期待外れでゴメンやで。」
えー、ウソー、おもんないー、と口を尖らせた彼女たちだったが、直ぐに気を取り直して、今度は自分たちの猛アピールに入る。転んでもタダで起きる気はないらしい。コレくらい必死に勉強も…と思いかけてやめた。どうにも無駄なことだ。
「土屋くん、彼女居てる?」
「居てるよ」
今度こそ彼女らの目がくすんだ、かと思えばやはりそうでもない様子。
大きな失望の声を上げながらも「彼女がおってもええから遊んだってー」と退かない。
そんな彼らの隣で、おそらくその場にいた誰よりも驚いていたのは、合宿の夜の事をしっかりと覚えていたからだ。
真に受けるつもりは毛頭なかったけれど、彼らのやりとりといい、最近の高校生は妙にノリが軽いのだなぁと思ってしまう。
彼女らの攻撃に対して土屋も慣れたもので「僕の彼女めっちゃ嫉妬深いねん。こんなカワイイ子と遊んでたら怒られてまうわ」と両手を胸の前に押し出しストップとでも言いたげな格好をした。
「ほな、センセはええの?」
「高校生やないやん。」
土屋の言うことは正しい。間違いない。
しかしこの年齢で恋愛話の蚊帳の外というのは少し、ほんの少し微妙に寂しい。
そう考えると南は特異な子だったのだろう。どこまで本気だったのかは本人にしか知りえないことだけれど。
「強…、豊玉コワっ。あのスカートの短さはやっぱ伊達やなかったわ…。」
彼女達が去ったあとに、土屋が両腕で身体を抱えるような仕草を見せた。
「ホンマ、あんなんでスイマセン…。ついでに妙な噂もゴメンやで。気ぃ悪くせんといてや。」
最近サッパリいい事がなかった身としては、これで妙な噂も消えるだろうと少し気分が軽くなったのは事実だが、土屋が気の毒なのには変わりないので神妙な顔を作っておく。
「ホンマ迷惑やんな、噂って。せっかく[#dn=2#]さんとお友達になろ思てんのに、噂のせいで[#dn=2#]さんが会うてくれへんなったらどないしてくれんの。」
え?と土屋を見上げると、ちょうど通りかかった公園に目を付けた土屋が小さく手招きしながら車避けのポールをすり抜けた。
慌ててその後を追う。
「な、またなんでそんな?友達なら学校にぎょーさんおるやろに。」
振り返った土屋がニコリと微笑む。
「年上の友達募集中。」
土屋はそのまま前に向き直り、少し先にあったベンチに腰掛けた。手の平で隣を促されたがそれには応えず側に立つ。
「だって[#dn=2#]さんやったら、色々相談に乗ってもらえそうやん?進路とか、恋愛とか。」
あぁ成る程と納得して隣に座った。
「でもな、進路相談は学校に進路相談の先生がおるやろ?あたしなんかより全然詳しいで。勉強してはるはずやもん。」
「えー」
「恋愛相談は…」
ため息混じりに呟いて隣の土屋に意地悪な視線を向ける。
「それ、ホンマにあたしに聞くん?上手なフラれ方教わりたいん?」
土屋が小さく肩を竦めた。
「根に持ってはる…。」
「いや冗談やけど」と笑ってからまた意地悪な事を聞いてみた。
「なに?彼女と上手くいってないの?」
「彼女?」
土屋は涼しげな顔で答えた。
「おらんよ、そんなの。」
「え、だってさっき…」
「面倒な時はああやって言うとくの。」
「わ、サイテー」
土屋が目を細めながら「それにな…」と付け加える。
「なんや元気のない[#dn=2#]さんの相談に乗りたい友達として、なんて迷惑?」
「え?」
思わず顔に手をあてた。
「昼間も、ごっつーブルーな顔してはったで。」
「な、夏バテ…?」
かな?と笑顔を作ると土屋が不服そうに小さく口を尖らす。
「あー高校生なんかに相談出来るかい、って思ってはんねんなぁ。」
「そんなことないで。これは誰にも相談できひんもん。」
口が滑った。
隣の土屋とバッチリ目が合う。
「…やっぱりあるんやん。」
「…や、ないとは言わへん、けど…これ以上聞かんとったって。ホンマ泣きたなるて…。」
少し間を置いて土屋が口を開く。
「それって、恋愛?」
「ハハハ…悩み事イコール恋愛ごと、なんてまだ…」
「もしかしてさっきの高校生の彼氏がどうのってやつ、ホンマなん?」
「なんでやねん」
すぐに否定したが、考えようによっては当たらずも遠からず。ジッタリと胸を重くする苦い記憶に視線を逸らし、知らず遠くを見遣ればフーンと黙り込んだ土屋の姿さえもう視界に映ってはいなかった。
多分、否、確かに好きだったのだろうと思う。すんでで叶わなかった想いほど尾を引く。
「なぁパピ子さん。もし…、もしもやけどな、」
土屋の声で我に返った。
「その噂みたいにホンマに高校生と恋に落ちたらどないする?」
「なにそれ、愚問。」
そう言いながら止められなかった愚か者は誰だ。
「えーやん、例え話やねんから」と土屋が答えをせがむ。今だって答えはあの時と何等変わらないけれど、それを口にするのは辛い。
言い渋っていると、「あ、さてはホンマに生徒と恋しとるん違う?それか何や言われたとか」と冗談であっても身体が震えてしまうような土屋の一言に、思わず目を見開いてその顔を凝視する。
「…え?」
まさか土屋が南とマブダチなんて事はないだろうか、あの合宿の様子を見る限りでは大丈夫だとは思うが、でなくとも南はそんなことをペラペラと喋るタイプではない。その結論に達するまでに、土屋にも頭の中に色んな事を巡らせる時間があったのは確かだ。
「…え?」
マジなん?と零しそうな土屋の肩を叩くと、意外とキツイ当たりになった。
「いやいやいや、そんなわけないやん。」
前屈みになって自らの膝に肘をついた土屋が、こちらの顔を覗き込むようにしながら目を細める。
「高校生とは、恋愛できひん?」
「できひん」
そう答えなければ南が、否、自分が可哀相だ。
「年下やから?」
「先生してるから」
「真面目やねんな」と小さく笑った土屋が身体を起こした。
「でもな、ホンマの恋愛って頭でするもんちゃうと思わへん?」
胸の奥がドキリとした瞬間に沸き上がる不思議な感情。
本当の恋とはなんぞや。
確かに恋愛に理性は必要ないと言う人も居るかもしれない。けれど自分の価値観はそうではない。今更曲げられない。
「いーや。お互いの足を引っ張るような恋愛はしたないわ。せやから頭で考えてしたる。もちろん好きって気持ちは大前提やけど。」
自分に言い聞かせるようにして顔をあげると、隣で土屋が大きく息を吐いた。
「いい子ちゃん、真面目ちゃん。なんで豊玉におんねやろ。」
「お声がかかったからですよ。」
「ファウルは極力避ける主義やから僕。」
は?と土屋を見上げると彼はにこりと笑った。
「バスケの話」
7時過ぎとは言ったものの、時計はもう7時半をとっくにまわっている。
本当に待っていたら申し訳ないけれど、なるべくなら部活生の帰宅ラッシュと重ならない時間帯を選びたくてグズグズしていた。
別に疚しいことがあるわけではないのだから堂々としていればいいと思う。けれど、また変な噂が立つのもゴメンだし、なんとなくバスケ部に悪いような気がする。チラリと南の事が頭の隅を過ぎったのは事実。
既に部活動の時間は終了していたが、まだ体育館の明かりはついているし、グラウンドにも他の部活の生徒が自主練習をする姿が見受けられる。
そんな中、明らかにウチの生徒じゃない生徒に…しかもかなり目立つ容姿の彼だ、見つかったら面倒なことになりかねないと、ビクビクしながら校舎を出て彼を探す。しかし周りをウロウロしてみても土屋の姿はどこにも見当たらない。
校門を出たところで足を止めて、再びゆっくりと周りを見渡した。
するとひょっこりと植え込みの陰から土屋が姿を現す。本当に居た。
「遅なってごめん」ととりあえず謝りながら、早々に場所を変えようと提案する。
「え、どっか行きたい所あるん?」
「や、別にそういう訳やないんやけど…」
そう言われれば気分転換にどこかへ行きたい気分だけれど、相手は選ぶべきだと思う。
「ただちょっとここで立ち話…ってのも…あ、何か用事やったん?」
「ん、別に用事ってほどのことでもないんやけど、」
と視線を遠くへ泳がせた土屋が、じゃあどっか行きましょーか、と歩き始めたので慌てて小走りに追いかけた。それに気づいた土屋が歩く速度を緩める。歴然としたコンパスの差。一体彼の身長は何センチあるのだろうと隣を横目で見上げた。
「来たら迷惑やった?」
それに気づいた土屋が視線を落として微笑む。
実は結構迷惑なんです、と答えられるわけもなくこちらも笑顔を返しながら否定する。豊玉校内で流れる噂を本人が知るはずもないのだし、土屋本人を嫌う理由はこれっぽっちもない…はずだ。
そんなことより早く用件を…と口を開きかけた時、キャーという奇声に驚いて振り返った。
向こうから遠慮する素振りを見せながら実は全く遠慮などするつもりもない豊玉の制服を着た女性徒たちが走り寄ってくる。
「センセ!これが噂の彼氏!?」
「大栄の彼氏!?」
授業中には到底見ることの出来ない目の輝きを放ちながら彼女らは土屋に「コンニチワー」とお得意の上目遣い光線をバンバン送る。
「…[#dn=2#]さん、彼氏居てんの?」
女の子たちのがぶりより視線には慣れているのか土屋がそれに動じる様子はない。
「おりませんて」と土屋に返してから女生徒たちに向き合う。
「またー。まだそんな噂信じてんの?事実無根やしー迷惑やしー。これは先生の友達やしー。」
ええー嘘ォー、と喚く彼女らの瞳は、しかし輝きを失うことはない。
「センセ、隠さんでええって。ウチラ口堅いねんで。」
「な、自分大栄学園なんと違う?せやろ?な?な?」
「ホンマカッコええわー、センセ、女なら惚れるって。ええやん、先生かて女なんやから、相手が高校生かて好きなら関係あれへんやん。」
噂の事など何も知らない土屋にとってこれはまさに寝耳に水状態だろう。申し訳なくて顔を合わせられない。
「…へー、豊玉にはオモロい噂があんねんなぁ」
土屋の一言で喧しい彼女たちの口が止まった。
「確かに僕は大栄の生徒やけど、[#dn=2#]さんが言うようにただの友達やねん。期待外れでゴメンやで。」
えー、ウソー、おもんないー、と口を尖らせた彼女たちだったが、直ぐに気を取り直して、今度は自分たちの猛アピールに入る。転んでもタダで起きる気はないらしい。コレくらい必死に勉強も…と思いかけてやめた。どうにも無駄なことだ。
「土屋くん、彼女居てる?」
「居てるよ」
今度こそ彼女らの目がくすんだ、かと思えばやはりそうでもない様子。
大きな失望の声を上げながらも「彼女がおってもええから遊んだってー」と退かない。
そんな彼らの隣で、おそらくその場にいた誰よりも驚いていたのは、合宿の夜の事をしっかりと覚えていたからだ。
真に受けるつもりは毛頭なかったけれど、彼らのやりとりといい、最近の高校生は妙にノリが軽いのだなぁと思ってしまう。
彼女らの攻撃に対して土屋も慣れたもので「僕の彼女めっちゃ嫉妬深いねん。こんなカワイイ子と遊んでたら怒られてまうわ」と両手を胸の前に押し出しストップとでも言いたげな格好をした。
「ほな、センセはええの?」
「高校生やないやん。」
土屋の言うことは正しい。間違いない。
しかしこの年齢で恋愛話の蚊帳の外というのは少し、ほんの少し微妙に寂しい。
そう考えると南は特異な子だったのだろう。どこまで本気だったのかは本人にしか知りえないことだけれど。
「強…、豊玉コワっ。あのスカートの短さはやっぱ伊達やなかったわ…。」
彼女達が去ったあとに、土屋が両腕で身体を抱えるような仕草を見せた。
「ホンマ、あんなんでスイマセン…。ついでに妙な噂もゴメンやで。気ぃ悪くせんといてや。」
最近サッパリいい事がなかった身としては、これで妙な噂も消えるだろうと少し気分が軽くなったのは事実だが、土屋が気の毒なのには変わりないので神妙な顔を作っておく。
「ホンマ迷惑やんな、噂って。せっかく[#dn=2#]さんとお友達になろ思てんのに、噂のせいで[#dn=2#]さんが会うてくれへんなったらどないしてくれんの。」
え?と土屋を見上げると、ちょうど通りかかった公園に目を付けた土屋が小さく手招きしながら車避けのポールをすり抜けた。
慌ててその後を追う。
「な、またなんでそんな?友達なら学校にぎょーさんおるやろに。」
振り返った土屋がニコリと微笑む。
「年上の友達募集中。」
土屋はそのまま前に向き直り、少し先にあったベンチに腰掛けた。手の平で隣を促されたがそれには応えず側に立つ。
「だって[#dn=2#]さんやったら、色々相談に乗ってもらえそうやん?進路とか、恋愛とか。」
あぁ成る程と納得して隣に座った。
「でもな、進路相談は学校に進路相談の先生がおるやろ?あたしなんかより全然詳しいで。勉強してはるはずやもん。」
「えー」
「恋愛相談は…」
ため息混じりに呟いて隣の土屋に意地悪な視線を向ける。
「それ、ホンマにあたしに聞くん?上手なフラれ方教わりたいん?」
土屋が小さく肩を竦めた。
「根に持ってはる…。」
「いや冗談やけど」と笑ってからまた意地悪な事を聞いてみた。
「なに?彼女と上手くいってないの?」
「彼女?」
土屋は涼しげな顔で答えた。
「おらんよ、そんなの。」
「え、だってさっき…」
「面倒な時はああやって言うとくの。」
「わ、サイテー」
土屋が目を細めながら「それにな…」と付け加える。
「なんや元気のない[#dn=2#]さんの相談に乗りたい友達として、なんて迷惑?」
「え?」
思わず顔に手をあてた。
「昼間も、ごっつーブルーな顔してはったで。」
「な、夏バテ…?」
かな?と笑顔を作ると土屋が不服そうに小さく口を尖らす。
「あー高校生なんかに相談出来るかい、って思ってはんねんなぁ。」
「そんなことないで。これは誰にも相談できひんもん。」
口が滑った。
隣の土屋とバッチリ目が合う。
「…やっぱりあるんやん。」
「…や、ないとは言わへん、けど…これ以上聞かんとったって。ホンマ泣きたなるて…。」
少し間を置いて土屋が口を開く。
「それって、恋愛?」
「ハハハ…悩み事イコール恋愛ごと、なんてまだ…」
「もしかしてさっきの高校生の彼氏がどうのってやつ、ホンマなん?」
「なんでやねん」
すぐに否定したが、考えようによっては当たらずも遠からず。ジッタリと胸を重くする苦い記憶に視線を逸らし、知らず遠くを見遣ればフーンと黙り込んだ土屋の姿さえもう視界に映ってはいなかった。
多分、否、確かに好きだったのだろうと思う。すんでで叶わなかった想いほど尾を引く。
「なぁパピ子さん。もし…、もしもやけどな、」
土屋の声で我に返った。
「その噂みたいにホンマに高校生と恋に落ちたらどないする?」
「なにそれ、愚問。」
そう言いながら止められなかった愚か者は誰だ。
「えーやん、例え話やねんから」と土屋が答えをせがむ。今だって答えはあの時と何等変わらないけれど、それを口にするのは辛い。
言い渋っていると、「あ、さてはホンマに生徒と恋しとるん違う?それか何や言われたとか」と冗談であっても身体が震えてしまうような土屋の一言に、思わず目を見開いてその顔を凝視する。
「…え?」
まさか土屋が南とマブダチなんて事はないだろうか、あの合宿の様子を見る限りでは大丈夫だとは思うが、でなくとも南はそんなことをペラペラと喋るタイプではない。その結論に達するまでに、土屋にも頭の中に色んな事を巡らせる時間があったのは確かだ。
「…え?」
マジなん?と零しそうな土屋の肩を叩くと、意外とキツイ当たりになった。
「いやいやいや、そんなわけないやん。」
前屈みになって自らの膝に肘をついた土屋が、こちらの顔を覗き込むようにしながら目を細める。
「高校生とは、恋愛できひん?」
「できひん」
そう答えなければ南が、否、自分が可哀相だ。
「年下やから?」
「先生してるから」
「真面目やねんな」と小さく笑った土屋が身体を起こした。
「でもな、ホンマの恋愛って頭でするもんちゃうと思わへん?」
胸の奥がドキリとした瞬間に沸き上がる不思議な感情。
本当の恋とはなんぞや。
確かに恋愛に理性は必要ないと言う人も居るかもしれない。けれど自分の価値観はそうではない。今更曲げられない。
「いーや。お互いの足を引っ張るような恋愛はしたないわ。せやから頭で考えてしたる。もちろん好きって気持ちは大前提やけど。」
自分に言い聞かせるようにして顔をあげると、隣で土屋が大きく息を吐いた。
「いい子ちゃん、真面目ちゃん。なんで豊玉におんねやろ。」
「お声がかかったからですよ。」
「ファウルは極力避ける主義やから僕。」
は?と土屋を見上げると彼はにこりと笑った。
「バスケの話」