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小学校ではしきりに命の尊さを説いていたけれど、それは私にとって酷く現実味がなく曖昧な話だった。
他人の為に命をかけて呪霊と対峙することに躊躇はなかったし、そうでなければ呪術高専に入っていなかったと思う。
怖いもの知らずの私は自分が思うより子どもだったのだ。
呪術高専はドラマや漫画で見る学校とは全然違ったけれど、数は少ないながらも同期がいて青春があった。
そしてそこで、私は恋をした。
同期の灰原が亡くなった時、死は酷く現実的なものになった。
この世に未練ができたのだとしたら、それは彼だ。
生きているから彼の姿をこの目に捉え、声を聞き、触れることができる。
それに気づいた時、死がとてつもなく怖いものになってしまった。
「七海、隈酷くない?」
喫茶店でテーブルの向かいに座っていた七海は、私の声にフと顔をあげた。その表情はやはり酷く疲れていたが、何かが吹っ切れたようでもあった。
「忙しいの?」
「まぁ、暇ではないですね」
同期の七海は呪術高専を卒業後大学に編入すると、呪術師にはならずとっとと一般企業に就職してしまった。現実的な選択だと思う。
呪術高専に居る理由がなくなってしまった私は、呪術師を辞めた。死ぬのは怖い。好きな人に会えなくなるのも、忘れられてしまうのも。
とにかく今の呪術高専に私の同期はもう居ない。その中には民間企業のサラリーマンをしている自分も含まれている。上の人たちには出来の悪い期だったと思われているだろう。
「今日はどうしたの?七海から連絡くれるの珍しいじゃん」
「アナタに報告が」
心臓がドキリとしたあとに身体が緊張するのが分かった。今更改まって報告だなんて怖い以外の何者でもない。結婚報告だろうか、そして友人代表スピーチをやってくれとでも言い出すのだろうか。
「仕事を辞めました」
「………」
「そう」と返した声は随分間の抜けたものだったと思う。
ジワジワと安堵感が湧き上がってきたところで「ブラックだったもんね、身体壊すよりずっといいよ」と付け加える。
「それからもうひとつ。呪術師として再就職することになりました」
「……あー…」
私はその時どんな顔をしていたのだろう。
七海が僅かに苦笑したように見えて、ポカンと開けていた口を引き結ぶ。
「そうなんだ。えー、へー」
よく回らない頭の代わりに、目の前のグラスに刺さったストローを摘んでかき回した。
「じゃあ私は…どうしようかな」
「別に私に合わせる必要はないでしょう」
「それはそうなんだけど」
七海は知らないだろうが、私はいつだって七海の隣に並んでいたかった。七海が呪術高専に戻ってしまったら、一般人になってしまった私との間には埋められない溝ができてしまうと思う。あそこは特別で特異な場所だから。
「七海が戻るなら、私も戻ろうかな」
「死ぬのが怖いと言ってたのに?」
「だって七海は戻るんでしょ。呪術師はクソだって言ってたのに」
「それとこれとは違います。アナタが私に合わせる必要はない。自分の道は自分で選んで下さい」
「選んでるよぉ…」と駄々を捏ねる子どものような口調で呟く。七海がそれに答える事はなくて、2人の間に流れる沈黙が店内に流れるBGMをやけに引き立たせた。
七海に恋をしてから何年になるのか数えるのも面倒なくらいの月日が経った。私たちはあの頃から何も変わっていないようで変わってしまったし、これからも変わってゆくと思う。
七海から報告があると言われて戦慄したのがその証拠で、私は七海の事を何も知らない。同期であるという事実以外に私たちを結びつけるものはない。
「私はずっと七海の隣に居たいから、だから七海と同じ道を行きたいの」
七海は視線を伏せたまま私の前でコーヒーを啜った。ソーサーに戻されたカップがカチャリと音を立てる。
この唐変木に私の声は届かなかったのだろうか。一度口にした言葉を引っ込めるのも今更な気がして私はもう一度告げた。
「あのね、七海くん。今のは一世一代の告白のつもりだったんだけど」
「回りくど過ぎて分かりませんでしたよ」
「じゃあ、ストレートに言えばいいのね。七海好き。付き合って」
七海が額に手をあてて俯いてしまった。
「ほーら、黙るんじゃん」
「疲れていて頭が回らない」
「うん、って返事して。後悔させないよ。幸せにするよ」
私は必死になってたたみかけた。
「だから私と一緒に生きていこうよ」
すると俯いたままの七海が小さく噴き出した。
「なんで笑うの」
顔をあげた七海が困ったような表情で笑っている。
いつも気難しそうな顔は笑うととても優しくなって、彼がたまに見せるそれが私は大好きだった。
「それはプロポーズだ」
しまった、焦り過ぎてなんかグダグダだ、と気づいて、いつのまにかテーブルに乗り出していた半身を戻し背を正す。
私も疲れているんだろうか。やっぱり頭が回らない。
するとテーブルに放り出していた私の手に、七海の節くれだった手が重ねられた。じんわりと温もりが伝わって来て、私がもう一度七海の顔を見ると、彼は薄く微笑んだ。
「プロポーズはまだ早いですが、私の隣にアナタが居るという提案は悪くないですね」
それから七海の隣に居た4年はあっという間だった。彼の愛を失うこと以上に怖いものはなかった私に、あの日と同じ残酷な現実が蘇る。
彼は約束を破らない人だと、そう思っていたのに。
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