Secret lover
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長いようで短かった合宿は、大きな事故もなく無事に終わりを迎えることが出来そうだった。
懸念していた大栄との練習試合が行われることもなく、だから腹痛も起こらなかった。
最後の夜には合同で練習した学校と一緒にささやかな慰労会が行われる。
「大阪でもトップクラスの学校と一緒に練習できて光栄でした」と嬉しそうな他校のキャプテンに「あぁ、そらどうも」と気のない返事を返す当校キャプテン。その愛想はどうにかならないのだろうか。
強面の豊玉バスケ部だが、南をはじめとする何人かの選手達は大阪でバスケをする高校生の間では少々名が知れているようで、その外見にも怯まずフレンドリーに振る舞う他校生の勇気は凄いと思う。
それを横目に大人は大人で大人時間。
久しぶりのビールに思わずオヤジのようなため息が漏れた。
お互いを労いながら社交辞令的な話を交わしていると、不意に名前を呼ばれる。
振り返るとチョイチョイと手招きをする岸本の姿が。
ここから抜け出すタイミングを見計らっていたのでちょうどよかったと席を立つ。
「どしたん?」と岸本の前まで歩み寄り顔を見上げると、彼は「何や顔赤こうして。飲みすぎなんと違うか。」と言いながら腰をかがめた。
「あいつがな、」
耳打ちする彼の視線の先には知らない顔の生徒。
「パピ子ちゃんの番号知りたいんやて。」
そう言ってニヤリと笑う岸本を睨み返す。
「マネじゃありません先生です、て教えたん?」
「そら教えられへんがな。オモロない。」
「オモロくする必要ないやん。」
「ええやん、若く間違えられる分には嬉しいやろ?」
そりゃ嬉しくないことはないが。
「そら、お肌は10代並にピチピチかもしれへんけど?」
「塗ってたらそう見えるかもしれへんな。」
無礼な言葉はこの際無視して。
「実は結構大人やからお断りしといてくれるー?」
「なんやつまらんなぁ。」
そう言って大袈裟にため息をついた岸本の腕を戒めるように叩く。
「もぅ、趣味悪いわ。人の気持ちを遊んだらあかんて。」
「そらぁそうや。」
背後からの聞き慣れた声に驚いて飛び上がった。振り返ると思ったとおり南が立っている。
「例え相手が高校生でも真剣に聞いてやらなあかんわ。」
「おぅ南」と岸本が彼の肩に腕を置いた。
いつもつるんでいるわけではなさそうなのに、他の人が入り込めないような雰囲気が二人の間にはある。
そしてバスケ部でこのコンビに逆らえる者はいないのだ。
「いつもあたしは真剣に答えてますー。高校生は対象外ですー。せやからこれ以上からかわんといてくれる?」
そういい終わったところで、その場を仕切っていた大学のコーチがお開きの挨拶を始めた。
どうでもいいような話を聞いて、最後に各校で連絡事項を伝達し解散となる。
部屋へと戻る人たちの波に逆らって玄関ロビーに向かおうとすると「何処に行くんや」と南に声をかけられた。
「ちょっと酔い醒まし。外の空気吸いに行くだけやから。」
南が口を開く前に「明日も早いんやから早く部屋に戻り。キャプテンが集合時間に遅れられへんやろ。」と付け加える。
ついて来られるくらいなら、彼と二人きりになるくらいなら、即行で部屋に戻ってやると腹の中で思いながら。
「南」
声のほうを見遣ると向こうで岩田が手招きしている。それを確認した南が、一瞬こちらに視線を戻してから彼のほうへと向かったのを見てどこかホッとした。
玄関ロビーから外へ踏み出せば湿度の高い夏の夜の匂いがする。
施設の敷地内をウロウロするだけのつもりだったが、そういえば行き掛けのバスの中から見た記憶ではすぐ近くにコンビニがあったような…とフラリと門を出てみた。
結構車の通りが多い道路がこの通りの先にあって、そこに出ればコンビにはすぐ。
何気なく振り返り、まだ明かりが煌々としている施設を外から眺めてみる。足を踏み出すベく視線を前に戻したところで向こうからやってくる人影に気付いた。
コンビニ帰りなのだろうか、小さな袋をぶら下げて歩く二人組の一人がこの施設を指差し隣の人に何か言っている。
無関心を装いながら少し気になって、擦れ違いざまに視線をあげた。
長身の黒ブチ眼鏡。
もちろん知る人であるはずなどなく、しかしついでにチラリと見た隣の人の顔は、思わず二度見してしまった。
相手も細い目をこれ以上ない程に見開いて、ピタリ、と足を止める。
「土屋…?」
彼と一緒に歩いていた長身のメガネの怪訝そうな声がした。
「…有り得へん」と零したのはどちらだったか。
「なんで…?」
口にしてから彼らも近くで合宿をしていたことを思い出した。
「僕ら近くで合宿してて」と土屋はその通りの答えを返し、「そっちこそなんでここに?」と付け加える。
二人が知り合いであることに驚くメガネに視線をやってから「あたしは仕事の関係で…」と答えた。事実そうなのだし。
それにしたってこの時間にこの場所でこのタイミングを作った神様は一体自分にどうしろといいたいのだろうか。まさか恋に落ちろとでも?
「…へぇ」
土屋が目を細めて施設を眺め、そして手に持っていたコンビニの袋をメガネにヒョイと手渡す。
「…少し、ええかな?」
「おい」と困惑したのはメガネだけではない。
「せっかくやし、ちょっと気になってたことがあんねん。すぐ帰るから。上手く言っといてや。」
申し訳なさそうな表情を作る土屋にメガネは諦めたように小さくため息をつく。
「消灯までには帰って来や。」
ニコリと笑った土屋が彼の背中を促すように軽く叩いた。
「え?」
状況に戸惑っていると、視線を戻した彼が神妙な顔を作る。
何事だと心臓がドキドキし始めた。いや、顔を見た時点でとっくにドキドキしていたかもしれないが。
メガネの後ろ姿を見送った土屋が視線を戻し、申し訳なさそうに眉間にシワを寄せた。
「…アイツと別れたなんて知らへんかったから、」
今更何を戸惑う。
「もしかしたら余計な事言ったんと違うかな、て。」
思いもしない言葉にキョトンとした。
「……そんなこと…気にしてたん?」
土屋が小さく肩を竦めて目を細める仕種に思わず笑いが零れた。
その話題を振られて笑うことが出来るなんて自分でも驚く。
「え、そんなことなん?」
心の中にあれほど居座っていた未練が消えてしまったのはいつからなのだろうか、そしてそれは何故なのか。
「なんや」と言って頭を掻いた土屋の指から癖のない髪が零れて元の形に戻る。
「それならよかったわ。足止めさせてすいません。」
その言葉に、彼の話はこれで終わりなのだと思った。当たり前のことだけれど何があるわけでもない。
すると少し振り返るような仕種をした彼が小さく手招きする。
少し驚きながらも、豊玉生と何等変わらぬ高校生と接しているのだという意識から招かれるままに従った。
少し先にある花壇の積み重ねられたレンガに腰を下ろした土屋を見て少し戸惑う。
それでも人が一人座れるスペースを空けて隣に座った。
「帰らんでええの?」
「まだ大丈夫。」
「でも…」
不意に向けられた笑顔に思わず言葉を失う。
「せやかて、こんなに偶然が重なるのって、ただ事やないと思わへん?」
伺うように、表情を覗き込むように、彼は少し首を傾けた。サラリ揺れる髪。
呆気に取られたのは一瞬で、土屋が「うわ、さぶ」と言って笑ったので我に返る。ここは一緒に笑っておくべきなのだろう。
「チラッと見たアイツ新しい彼女も可愛いかったけど、僕はパピ子さんの方がええと思うなぁ。」
何気に慰めてくれているつもりなのだろう。細やかな気遣いをしてくれるコだ。
「あはは、ありがとお。」
理由が何であれ嬉しい事には変わりない。
コロコロと笑う自分の様子を目を細めて見ていた土屋が、やがて何気なく零す。
「時々アイツと好みが被るんよ、僕。」
一瞬幻聴かとも思ったが、すぐにさっきの続きのリップサービスなのだと気付いた。
「アハハ、土屋くんは優しいなぁ、おおきに」
今度はさっきよりも声をあげて笑う。
しかし「あ、相手にされてないわ」と視線を前に戻した彼の目はもう笑っていなかった。
「ちょっと頑張ってみたんやけどなー。」
少し顎をあげて独り言のように零す。今度こそ幻聴だ。
不意に吹き抜けた生暖かい風が髪の毛を乱した。
聞き返す事も出来ずにポカンとしていると、延びてきた土屋の手が頬にかかった髪に触れる。
それを掬い上げた瞬間、頬に触れる指先。
「高校生なんてパピ子さんからしたら随分年下やもん、仕方ないな。」
全神経が彼へと向かう。その表情を見逃したくなくて、その言葉を聞き漏らしたくなくて。
高校生が恋愛対象になるはずないなんて当たり前。
何度も自分に言い聞かせたのに。否、いい聞かさねばならなかった事自体が問題なのだ。
土屋の指を離れた髪の毛がハラリと肩に落ちても視線は逸らせずに。
「なにしてるんや、こんなとこで。」
だから人の気配になんて全く気付かなかったのだ。
「…南。」
顔をあげた土屋の口から零れた名前に、目の前に居るそれが幻ではないことを知った。