Secret lover
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『パピ子センセには高校生の彼氏がいる』
そんな噂は瞬く間に学校中に広まった。
早速上司に呼び出され事情聴取。こちらには何も非がないのに注意を受ける。
それだけでも気落ちするのに、一部の生徒からの中傷にも似たからかいが更に気を重くした。
「なぁセンセ、高校生の彼氏とラブラブなんやて?」
彼等がその噂を本気で信じているとは思わない。人をからかいたいだけなのだ。
「高校生の彼氏なんておるわけないやろ」と言ってみたところで彼等を煽るばかり。
「な、やっぱり若いと違うか?ええんか?」
人の噂も75日とひたすら堪えるしかないが、その下世話さにはいい加減我慢も限界だ。
「だから!彼氏欲しいけどおらんて言うてんのや!悪いか!あたしはな、身長180センチ以上、年収500万以上、そして4大卒以上の男やないとつきあわへんのやーッ!」
遂にキレてキイと怒鳴りあげると、その場で野次って居た生徒たちがポカンと口を開け静まりかえった。
そこで「やったった」と言わんばかりの顔をして颯爽と踵を返す。
「うわ高飛車…」「そのくせ妙にリアルにショボ…」等と囁く声が聞こえたが無視して、足を進めようと顔をあげた。
すると前方には腹を押さえてプルプルと震えている岸本が。その後ろに南の姿も見える。
こちらが気付いたのを確認した岸本が笑いながら声をかけてきた。
「すごいわパピ子ちゃん。俺、助けたろ思てんけどお呼びやなかったな。恋するオンナは強いねんなぁ。」
「せやからしてない、て。君達といると恋する心の余裕もなくなんねん。」
言いながらプイと顔を逸らしたのはなんとなく南と顔を合わせにくかったから。
すると岸本は「おい、お前らのせいでセンセは恋もできひんらしいぞ。」とポケットに手を突っ込んで集団に歩み寄った。
「なんや、俺ならいつでもOKやのにー。」
「アホウ、お前中坊んときからヤニ中(毒)で全然背ぇ伸びてへんやないか。」
「そーゆーお前は身長に栄養吸い取られ過ぎやっちゅーねん。頭に回れへんのやから大学は絶望的やのう。」
「金を積んだら入れる大学を探すんや。パピ子ちゃんの理想の男になるためにな。」
岸本も混じったことで話がどんどん膨らんでゆくのを遠い目をして眺めた。
「付き合うてられへんわ。」
まるで自分の心中を代弁したかのような南の一言に思わず視線をやると、彼は小さく顎をしゃくって「行くぞ」と促す。
大盛り上がりをみせる生徒達を残して、南の背中を追うようにその場を離れた。
別に南の後をついていくつもりはなかったが、体育館へ向かうのであろう南とたまたま方向が一緒だったので、仕方なくその後ろを歩く。
「大栄のヤツなんやて?」
南のそれが自分に対してのものであると気づくのに少し時間がかかった。
「は?」
足を止めた南に倣って立ち止まる。くるりと振り返った彼はもう一度言った。
「噂になってるヤツ。大栄の生徒なんやろ。」
そんなことまで噂になっていたとは驚きだ。
流石に名前までは分からないだろうが、そんな風に噂になっている土屋が気の毒だと思う。如何せん相手は花の女子高生から程遠い女なのだから。
土屋に要らぬ迷惑をかけたくないし、かけられたくない。シラを切り通す事に決め、少し首を傾げた。
「そうなん?あたし、地元やあれへんから高校の制服には疎いねん。」
「………。」
南の射るような視線が突き刺さった。まるで心の中を読まれているかのような錯覚に陥り心拍数が上がる。
「ほんまやで。あの…せやから、あたしがウチの生徒に絡まれてると思たらしいねん。せやからやな、助けてくれたってだけで…。」
他人の心の中を覗くだなんてできるはずがないのだから、と己に言い聞かせた。
それ以前に何故こんな言い訳がましいことをしているのだろうか。無言の南を前に喋りたてる自分は、まるで彼に対して弁明しているかのようだ。
否、実際それに近いのかもしれない。
高校生なんて恋愛対象になるわけがない。興味など全くない、と、暗に示したい自分がいる。
あの日、土屋が声をかけてくれたのが少し嬉しかったのは、一瞬でも物語のヒロインのような気分になれたから。ただそれだけ。
「…なんちゅーんか、今時の高校生も捨てたもんやないな。満員電車でお年寄りに席を譲れるタイプのコやわ、あれは。」
腕を組んでしきりに頷いてみせた。
ジッとこちらをみていた南がやがて視線を逸らす。
「いけ好かんわ、そういうヤツ。なんて名前や?」
「は?」
お礼参りでもするつもりなのだろうか。
「さ…さぁ?知らんなぁ。」
お礼参られることはなにもしてないと思うが。とりあえず南たちが腹を立てるような事は何も。
知らないとは言ってみたものの少し不安になって、小さく舌打ちした南の顔を伺う。
「…な、なんで名前?」
「顔見に行ったろ思たんや。大栄にはツレがおるし。」
口から心臓が飛び出した。
わざわざ顔を拝みに行かなくても、バスケ部の土屋と言ったら知らないはずはあるまい。
「も、もしかしてバスケ部に友達がおる、ん?…とか?」
「あ?」と眉間に皺を寄せた南が「バスケ部?」と目を光らせた。
もしかして本人と友達だったらどうしよう。お互い強豪校でプレーしているもの同士、可能性はなくはない。
正直に言ったほうがよかったのだろうか。実は面識のある生徒だったのだ、と。今からでも遅くはない。嘘つき呼ばわりされるのは御免だ。
「じ…実は…」
「別にバスケはしてへんけど。せやったらなんやねん。」
言いかけた言葉を飲み込んで、ほっと胸を撫で下ろす。
「いや~別に。ライバル校とお友達て、ええなぁと思て。よく漫画とかであるやん。『お前は俺の一生のライバルや』とか言うて…」
「頭オカシイんと違うか。」
「………。」
ザックリぶった切り。
南は面白くなさそうに溜息をついた。
「なんで知らんねん。彼氏なんやろ。」
「ないて。彼氏が高校生なんて有り得へんやろ。大体恋愛対象になれへんのに、ほんまメーワクな噂やわ。」
壁に片肘をついて自らの足をクロスさせるように立った南が唇の端を吊り上げる。
「それ、俺に言うてんの?」
遠回しの牽制に気付くとは察しの良い子だ。もしかしたら自分の独りよがりなのかもしれないけれど、そうだったらかなりイタイけれど、それほど確かに先日の出来事が心の片隅に引っ掛かっていた。
「別にみな…」
「それはアンタの価値観で他の人は違う。」
それを悟られまいと発した言葉は南に遮られる。
「さっきの奴らかて本気かもわかれへんやん。」
やはりからかわれているのだろうか。過剰な反応を見せたつもりはないが相手にはどう映っているのか分からない。
玩具にされているのかもしれないと猜疑心にも似た何かに眉をひそめて、スラリとした長身を見上げた。
「あんな、恋は一人でもできるけど、恋愛は違うやろ?」
絡まった視線を先に逸らしたのはこちら。
「…そーゆーことやん。」
拭いきれないドキドキが、自らの言葉の信憑性を危うくする。
違う、これは違う。
何かを言いかけた南の声が、追いかけて来た岸本のそれと重なった。
「なんで黙っておらんなるんや、お前。」
助かった、と心のどこかで思ったのは自惚れなのだろうか。
岸本のお陰で断ち切られた話題を胸の奥に燻らせて、あぁだから合宿に行きたくないのだったと思い出した。
南の言葉を本気にするほど愚かではないつもりだけれど、客観的に見ても恵まれた容姿の彼だ。
嬉しくないとは言えない。自分だって女なのだから。
ふと思い出した大栄のあの生徒の顔。最近の高校生は馬鹿にならないくらい大人っぽくて、つい心が動きそうになるけれど。
深みに嵌まれば傷つくのは自分だし、何より社会的倫理に反する。
あと半年と少し。
流されるなと呪文のように自分に言い聞かせた。